第46話 死神の誘い



「こちらへ」



 兵に連れていかれたのは広くもなく狭くも無い個室だ。


 あるのは机と椅子が一対の椅子。


 窓は格子が付けられ部屋を照らすのは天井に吊るされている魔道具のライトだけだ。


 まるで牢屋のような場所だと見ていると兵士が姿勢を正した。



「初めまして」



 入ってきたのは、



「シュルツ・H・カートス卿ですか」


「ふふ……お前も来い」



 続けてリックンが入ってきて驚いた表情を見せた。



「驚いていないようだな」


「いえ、大物が来ると思っていましたので」


「肩透かしか?」


「少々」



 軽く挑発したがシュルツはくつくつと笑った。



「まあ、貴公の考えには肯定しよう」


「あの……父上、一体これは? 何故山ざ……いえローファス家の当主がここへ?」


「この者は女王陛下を毒殺しようとした暗殺者だ」


「え、陛下がこの者に!?」



 リックンが驚愕の表情を浮かべるのをリアは冷静に観察する。


 怜悧なその視線は内側を見通すようにじっと……静かに。



「陛下は? 陛下は無事なのですか?」


「ああ、だが意識が無い。持つかは分からない」


「そんなことって……でもどうしてローファス家の当主が」


「……シュルツ様は教育熱心なのですね」



 リアの言葉にシュルツは目を細めた。



「戯言を言うな、暗殺者が」


「…………」


「恐れながら父上、本当にローファスの当主が陛下を毒殺したのですか? 理由がどうも……」


「……この娘を庇うのか?」


「いえ、そういうわけでは。ただ陛下の命を狙った犯人が本当にいるのでしたら知りたいと思ったまでです」


「ふむ……そうかもしれぬし違うかもしれぬ。――が、これから更に調べればわかってくるだろう。息子よ、お前はここを離れよ」


「しかし」


「リックン」


「…………っ!? は、はい!」



 リックンは一礼だけして部屋を出て行った。






「全く、使えぬな」


「親子の会話はあまりないのですか? 息子の陛下への忠誠心の深さに気付かないなんて」


「ふん、貴様には関係のない事だ」


「…………」



 リアはここまでの会話で、リックンがこの計画に関与していないのだと判断する。


 むしろ彼は陛下が重体と聞いて動揺していた。意外にも陛下への忠誠心が高いようだ。


 教育熱心。


 リアが言った事だがこれは皮肉だ。


 シュルツはこの場において息子が事実を言った時、どんな反応をするか分からない程、自分の子供を見ていなかった。



「私をどうする気ですか?」


「どうするも何も、私が決める事ではない」


「決めるのは主の仕事ですものね、犬は判断出来ませんか?」


「…………っ!」



 頬が熱を帯びる。


 女性を殴るとは紳士とは無縁の男だとリアはシュルツを冷ややかな目で見た。



「田舎者の領主が偉そうに……」


「まあまあ、落ち着け」



 扉の外からの制止の声。


 扉が開き、壁に立っていた兵士の背筋が更に伸びる。


 ベルント・フォン・イズールド公が姿を現した。


 隣にはフードを深く被った護衛のような者が立っている。



「ベルント様」


「良い」



 シュルツ・H・カートスの敬礼を手で止める。



「頭に血が上るのは貴公の悪い癖だぞ、カートス卿」


「はっ、申し訳ありません」



 シュルツに微笑みかけるベルント・フォン・イズールドをリアは下から見上げた。





「来ましたか。そうでしょうね。キース家で無いのでしたら貴君しかいらっしゃらないでしょうからね」


「疑っていたのか? ならどうして黙って連行されたのかな?」


「どちらか確証はありませんでしたし、選択肢はありませんでした。陛下が倒れたのがキース家のパーティであれば尚更」



 キース家に残った所で遅かれ早かれ連れていかれていただろう。


 間接的に疑いを掛けられているキース家が私を庇えるはずがないのだから。


 リアの言葉のどこが面白かったのかベルントは笑い出した。



「くく……噂には聞いていたが切れるな。殺すには惜しい」



 ベルントはひとしきり笑ってから歩き出す。



「君はこの国をどう思う?」


「…………?」



 質問の意図が分からず黙っていると続けて言葉を重ねてくる。



「かつては東の覇者と呼ばれ畏怖され、敬意を持たれていたルグナ王国がちょっとした戯言で他国から攻められるようになった。ウェルス公国などルグナの属国に近かったはずなのに今では若き名君の力でルグナに追いつけ追い越せと国力を上げている、反乱の芽はそれだけではない、南の隣国は我が国の領土に目を付け、事あるごとに治安を乱してくる。そのうち西の大国に飲まれてしまうだろう」



 タン……と壁をしたたかに叩く。



「王が継承性なせいでどれだけ愚鈍な王になろうとも優秀な臣はあくまでも臣として王を支えなければならない、その結果がこれだ」


「……何をおっしゃりたいのですか?」


「味方にならないか?」


「イズールド公!?」



 立ち上がるシュルツを視線だけで射竦める。



「勿論今回の嫌疑も無かったことにしよう。貴公を候へ上げても良い。どうかな? 悪い提案ではないと思うが」


「……一つ聞きたい事があります」


「何かな?」


「父を殺したのは貴方ですか?」


「…………」



 ベルントは黙って数歩歩く。



「……貴公の父、レイル・ローファスは愚かな男だった。鉱石、肥沃な土地、他種族の住む広い領土。それらをもってして辺境伯にこだわり戦果を得ることに興味がない賢さの無い男だった。ならばそれほど恵まれた大地を活用出来る人材に渡そうと思うのは当然ではないか」


「…………っ!」



 リアは拳を握った。



「怒るのか、君は優秀だと思ったが私の勘違いか?」


「父は……!」



 真っ赤になりそうな頭を、視界を自制という氷で冷やしながら冷静に言葉を紡ぐ。



「……父、レイル・ローファスは平和を愛し、領民を守るべく、街を戦火にさらさないよう、正義の為に全力を尽くしていました。決してそのような愚かな父ではありません」


「力なき正義にどれだけの価値があると? 心で守れるのか? ウェルス公国軍との戦いでもたとえ負けたとしても領民が、領土が守れたと本当に思っているのか?」


「それは……」


「貴公は自慢の魔法使い士爵に助けられただけだ。士爵がいなければ、力が無ければ何も守れない。今でさえ命の天秤を私に握られているのだから」


「……申し出を断れば私を殺すおつもりですか? テイズ高原で味方に毒を混ぜたように証拠もなく」



 ベルントは口角を上げ、見下すような笑みを浮かべる。



「必要であれば……な。私は貴公と貴公自慢の士爵に利用価値があると思っている。テイズ高原での振る舞いは見事だったからな」



 やはりあれはこの男が。



「……恐れているの間違いでは? ハヤトさんは最強の魔法使いですよ」


「ふふ……そうだな、この国の中では……だろう」



 ベルントはちらっとフードを被った者を見る。



「何が言いたいのです」


「いや、貴公の考えが変わる事を期待しよう。もっとも、それまでに首から下があれば……の話だが」

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