2.プレッシャーと過ち  - 託実 -


「託実さまー、頑張ってー」


「託実君、ファイトですわ」






放課後のグラウンド。




男子校舎と女子校舎を繋ぐ、

別名、天の川を越えてグラウンドを囲むフェンス周辺に現れた

女子生徒たち。





次々と上がる、黄色い声に部員仲間の東堂稔【とうどう みのる】が

『いいよなぁー、託実は』っとしみじみと声を出してぼやいた。




俺、亀城託実【きじょう たくみ】は、

神前悧羅悧羅学院 悧羅校中等部三学年に通っている。



もうすぐ夏休みが始まる今は七月。



一学期末テストと、実力テストも終わって

ようやく、勉強漬けの日々から解放されたばかり。




テスト期間中の試験休みを終えて、久しぶりに放課後のグラウンドに

陸上部員たちが集結した。




途端に、久しぶりの俺たちの練習を見ようと

隣の校舎から、天の川を渡って女の子たちが駆けつけてくれた。





「託実、稔。

 遅いぞ、早く練習準備に入れ」





中等部・高等部の合同練習もある学院特有の放課後風景。


高等部の主将である、立花久信【たちばな ひさのぶ】先輩が

グラウンドに現れた途端に、周囲の空気がピーンと張りつめた。




「久信、オレのジュニアが面倒をかけた」




そう言って俺の前に姿を見せたのは、

この学院独特のシステム。



HBW【ハウス ブレイン ワーク】制度に基づいて、

俺の生活指導者として、デューティーを任された、久禮智樹【くれ ともき】さんが姿を見せた。



智樹さんの隣には、智樹さんの親友であり、稔のデューティーを務める

鷹岡大樹【たかおか だいき】さんが姿を見せた。





「デューティー智樹、すいませんでした。

 練習に入ります」


「デューティー大樹、すいませんでしたー」




一斉に自分のデューティーに謝罪すると、

俺たちはデューティーを同伴して、陸上部の主将である久信先輩に頭を下げた。





「智樹、大樹。

 ジュニアの始末はつけないとね。


 グラウンド1000M。

 その後は、今日の練習メニューを渡すから、もう一度取りに来てよ」




久信先輩の容赦ない言葉に、俺も稔も両手をあわせて、

デューティーに謝罪するように拝む。



ジュニアである俺たちが何かをしでかしたとき、

それらの責任を取るのは、デューティーであるすぐ上の指導者と、指導者のデューティーである

グランデューティと呼ばれる存在。




ちなみに俺にとっての、現状のグランデューティは、恐ろしいことに身内。



綾音一綺【あやね かずき】。

俺の母の姉の子供であり、この学院の理事長の一族。



そして俺にとっての幼馴染。



宮向井隆雪【みやむかい たかゆき】にとっての、

グランデューティは、伊舎堂裕真【いさどう ゆうま】。



こっちもまた、俺の父の兄の子供。



どっちに転んだとしても、この学院の中では

異様に目立つ存在のジュニア。





だからフェンス越しに集まる女生徒たちも、

多分、グランデューティーの兄貴たちの庇護にある俺たちに

関わることで、少しでも交わりたいって言う野心もあるんじゃないかなっとか勘ぐってしまって

どれだけ騒がれても、手放しでは喜べない。



それが俺サイドの本音。






とりあえず、大樹先輩と智樹先輩と稔と一緒に、グラウンドを軽く1000M流す。





その後は、久信先輩から今日の練習メニューを手にする。



夏休み、全国大会に出場する俺には

今は自分のコンディションと向き合って、徹底的に集中していく時期。





「託実、智樹と一緒にフォームチェック。

 その後、スタートダッシュ。


 稔、もも上げの50Mの後、

 200M加速」





久信先輩に言われるままに、

その後も黙々と練習は続けられる。




練習が終わる頃にはグラウンドを取り囲んでいた

女生徒たちの姿もいつの間にか居なくなっていた。






