第11話 優しい嵐の前触れ

金曜日の夜。

仕事を終え、ようやく一息ついた頃だった。

湯気の立つマグカップを片手に、直哉はパソコンの画面を閉じる。

時計の針は九時を回っている。


アリサが正面に座り、姿勢を正した。

「服を買いに行きたいのですが、いいですか」


「服?」

「はい。制服以外、季節に合うものがほとんどありません。

 これから寒くなるので、必要と判断しました」


確かにそうだ。

疎開してきた時のキャリーケースには、最低限しか入っていなかった。


「いいけど……どこに行くつもりだ?」

「それが分からないので、相談しました」


なるほど、そこまで含めて俺か。


その時、スマホが鳴った。

画面には「姉貴」の文字。


「……なんだこのタイミング」

独り言を呟きながら通話を取る。


「もしもし」

『アンタさぁ、彼女できたってほんと?』


「どっからそんな話が出たんだよ」

『アンタの元同級生から聞いたの。神戸で女の子と歩いてたってさ。

 しかも“すごく綺麗な子だった”ってね』


直哉は言葉を失った。

その“元同級生”が誰か、すぐに察した。藤沢瑞稀――高校時代の元カノだ。


そんな直哉の内心など関係なく続ける。

『で、明日そっちにいっていい?』


「いや、明日は三ノ宮まで買い物に出る予定だ。」


『ねぇ、その子、ちょっと代わってもらえる?』


「は?」

『別に取り調べじゃないの。ただ、困ってないか聞いときたいの。』


直哉は渋々スマホを差し出す。

「アリサ、姉貴。話してみるか?」

「構いません」


アリサはスマホを耳に当てた。


『もしもし? 真奈美です。突然ごめんね、困ってない?』

「困ってはいません。直哉さんにはよくしていただいてます」

『あら、それはよかった。直哉って、口悪いでしょ? もしムカついたら遠慮なく言ってね』

「口調は強いですが、支障はありません」


『ふふ、ちゃんとしてるのね。安心したわ』


真奈美の声が少し柔らかくなる。

そして少し間を置いてから――


『ねえ、アリシアちゃん。明日買い物行くんでしょ?

アタシが一緒に行ってもいい?』


アリサは一瞬考え、静かに答えた。

「構いません。女性の視点が加わるのは助かります」

『ありがと。じゃあ決まりね。十時に迎えに行くわ』


「了解しました」


アリサはスマホを直哉へ返す。

「了承しました」

「……何を」

「明日の同行についてです」

「はぁ……」


通話の向こうから、真奈美の声が明るく響く。

『じゃ、明日よろしくね、直哉!』


ぷつん。

通話が一方的に切れた。


「……姉貴、やっぱり勢いだけで生きてるな」

「合理的判断でした」

「お前まで言うな」


直哉は頭をかき、マグカップの残りを一気に飲み干した。


——————————


藤沢瑞稀

この女性をメインとした物語りが有ります。

どのような女性か興味ありましたら

ご覧下さい。

「影のドレスを纏って」

https://kakuyomu.jp/works/822139838396461447

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