12.泣き虫-託実-



何で惹かれるのかわかんねぇ。




アイツは裕兄さんが好きかも知れなくて、

もしそうだったら、

今の俺には太刀打ちできるはずもなくて。



その為には、

俺はスタートラインに立たないといけない。




まず第一の優先順位は、

病院からの脱出。


怪我の完治までは先だとしても、

退院して、遅れを確実に取り戻せる状況を作る。



もうすぐ九月、学校が始まる。


学校の宿題は、成績の都合上課題は少ないから

今日、明日のうちに片付く。



母さんに病室まで届けて貰った。



その後は……俺は俺として確実に結果を出す。


二学期は、悧羅祭がある。


悧羅祭の実行委員会とかのメンバーに紛れ込めれば、

そこで何かを出来るかもしれない。



そこに……病室から外に出たことないアイツを

招待することが出来たら、

そこからスタートラインに立てるかもしれない。





そんなことを思いながら、

今日もリハビリに宿題に励む。




初日に投げつけて壊した携帯も、

ようやく、兄さんたちが持ってきてくれた。



それと同時に、もう一台。



アイツの為の携帯電話。




「この電話を理佳ちゃんに渡しておけば、

 託実は何時でも連絡取れるよね。


 それに私たちも、

 理佳ちゃんの演奏データーを受け取ることが出来る」




そう言って直接、アイツに渡すわけではなく

俺に手渡す。




「なぁ、でも心臓悪い人って携帯マズいんじゃ?


 前にバスに乗ってて、俺の前の奴が電話かかってきて携帯触ってたら、

 近くのばあさんに『携帯の電源落としてくれ。心臓が悪いんじゃ』っとか言われてた。


 アイツ、使えるの?」


「託実、心臓が悪いからじゃなくて、ペースメーカーが入ってたらって

 社会的には、携帯電話はいけないって思われてた。


 だけど実際は、今の携帯は安全だと言われてる。

 携帯電話よりも今は、電子レンジとかIHの方が問題になってきてるかな。


 病院内だから何処でも使っていいわけじゃない。


 だから使う際は、宗成叔父さんの要許可ってことにしておきたいけど、

 叔父さんの承諾は貰ってるよ」



そう言って、兄さんたちは俺の病室で30分ほど滞在して

宿題退治と二学期の予習をしてた俺の勉強を少し見てくれて出ていった。 



夕方近く、全ての課題を退治した俺は

兄さんたちが置いていった紙袋を覗き込む。



そこに入っていたのは、携帯電話の箱。


包装されてなかったから、機種はわかった。



ベッドからひょいっと降りて、携帯電話が使えるエリアに移動すると

すぐに隆雪の番号を呼び出す。



2コールほどなった後、

背後で音楽が聴こえる中、アイツの声が聞こえた。




「託実、どうかした?」


「悪い、出掛けてた?」


「外は外かな。

 スタジオでギターしてた。

 今日、怜【りょう】さんが都合つけてくれたから」


「あっ、じゃあ無理か……」




隆雪にとってギターの練習時間がどれだけ大きいかは

俺も知ってるつもりだ。


俺が陸上にかけてきた時間も、

アイツはずっとギターに必死だった。


走らせりゃ、俺より長距離は早いくせに

アイツは、初等部から中等部にあがった途端、

スポーツ部から文化部へと転向した。




「託実、遠慮しなくていいよ。

 頼み事だろ?


 どうした?理佳ちゃん狙うの?」



理佳ちゃん狙うの?



ストレートに聞かれすぎて、

言葉を失う俺に「図星だね」っと

電話の向こう、隆雪は笑った。




「で何が欲しいの?


 俺の方は練習時間終わってるし、

 今から怜さんたち、SHADEの練習に入るから

 俺は邪魔できないしね」


「メールで送る機種の、携帯ケース欲しいんだ。

 兄貴らがアイツ用の携帯用意したから」


「あぁ、グランたちが携帯をね。

 それで焦ってるんだ、託実。


 けど託実って、それくらいされないと

 行動起こせないよね。


 一度動き出すと、爆発的に行動始めるんだけどね。


 了解、託実に変わって買いものしてきてあげるよ」




隆雪との電話の後、アイツの機種の品番を隆雪へと送信する。


その後も、向かい側のベッドがきになりながらも

二学期用の課題を必死に、ベッドの上でこなす。




「託実、頼まれたもの」



そう言って小さな紙袋を手渡す。



「thank you」


紙袋の中身は、先に隆雪からのメールで知ってる。

準備は整った。



だけどアイツは一向に病室には戻ってこない。




アイツが気になって、隆雪が帰るのに合わせて俺も

病院内を歩く。


とりあえず隆雪をエレベーターまで見送って、

その後アイツが行きそうな場所へと向かった。



お遊戯室はこの時間は却下。

時間は20時を過ぎようとしてる。



ってことは、アイツは病室に戻りたくても戻れない?





そんな不安か過る。



リハビリの成果もあって、少し歩きやすくなった

その足で向かうのは、アイツが居座っていた榎木元弥の病室。



そこに辿り着いて絶句した。




この間まで、榎木元弥の病室だったその部屋に、

アイツの名札はなく、新しい人の名前が入ってた。




思わず中から扉が開いて「貴方は?」っと

ばあさんに尋ねられる。




「すいません。間違えました」



そう告げてお辞儀すると、

逃げ出すように何処かに居るはずの親父の姿を探しながら歩く。




だけどそう言うときほど、親父の姿は見つからない。




「託実くん、どうしたの?

