第1話 魔導師ではない、大魔導師であるぞ

 緑が香る草原のフィールドを年寄りが二人で歩いていた。

 白髪の老爺は赤色の外套に単衣、そして長杖を手にしている。薄青い髪色をした老婆は簡易な甲冑にマント、背には大剣だ。

 どちらも年季の入った地味な装備だ。

 同じフィールドにいた冒険者たちは二人の姿を見て、笑う者もいれば気の毒そうな者もいる。そんな歳まで冒険者稼業を続けるのかと、憐れんでいた。


「ミラルよ、荷物は重くはないか?」

「そういうのは全く問題ありませんし、別に心配無用ですから。でも、ジルさんが気遣ってくれるのは嬉しいです」

「そうか。だが、まだ先は長いからな……おっと、また来たぞ」

「またですか」


 淡々と言ったミラルも、うんざりして呆れと困りの混じった顔をしている。

 こうして二人がフィールドを歩いていると、わざわざ声をかけてくる冒険者が偶に居る。それも単なる親切心ではなくだ。


「爺さんさ、その荷物は宝でも入ってんの? ちょっと見せてよ」

「婆さんが大剣とか担いでどうすんの。俺たちが安く買い取ってやるぜ」


 親しそうな口調だが、表情はニタニタして、荷物や剣を勝手に触ろうとしてくる。こういった連中は同じ台詞ばかりで、それがジルジオンには不思議でならなかった。


「きっと同じ程度の頭なのであろうな……」


 馬鹿らしくて通り過ぎようとするが、前に回り込まれて進路を塞がれる。


「ほらほら、寄こしなって」

「手助けなどいらん。儂らの荷物に触るでない」

「人が親切に言ってやってんのに、その態度はないんじゃない?」

「はぁ……最近の若い者ときたら」

「え? なに? お説教?」

「お説教? いや、教訓に決まっておろうが。昔であればな、つべこべ言わず襲っとったのだよ。こんな感じでな」


 ジルジオンは言うなり隠し持っていた短剣を抜き放ち、若僧の剣帯を切り裂いた。ゴトッと重い音を響かせ、鞘に入った剣が落ちる。相手が目を剥いたところに、短剣を突きつけた。

