第2章 初めての村と、くしゃみ訓練

「ここが……村、か。」


小高い丘を下ると、視界いっぱいに広がるのは、木造の家々が並ぶのどかな集落。

畑では人々が鍬を振るい、子どもたちは羊を追いかけて走り回っている。

煙突からは柔らかい煙が立ち上り、風に混じってパンの焼ける香りが漂った。


俺はつい、深呼吸したくなった――が、慌てて鼻をつまんだ。


「やべっ……またくしゃみ出そうになった!」


「おいおい! ここでやったら村が消し飛ぶぞ!?」

先を歩いていた青年――リックが慌てて振り向く。

どうやら彼がこの村の案内役を買って出てくれたらしい。


「す、すまん……鼻が敏感で……」

「いや、そんなレベルじゃねぇ! 鼻が兵器だよ!」


村の入り口に着くころには、もうすっかり俺たちは目立っていた。

村人たちが遠巻きにこちらを見てヒソヒソと囁く。


「あれが丘を吹き飛ばしたっていう奴か……」

「くしゃみで……? ありえねぇ……」

「風の災厄が本当に人間の姿をしていたなんて……」


……いや、“災厄”って呼ばれるの、地味に傷つくんだけど。



◆ ギルドへ


村の中央にある二階建ての石造りの建物。

リックいわく「ここが冒険者ギルド」らしい。


中に入ると、木の床と香ばしい酒の匂い。

昼間からマントを羽織った屈強な男たちが笑いながら酒を飲み、

受付カウンターの向こうでは、赤髪の女性が書類をまとめていた。


「いらっしゃいませ。冒険者登録ですか?」

「そうだ。この男を頼む。例の“風の災厄”だ。」

「……ま、また新しいあだ名を……」


女性――リリアと名乗った受付嬢は、俺を見上げて目を瞬かせた。

「まさか本当に……? あの丘の件、あなたが?」


「くしゃみしたら……つい……」

「……“つい”の範囲じゃないですけどね。」


ため息をつきつつも、リリアは手際よく書類を出してくる。

「ここに名前と、得意なことを書いてください。」


俺はペンを取り、迷わず書いた。


名前:リュウ

得意分野:くしゃみ


その場の空気が一瞬止まった。


「……ふ、ふざけてるんですか?」

「本気です。たぶん、俺の唯一の攻撃手段なんで。」


リリアはこめかみを押さえて、少しだけ笑った。

「こんな登録、初めて見ました。でも……面白い人ですね。」



◆ 訓練場にて


「よし、ここなら吹き飛んでも大丈夫だ。」


村の外れ、誰もいない岩場に案内された。

リックが腕を組みながら言う。

「くしゃみを“制御”できねぇと、マジで世界が滅ぶぞ。」


「いや、そんな物騒な……」


だが、確かにその通りだ。

くしゃみ一発で丘が消えるなら、町中でやれば確実に死人が出る。


「どうすればいいと思う?」

「簡単だ。くしゃみを、風魔法として意識して出すんだ。」


「……そんな都合よくいくか?」

「試してみろ。」


リックが少し離れて合図をする。

俺は鼻の奥を指で軽くつまみ、息を吸い込んだ。


「は……はっ……ハクショ――」


ズガァァァァンッ!!


地平線の向こうの岩山が、音を立てて割れた。

リックが転げ落ちながら叫ぶ。


「やっぱりだめじゃねぇかああああ!!」



◆ 風を操る力


しかし、爆風の中心にいた俺は、奇妙な感覚に気づいていた。

風の流れ――いや、“魔力の風”が、自分の喉と鼻を通って外へ放たれていた感覚。


「……これ、ただのくしゃみじゃない。魔力を乗せてるんだ……!」


「はぁ!? つまりあんた、“風属性魔法”を鼻から撃ってるってことか!?」


「そうなるかも……」


リックが頭を抱えた。

「前代未聞だぞ……“鼻魔導士”なんて聞いたことねぇ!」


だが俺の胸は、不思議と高鳴っていた。

笑えるほど馬鹿げた力だけど、確かに“力”だった。


「……制御さえできれば、最強になれるかもしれない。」


「はぁ……ほんとにやる気かよ、くしゃみ野郎。」


リックは苦笑いした。

だがその目は、どこか期待に満ちていた。



その日、俺は初めて自覚した。

この世界では、鼻のむずむずが最強の武器になるのだと。

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