尾野の手記1(5)
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署に戻った後、西屋の老婆の変死事案は、驚くほど簡単に処理されました(西屋というのは苗字ではなく、その家の屋号のようなものでした。まあどうでもいいことですが)。
黒磯係長は刑事課長に一言二言声をかけた後、パソコンを叩いてごく簡素な一枚っぺらの報告書を作ると、別紙に布団の写真を貼って綴じ、それを決裁の書類箱に放り込みました。
「これで決裁に回せば終わりだから」
係長は言いました。
「これからもそうやってくれればいいから」
私は係長の作った報告書が、以前郡山の言っていたこの署の独自様式なのだということに気付きました。
そして、決裁のときに署長が見せたおかしな態度のことも思い出しました。
今までの違和感が全て繋がったのです。
どうやら、この警察署の管内では、ある特定の変死者は全て、病死としてこの報告書で処理する。そういうことのようなのです。
署長まで了解済み、とはつまりそういう意味なのでしょう。
ですが、とても納得できるものではありませんでした。
警察官としての使命、などという青臭い言葉について、警察学校卒業後すでに十数年が経った今となっては、改めて考えることなどほとんどありませんでしたが、それでも私は警察官としてこれは看過できないと思いました。
自分は今、あまりに悪質な隠蔽に加担させられている。はっきりとそう思いました。
ですが、自分だけがこの場でいくら騒いだところで、埒があきそうにありませんでした。
黒磯係長の「署長も了解済み」という言葉はおそらく事実であろうと思われましたし、それを証明するかのように課長も係長に何も言いませんでした。
かといって、ほかの同僚や部下にこの話をする気にもなれませんでした。
というのも、彼らの私を見る冷淡な目に気付いてしまったからです。
帰りの車内では、係長も郡山もずっと無言でしたし、署に帰ってくると高石部長も安田もこちらを伺うように一瞥した後は、素知らぬ顔で仕事を続けていました。
普通は、現場から同僚が帰ってきたら「お疲れ様です」「どうでしたか」と声をかけ、情報を共有する。それが組織的対応を是とする警察官という人種の常識的対応で、普段は彼らもごく自然にそう振る舞っているというのにです。
私は理解しました。
ああ、こいつらもやっているんだ。管内で発生した変死事案を、係長とともに握りつぶしているんだ、と。
ある程度人柄も能力も分かったつもりでいた彼らの全く知らない面が垣間見えて、それがひどく不気味でした。
彼らも信用できない。
そう強く思いました。
だから私は係長の指示に従うふりをして、その日は平然と仕事を終えました。
けれど、心の中は燃え滾っていました。
それは、忘れかけていた警察官としての使命とでもいうべきものなのかもしれません。
随分と長くなってしまいました。
ここまで読んでいただけば、私が何を危惧しているのか、飯田さんはもうお分かりでしょう。
私がおかしいのでしょうか。
一般的な常識を持つであろう飯田様であれば、そうは思わないだろうと信じています。
この隠蔽をどう暴けばいいのかと考えていたときに、私がふと思い当たったのが、前任者の残していったあの引継ぎファイルでした。
変死事案と意味不明の引継ぎファイルという、一見全く関係のない二つが、実は繋がっている気がしたのです。
これは、私の刑事としての勘です。
何か、今までの私の常識では理解することのできないことが、ここでは起きているのです。
飯田さん、どうかお力を貸してください。
編集プロダクションのE氏は、飯田さんのことを知識と経験豊富なオカルトライターだとおっしゃっていました。
こしえさんとは、何者なのでしょう。とこしえ神社とは、何なのでしょう。
警察組織をも捻じ曲げるほどの力がそこにあるのでしょうか。
どうか助けてください。
K署には、私の仲間は一人もいないのです。
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