第16話

 真剣な様子から一転、やってられないとばかりに背もたれに体重をかけるマイルズ。


「はあー、まさか閣下に襲撃をかけるなんて」


 頭が痛い、という様子を隠しもしない。


「まあ私を気に食わんやつはたくさんいるだろう。陰口ばかりの者よりはよほど気持ちがいい」


 大して気にしていない様子のラミリア。

 それどころか、逃げも隠れもしないから、文句があるならかかってこい、と言わんばかりだ。

 いや実際に言っているのだろう。

 しかし、それは。


「それは閣下だからですよ、まったく……」


 英雄と呼ばれるほどの実力者。

 おのれの実力に絶対の自信があり、その自信に裏打ちされた強さがあるからこその発言。


「いやすまん。分かっているさ、手を出されること自体がまずいとな」

「それならいいのです」


 気を取り直して、マイルズは居住まいをただした。


「さて、それじゃあ閣下を襲った連中について、お教えいただけますか」

「ああ、私を襲ったのは、「魔導王の救済」だ」

「なんですって?」


 目を細めて厳しい顔をするマイルズ。

 整った柔和なイケメンなのだが、その立場と人間より長く生きているからか、非常に圧力があった。

 あまりに衝撃が大きすぎて、頭の中でまったく関係のないことを考えてしまったくらいだ。

 いやいや、現実逃避している暇があるのだろうか。

 とても親近感がわく言葉だ。

 魔導王? 何故だろう。すごく嫌な予感がする。


「連中、まだいたんですね」

「つまり……難を逃れた者がいた、ということだろうな」

「有名なの?」


 思わず尋ねた。

 魔導王の名を名乗るのならば、放置しておくわけにはいかないからだ。

 どんな組織なのか、知っておく必要があった。


「そうか、真菜は知らんか」

「では説明の必要がありますね」


 魔導王の救済。

 三大魔王のひとり、アルヘラ・ヴァン・グランベルグを病的に信奉する邪教集団である。

 研究され、改良され、研鑽された末の現代魔術の数々は、アルヘラがその叡智でもって基礎を築き上げたと魔教聖典には記されている。

 現在の魔術形態の祖となったといわれているのだ。

 人類の魔を導いた王。

 ゆえに魔導王。

 アルヘラはその実力も歴代三指に入る強さだと言われている。彼女を最強とする派閥がいれば、他2柱の魔王が最強とする派閥もおり、この議論で明確な結論が出たことは無い。

 しかし魔術の祖という功績をもって歴代最優の魔王はアルヘラである、という言説の説得力の強さは誰もが認めるところであり、三大魔王の中では功績は抜きん出た評価がなされている。

 今もなお魔術師会において大きな影響力を誇るアルヘラだが、それゆえに妙な考え方に支配されてしまった者たちも現れてしまう。

 それが魔導王の救済だった。

 彼らの主張は「魔術による人類の救済」だという。

 動物や虫、魔物はその環境、時代に合わせて常に進化している。

 しかし人類は有史以来ずっと進化せずその姿を変えることなく今日まで続いている。

 魔術によって人類がひとつ上の存在に進化することを以て、アルヘラによる人類への救済を代行し、正真正銘魔の導きの王であったことを示そうとしているらしい。

 それこそが、人類に魔術を授けてくれたアルヘラへの最大の捧げものであると。

 ラミリアとマイルズの説明はこの通りだった。


「……よく、分からない」


 何を言っているのか、というのが正直なところだ。

 人類が進化、それ自体は大きな目標だとは思う。ゲームなんかに出てくるハイヒューマンにでもなろうというのだろうか。

 そもそも魔導王なんて、アルヘラが名乗ったものではない。

 人間が勝手に呼び始めたものにアルヘラ自身は興味なし。好きに呼べばいい、と放置したのだとか。

 まあ当然だろう。人間とヴァンパイアクイーンとでは存在の次元が違うのだ。

 異世界の小娘の血を吸うことなく不老不死のヴァンパイアにし、更にはその力の一端を手渡して、肉体に憑依し今も休眠している。

 そんなことができるような存在が、人間のことなどいちいち気にするわけがない。

 人類に攻め込む魔王の時には必ず起こる人魔大戦。

 アルヘラは人類を攻める魔王でなかった。

 そのためアルヘラの代では起こらなかった。

 だから間違いなくアルヘラの関与するところではなかった。


「ああ、分からなくて当然だ。えてして狂信者とはそういうものだ」

「その通りだよ。魔導王の救済なんて言ってるけど、やってることは凶悪犯罪そのものだからね」


 彼らは魔術発展という理念のもと、何でもやる。

 明らかにその理念に関係無いであろう強盗、暗殺といった重犯罪はお手の物で、各国の為政者の頭痛の種だそうだ。

 特に、人類の進化のためには人を誘拐して儀式の生贄にしているので、先述の重犯罪に含まれない犠牲者も絶えないとマイルズはごちた。


「生贄……」

「そうだ。心臓を抉り出して魔術を施して元に戻す。その魔術が肉体に適合したら進化する、という理屈のようだな」


 ありえない話だ。

 そんな魔術はもちろん、アルヘラが持つ魔法の知識の中にも、そのようなことが実現できる手段は存在しない。

 無いから実験している、と言えばそれまでだが、アルヘラの魔法の知識をいくらこねくり回しても、ヒューマンの進化、には結び付きそうになかった。

 もしかしたら研究不足なのかもしれない。

 でも、仮にそうなのだとしても。

 真菜は試す気にはならなかった。


「このサンテラリアにもいたよ」

「いた、ってことは」

「当然、全員討伐した。私の膝元でのさばらせるわけにはいかん」


 ラミリアは忸怩たる様子だった。

 今は断ち切ったとはいえ、一時でも自分が統治する街に入り込まれたことが許せないのだろう。


「閣下がいらっしゃって助かりました。冒険者ギルドだけでは動きにくかったですから」

「こういう時貴族が陣頭に立てると話が早いのだ」


 だから、貴族たるものある程度の武力を持っておくべきなのだ、とラミリアはごちる。

 別に他人にラミリアに比肩するほどの強さは求めない。

 そこまで非常識ではないつもりだ。

 しかし多少なりとも戦えた方が、初動対応に差が出るとはラミリアの弁。

 戦場にいられるかどうかが大事なのだそうだ。

 

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