第32話 先勝祝い



「敵が引いて行くぞ!」



 テイズ高原の戦い初戦。


 敵は千単位の死傷者を出して見えない場所まで撤退した。


 戦いの後、砦から見ると戦場には煙が上がり、焼死体が多数見える。



 あれらは全て俺がやったものだ。


 俺は初めて人を殺した。





 先勝祝いに兵士達は騒いでいる。


 こちらの被害は微少だ。


 飛んできた弓に当たった奴が何人かいる位で、死傷者の数を考えても圧勝と言って過言じゃない。


 敵が近づいてきた直後、俺はライベルとフェイルと共に奇襲をかけたのだ。


 当然ながら俺ら三人を相手に出来る奴はおらず、さんざんに打ち負かした。



「やったなハヤト!」


「はい、良かったです」


「……? 嬉しくないのか?」


「そんな事は無いですよ」


「君のおかげでこちらの被害はほとんどない。僕の指揮なんてほとんど必要なかったくらいだ、胸を張れ」



 ナルドに褒められて俺はぎこちなく笑った。


 嬉しくないわけじゃない。けど心がざわつく。落ち着かない。


 きっと気持ちの整理がまだ終わってないのだ。



「高原の砦に行ってきます。リア様への報告もありますので」


「ああ、行ってくる良い」





 上の砦に向かうとそこでも勝った事で砦の雰囲気は明るく、兵士は騒いでいた。


 歩くたびに流石とかハヤト様と言われるのは嬉しい反面、気恥ずかしい。



「ハヤト、よくやってくれた」



 本部に入るとリヒトが笑いかけてくれ、リア様が俺を見て静かに頷く。



「……ありがとうございます」


「初戦だがこれでこちらが優位に立った。敵も大分引き姿が見えない。損害は大きかったと見えるな。はっはっは」



 リヒトが笑う中、



「失礼します。リア様」


「どうしました?」


「エルゼン伯爵がお見えになっております」


「すぐに通してください」



 本部に三人入ってきた。


 後ろの二人は護衛で伯爵は真ん中だろう。


 豊かな髭を蓄えた俺やリア様より遥かに年上の男だ。


 鎧と兜を身に纏い、マントがなびいている。



「お初にお目にかかります。エルゼンと申します」


「初めまして、私はリア・ローファスです」



「おお、噂に聞く……優秀だが年若いと聞いていましたが本当に私の娘程とは……ともかく、先勝おめでとうございます。あの大軍にあっさり勝つとは」


「いえ、まだ先陣に勝っただけで中陣より先はまだ元気ですのでこれからです」



「気を抜かない辺り流石です。私も負けていられませんな。湿地下の道は任せてください」


「はい、よろしくお願いします」



「うむ。ところで、貴公にも聞けと言われたのだが、援軍の話は聞いたかな?」


「王都本軍の話ですか?」



「それなのだが、噂では本軍編成が難航しているらしい」


「難航?」



「イズールド候とキース候の意見が対立してしまって、来るにしても相当遅れてしまうらしい、恐らくこの戦いに参加できるかどうか……との事だ」


「それは問題ですね」



「やれやれ、上の主導権争いも分かるがこちら現場を注視してもらいたいものだ。お互い辺境伯は辛いな」


「全くです」



 リア様冷ややかな笑みで肯定するとエルゼンも笑った。



「それでだ、臨時として援軍が組まれることになった。間に合わない事への詫びのつもりかは知らないが、百程の兵を率いた士爵が何人もこの戦場近くに来ているらしい。とは言ってもどれも聞いたことのない土地の小さな領土しか与えられていない名ばかり士爵達だが」


「なるほど、あわよくばこの戦いで手柄を立てて大きな領土を貰おうという話ですか」


「うむ、どうだ?」



 リア様は口元に手をやり、少し思案してから首を横に振った。



「お気持ちは嬉しいですが私達は大丈夫です。エルゼン伯爵や後ろの男爵、子爵達の軍への編入をお願いします」


「わかった、そうしよう。では、お互い武運を……戦いが終わったら酒……いや食事でもしよう」



 エルゼン伯爵は手を高く上げ、本部を後にした。





 伯爵がいなくなってからリヒトが口を開いた。



「良かったのですか?」


「はい、構いません。少しでも人が増えるのは良い事ではありますが、指揮下に入るとはいえ、彼らはあくまでも士爵率いる部隊。功を焦る彼らが勝手な行動をして私達の兵がそれに習わないとは限りません」


「なるほど、蛮勇が伝播してはたまりませんな」


「そういう事です」






 それから一週間もしない内に敵は姿を現した。


 現在俺はナルドと共に草原の砦にいる。 



「また敵が来ましたね」


「懲りないもんだ。魔法使いの部隊でもない限り勝てないだろうが命令なら退く事は出来ないんだろうな」



 押し寄せてくる軍の頭に俺がいくつもの火の玉を放ると一目散に逃げて行った。



「それにしても君の魔法は反則だな」


「水魔法で防がれそうですけどね」



「君のファイアーボールは普通のより大きいし早いからな。下手な魔法じゃ唱えても耐えられないんじゃないかな」


「そうなんですかね?」


「多分な。だが相変わらず僕らが有利だな。草原と高原、両方の砦を抜けなければ敵はどうしようもない。小道は大軍が一気に行軍出来るような道じゃない。勝ったかな」



 壁に寄りかかりながら戦況を見ていると兵士が焦った様子で上がってきた。



「高原の砦より報告です!」


「はい、何の報告ですか?」



「それが……エルゼン伯爵の軍が壊滅しました」


「え……」


「嘘だろ?」



 信じられない報告が上がってきた。

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