第2話 パパ、ただいま!
リビングの高級革張りソファに寝そべり、俺はスマホでツブッターのタイムラインを眺めていた。
どうやら、この世界は俺が元いた世界と比べて、歴史的に大きな違いはないらしい。
総理大臣の名前も、教科書に載っているような大事件もそのままだ。
驚いたことに、テレビ欄には元の世界と同じ深夜アニメのタイトルまで並んでいる。
まあ、あのゲーム自体が現代日本を舞台にしていたんだから、当然といえば当然なのかもしれないが。
これって、たぶん、あれだよな。
漫画とかでよく聞く……パラパラワールドとか、パリピワールドってやつ。
高校物理すら赤点ギリギリだった俺には、いまいちピンとこない概念だが……要するに「元の世界とちょっとだけ違うルートに入った結果、バタフライ効果的な何かが起きて、あのゲームそっくりになってしまった世界」ってことだよな?
自分で言ってて頭が痛くなってきた。
現実に多少のアレンジを加えた程度で、二次元のエロゲ世界『スイート・アップル』が完成するものなのか?
とはいえ、まだメインヒロインである梨檎以外、他のキャラクターとは出会っていない。
あのゲームの全要素が再現されているとは限らないな。
同じなのは俺と梨檎だけで、あとは前の世界と何一つ変わらない可能性だってある。
もっと詳しく、この世界の法則を検証すべきなのかもしれないが——
……まあ、どうでもいいか。
考えるのはよそう。どうせ俺のガラじゃない。
転生してしまった事実は変えられないし、難しい理屈をこねくり回したところで、俺の脳みそじゃショートするのがオチだ。
誰かが俺のために「◯しもボックス」で作ってくれた、色々と都合がいい世界……とでも思っておいた方が精神衛生上よろしい。
「ただいまー!」
思考を放棄したタイミングで、玄関から元気な声が響いてきた。
壁にかかったバードハウス型のおしゃれな時計を見れば、時刻は午後四時を回っている。
学園から解放されたのだろう。
「おかえり、梨檎」
「あれ、パパ? ……仕事は?」
ソファでトドのように寝そべっているニートを見下ろし、梨檎がキョトンとしている。
「……ん? あぁ、そうか。俺は仕事に行かなきゃいけない設定だったな」
「設定……? 本当に大丈夫なの? 今日のパパ、なんか変だよ?」
いかん。俺にとってここはゲーム世界だが、あいつの視点じゃ紛れもない現実だ。
大黒柱がいきなり仕事をサボって昼間からゴロゴロしていたら、娘がビビるのも無理はない。
元の世界には帰れそうもないし、俺も真面目に「浦原誠」として生きる覚悟を決めるべきか。
「悪い悪い。今日はちょっと有給とったんだ。明日はちゃんと出勤するから、心配すんな」
「そう……。あのさ、何か悩み事があるんなら、私に言ってよね? 男手一つで私を育ててくれてるパパが、いつも大変な思いをしてるのはわかってるつもりだから。私はもう子供じゃないんだし、もっと頼ってもいいんだよ?」
「ああ……ありがとうな。今はちょっと疲れてるだけだ。大したことないから大丈夫だぞ」
なんて父親想いな娘なんだ……。
おぼろげな記憶だが、たしかにゲーム内でも梨檎の父親はシングルファザーという設定だったはずだ。
今の所、原作設定に忠実だな。
ちなみに「好きなゲームのキャラ設定くらい覚えておけよ」とツッコミを受けそうなので弁明させてもらうが、俺だって何度も梨檎ルートには挑戦したんだ。
見た目も性格もドンピシャでタイプだし、何よりメインヒロインを攻略しなきゃトゥルーエンドが見られない仕様だったからな。
俺は来る日も来る日も、性懲りもなく様々な選択肢を選び続けた。
——だが、全ての挑戦は失敗に終わった。
選択肢を間違えて別のサブヒロインルートに突入するか、即死トラップを踏んでバッドエンド直行。
梨檎ルートだけは、どうしても完走できなかったのだ。
いい歳のおっさんが、若者みたいに繊細な恋愛フラグを管理できると思うなよ?
俺に乙女心なんて複雑怪奇なもん、わかるわけねーだろ!
要するに、俺は梨檎ルートをクリアしていないため、彼女の家庭環境や父親の詳細について知る由もなかったのだ。
まさか自分が父親になって、攻略対象の娘を見守る羽目になるとはな……。
あの幻のトゥルーエンドを見ることは、未来永劫ないのかもしれない。
……転生する前に、攻略wikiでネタバレを見ときゃよかった。
「でも、パパが家にいてくれてちょうどよかった! ねえ、今日のお弁当、明日も作ってくれる? あまりにも美味しかったから、昼休み中に友達にちょっと分けたんだけど、みんな絶賛してたんだよ。サラダの濃厚でフルーティーなドレッシングとか、高級料亭の味がするおにぎりとか、どうやって作ったの? みんな口を揃えて、また食べたいって」
「おう、そりゃよかった。もちろんいつでも作ってやるぞ」
「ありがと! パパ、大好き!」
言うや否や、梨檎がぎゅっと抱きついてきた。
制服越しに、ふくよかな胸の感触が押し付けられる。
これはゲームのCGでは味わえない、生の弾力。
まったく恥じらっていない無防備さが、さらにエロい。
……まあ、あいつ視点だと俺は実の父親なので恥じらってなくて当然か。
理性を持て、俺。相手は娘だ。
そういえば、梨檎の言った友達とやら。
そいつらが、ゲームに登場するサブヒロインたちと同一人物なのかが気になる。
この世界がどれほど正確に『スイート・アップル』を再現しているのか、確かめる絶好のチャンスかもしれない。
「なあ、梨檎。どうせなら、その友達を家に連れてきな。俺が腕によりをかけて、あの弁当なんか目じゃない、とびっきりの料理を振る舞ってやるから」
「えっ、いいの!? ……でも、パパってそんな料理できたっけ? お弁当はまぐれじゃなくて?」
「ったりまえだろ。パパには料理の神様、ジョエル・ロブションがついてるって言ったじゃねーか」
「うんうん、そうだね。シャワー・ローションだね」
……こいつ、絶対にわざと間違えてるよな?
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