 我ながら優しくなった、とジルジオンは自分に感心した。

 昔であれば、もうとっくに相手は地面で気絶していたことだろう。


「どうする。まだやるか?」


 問いかけるが、男は目を見開き固まったままだ。視線は小柄な老婆に胸ぐらを掴まれ、軽々と放り投げられる仲間を見ている。


「返事がないということは、やるってことか?」

「い、いえ。やりません」

「もう一つ教えてやろう。年寄りだからと甘く見ぬほうがいい。魔王戦争時代、お前らみたいな連中相手に生き残ったのが、今の年寄りどもだからな」

「…………」

「見逃してやる、失せるがよい」


 若者は震え上がると、落ちた剣帯を引っ掴み、挙げ句に仲間を見捨て逃げていく。残り二人が後を追いかけていく様子は、あまりに情けなく呆れるしかない。

 ジルジオンは短剣を鞘に納め、ふんっと言う。


「かーっ、根性のない連中だな。昔は、あそこから反撃したもんだが」

「そんなことをしていたのは、ジルさんぐらいです」

「つれないな。ま、ミラルの場合は即座に相手を叩き伏せておったがな」

「知りませんね、ジルさんの記憶違いではありませんか?」

「儂はちゃんと覚えておるぞー」


 にんまり笑うジルジオンに、ふんっとミラルは顔を背けている。

 そのまま簡単に装備を整えると、荷物を担ぎ直してから歩きだす。先を急いでいる。少しでも早く目的の場所に行き、必要なアイテムを手に入れねばならない。


「んむ?」


 叫び声と共に、幾つもの咆哮が交じった轟きが聞こえ、歩きだした足を止める。

 視線を向けた先にある森から複数の冒険者が飛び出す様子が見えた。形相までは見えないが、今にも転びそうな様子で必死に突っ走ってくる。

 その後ろで木々が薙ぎ倒され、濁流が噴出――そう思ったほどの勢いで、数え切れない数のモンスターたちが溢れ出した。

 木々を跳ね除け土砂を巻き上げ、次々と森から飛び出してくる。

 間違いなくトレインと呼ばれる現象だ。

 逃走の巻き込みでモンスターの群れが雪崩れ込み、追いつかれた者は殺され群れだけが残る。事故とも言えるが、一種の災害だ。


「こんなところで発生ですか、どうしましょう」

「ま、仕方なかろうて。巻き込まれた奴らは運がなかっただけだ」

「昔はよくありましたよね」

「あの頃は魔王の影響でか、モンスターも多かったからな」


 ジルジオンとミラルは淡々としている。自分と関係ないことに手を出すつもりはなかった。薄情なのではない。冒険者は自己責任、他人の助けをアテにするような者はいずれ死ぬ。そんな者をいちいち助けていたらキリが無い。


「早いところ先に行くぞ――ほほぅ?」


 ジルジオンはトレインの現場に目を凝らした。

 何人かの若い冒険者が、自分の荷物を放り捨てたかと思うと、自分より小柄で足が遅い者たちを担いで走りだしたのだ。

 そんな光景には自然と笑みが零れてしまう。


「ミラルや」

「はいはい、もちろんわかってますよ」

「では、儂が一発かます!」


 頷いたジルジオンは視線を戻し、長杖を腰だめに構え集中する。

 その全身から目に見えるほどの魔力が立ちあがり、杖の先端に眩い光が宿った。近くにいた冒険者が、目を見開き驚くぐらいの密度と強さだ。


「よかろう、その心意気を認めてやる。そういうのは大好きだからな。この超天才大魔導師様の大魔法を見るが良い! 太陽神の加護、バニシングレイ!! うははははっ!」


 溢れる魔力が一点に収束。次の瞬間、杖の先から光の束が放たれる。

 草原を貫く光は一瞬で群れを呑み込んだ。次の瞬間、大地を叩き割るような轟音が響く。焦げた臭いを含む熱風が押し寄せ、若い冒険者の髪やマント、足元の草を激しく揺らした。

 着弾点の地面は赤く赤熱し沸騰さえしている。


「……えっ!? 戦術級魔法?」


 側で見ていた冒険者の魔導師が呆然と呟いた。

 まさに威力は戦術級魔法、大規模な戦闘で城砦を破壊するためなどに使われるものだ。しかも普通は、数人がかりで魔力を合わせ発動させる必要がある。

 それをたった一人でやれる存在は、まずいない。

 辺りに響く笑い声で冒険者は相手が誰か気付いた。


「まさか! 狂笑の魔導師!?」


 その異名を叫ぶ声には、驚きだけではなく畏れも込められていた。

 ジルジオンはギロリと睨む。


「こらっ、そこっ! 魔導師ではない、大魔導師であるぞ!」

「ひいいっ! やっぱり狂笑の魔導師だぁ!」

「無礼な奴だな。焼くぞ」


 ぼやきながら視線を巡らせると、大剣を担いだミラルが爆発のあった場所に突っ込み、森から姿を現したジャイアントオインクの群れに斬りかかっていた。

 一振り毎に巨体が撫で斬りにされ、見る間に数を減らしていく。

 相変わらず呆れるほどの戦いぶりだ。


「おうおう、流石はミラルだ。沈黙の狂戦士と呼ばれるだけはある。ま、この呼び方をすると怒られてしまうがな」


 ジルジオンは軽く笑みを浮かべ、杖を手にミラルの方に向かう。加勢は不要と知りつつ、眺めているだけでは落ち着かない。


 その後、合流した老爺と老婆がとことこ歩き去る姿に、その場に居た冒険者の若者たちは呆然としながら見つめているばかりだ。


「年寄りって、怖い……」


 誰かの呟きは風に掻き消された。

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