 もう就寝時間前よ」



担当ナースの左近さんが俺の姿を見つける。



「なぁ、まだアイツが病室に帰ってこないんだけど。


 俺の向こうのベッドのアイツ。


 だからわざわざ探しに来てやったのに、

 俺が怒られるの、癪に障る」


「あらっ、託実くんそうだったのね。


 ごめんなさいね。

 理佳ちゃん、体調を崩してしまったから今は病室に戻れないわ。


 だから託実くんも、心配かもしれないけど

 ベッドに戻って休みなさい」



そう言って俺の前から立ち去ろうとする左近さんの後ろ姿に問いかける。




「なぁ、榎木元弥って奴どうなったの?

 アイツの友達だったんだろ」


「元弥君は、退院したのよ」




そう言って俺に話し返す、

左近さんの表情が少し曇る。


それが……どんな意味なのか、

俺にも気が付けるようにわざと、

表情に出してくれたのかもしれない。



「だから名前なかったんだ……。

 アイツは知ったの?」


「えぇ。


 だから理佳ちゃんが元気になって戻ってくるまで

 少し待っててあげて」




そう言うと、

今度こそ左近さんは仕事へと戻っていった。



自分のベッドに戻った後、

アイツのベッドに、携帯と携帯ケースの入った紙袋を置く。



その時、隆雪が買ってきたミニ紙袋の方にもう一つ

小さな袋が入ってるのに気が付いた。



引っ張り出したそこには、

お揃いの天然石のストラップ。



ストラップの入った紙袋には、

隆雪の文字で(託実と理佳さんへ)っと書かれてた。



チャーム部分には、貝殻をモチーフにした飾りがついてる

ストラップ。



その一つを俺の携帯につけて、

もう一つを、理佳の携帯の箱の中に忍ばせて、

再度、枕元に置きなおした。




そのまま俺は就寝時間になって、

一人、病室で眠った。






次の日、俺はアイツの泣き声で目が覚めた。



夜の間に戻ってきたらしいアイツは、

ベッドのなか、布団を被って泣いてた。



「おいっ、うっせぇって」




そうやって言いたいわけじゃないのに、

そんな言葉しか出てこない俺。



「今はまだ寝る時間だろ。

 泣いてんじゃねぇよ」




そう言いながら、俺は自分のベッドから

アイツのベッドへと近寄った。


そっとアイツの髪に触れるように手を伸ばす。



静かに泣き続けるアイツの背中は震えてて、

それを少しでも和らげてやりたくて、

今度は背中をさすりはじめた。



「ごめん……。


 でも……涙、止められないの。


 けど、迷惑だよね。

 ウザいよね。


 邪魔だよね。


 早く涙が止まれば、

 迷惑かけずに済むのに……ね。


 なんで涙って、

 止まらなくなるんだろう。


 泣いてどうなるってわけじゃないのに。


 誰かを悲しませて、

 不安にさせるだけだって

 知ってるはずなのに……」



って泣いている今も周囲を

気にしてばかりのアイツ。




お前が泣いてる理由も俺は知ってる。




その涙は、元弥って奴の為に

流してる涙。



「別にウザいとか言ってねぇって。


 チッ。


 えっとー、何ていうか……

 一人でコソコソ泣いてんじゃねぇ。


 何があったかなんて、

 まだ俺がわかるわけねぇ。


 あったばかりだしな。


 けど話す気があるなら聞いてやる」



アイツのベッドに腰掛けて、

アイツの背中をさすりながら

そうやって声をかけると、ベッドの中でアイツの体がゴソゴソと動く。


思わず絡み合う視線。



涙を流す至近距離のアイツの体を

思わずグイっと引き寄せて、抱きしめた。




一瞬だけ触れる唇に慌てて、

密着した体を離した。



「ったく。

 

 涙、これで拭けよ。

 パジャマに鼻水つけんじゃねぇぞ。


 ほらっ、拭けよ。

 涙」





そう言うと、俺はアイツに渡してやろうと思って

手にしていたハンドタオルを握らせた。



電気がつけられないから、

携帯電話をサイレントにして、

灯りをともす。




「あのね……友達が亡くなったの。


 この病院で出会って、

 ずっと一緒に治療も頑張って来た。


 もうすぐ移植に行くことも決まってたのに。


沢山の人に愛されて、必要とされてるそんな友達だったの」





アイツは、吐き出すように

俺にしがみ付きながら言葉を紡いだ。



やっぱり原因は、あの元弥かよ。

左近さんの表情の意味が、俺の中で確実に繋がった。




「友達が亡くなる辛さが俺にはわかんねぇよ。


 俺んち、祖父ちゃんたちもまだ元気だからさ。

 

 誰かが亡くなる悲しみって、

 俺には正直わかんねぇよ。


 けど、アンタの友達。


 アンタにそんなに沢山、泣いて貰って悲しんで貰えて

 喜んでんじゃねぇ?

 

 喜びながら、多分……そいつも悲しんでると思うぜ」



ソイツも悲しんでると思うぜ。




言葉にしながら……

アイツは、元弥から何を貰ってた?



俺の知らないアイツら二人に、

どんな時間があったんだ?




そんなことが気になって仕方ない。




何処までもアイツから意識が離れない俺自身に

困惑しながらも、時間は流れていく。







その後も、泣き虫のアイツは

俺の手を握りしめたまま、ゆっくりと眠りについた。





離れるタイミングを逃した俺は、

朝、左近さんが顔を出すまでアイツのベッドに腰掛けて

アイツに腕を取られたまま、朝を迎えた。







泣き虫のアイツの心に、

少しでも寄り添えたら……。





アイツの中に光を灯してやれればいいなって……

そう思えた夜は、ゆっくりと明けていった。






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