練習の後、クールダウンをして更衣室へと向かい鞄の中に制服を含めて突っ込むと、

トレーニングウェアのまま、校舎でメンバーと別れて、ジョギングしながら帰宅。




自宅に荷物だけ放り込むと、夜の日課でもある

学院近くの森の中を走りに出かける。





筋肉の使い方、呼吸のやり方、フォームの確認。


そんなことを一つ一つ丁寧に意識ながら、

走り続ける時間。






今が一番大切な時期だから、

そして……俺も結果を出したい。








優秀すぎる身内が、傍に居るのは

ある意味プレッシャーも大きい。





裕真兄さんは、今期の神前悧羅学院校悧羅校最高総。

悧羅校においての幼等部から、大学院部までの頂点を

理事会に任された存在。


そして裕真兄さんの副総代を務める【最高総秘書】のポジションにあるのは

一綺兄さんの部活でのパートナー・三杉光輝【みすぎ こうき】。


一綺兄さんもまた、学院最高書記として昂燿校(こうようこう)・悧羅校(りらこう)・海神校(わたつみこう)の

三校の生徒総会においての書記のポジションであり、三杉さんと一緒に中等部・高等部の6年間、

神前悧羅学院テニス部を、全国大会で優勝させた経歴の持ち主。



周囲が結果を出す奴らばかりだと、

俺自身も、結果を出さなきゃと焦る気持ちがセーブできない。




そして中学生活が始まって、3年目の今年。

ようやく俺も、全国大会への切符を手に入れることが出来た。



だからこそ、このチャンスにきっちりと結果を持たせたい。




それがまた、悪循環を生み出すことを感じながらも

俺は今をもがく様に必死に息を吸いながら前進することしか出来ない。







そして……俺自身を追い込むように、

自分を痛め続けるように、練習を続けた俺の体は夏休み前に悲鳴を上げた。





左膝に痛みを感じるようになった足。





一言、医者やってるんだから親父か、母さんに相談すれば良かったんだけど

そんな時間すら、奪われたくなくて、闇雲に練習を詰め込んだ。







そんな俺の膝は……

練習中に強烈な痛みと共に動かせなくなる。






「託実」


「託実、お前どうしたんだよ」






智樹先輩や、大樹先輩。

そして久信先輩に、稔。



四人の声が耳に届きながら、

俺は左膝を抑えて、グラウンドでうずくまってた。





「託実、左膝か?」



智樹先輩に問いかけられるままに、苦痛に顔を歪めながら

何とか頷く俺。





「大樹、附属病院へ連絡。

 後、智樹、グランに一報いれておいて。


 俺は顧問に連絡するから」




久信先輩の声がすぐに遠ざかって、

その後、慌てて姿を見せたのは大学医学部校舎から駆けつけた裕真兄さんと、

俺のグランデある一綺兄さん。




「智樹、大樹、稔。


 後は私たちが交代するから、君たちは練習に戻りなさい。

 全国大会も間近、今の実力を出し切って後悔のないようにしてくださいね」



一綺兄さんが声をかけると三人は兄さんに一礼をして、

その場を離れていく。



裕真兄さんは、俺の傍で膝の様子を見ながら


「託実、靭帯……損傷してるかもしれない」


っと小さく言葉にする、俺にとっては最悪の結末。





「テーピングで応急処置だけして病院に運ぶから。

 こっちに来る時に、父に連絡しておいたよ」




裕真兄さんが言う父は、俺の父のお兄さん。

政成【まさなり】伯父さん。



附属病院の病院長を任されてる存在。




俺は裕真兄さんになされるがままの状態で、

二人の兄さんたちによって病院へと送り届けられ、

診察室へと連れ込まれた。







プレッシャーと、

俺自身が弱さが招いた一瞬の過ち。





自らの愚かさを知った時、

何もかもが手遅れだと思い知った夏。







結果を出せない重圧だけが、

俺の世界を闇色に落としていった。


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