【2話】カタマリツキ-2
かたりぃい!!!と、目と鼻から大量の汁を撒き散らし、顔を真っ赤にした赤顔のトナカイもどきがサンタさんも乗せず我が家に転がりこんだイブの夜から、約半日。塊と化したトナカイさんも少しは落ち着いたのか、亡霊がごとくのっそりと立ち上がった。その汁まみれの顔でも洗って、少しはすっきりするといい。
「…なあ、語。俺がゆずはを嫌いになるように見えたかな。」
おそらく洗面した角度と違わない、俯き視線を落としたままの姿で、ぼそっと律葵は呟いた。
ちなみに、ゆずはとは律葵の彼女だ。あ、「元」彼女が正しいが。
「ゆずはちゃんにそう言われたのか?」
「俺がいつかゆずはを受け入れられなくなる。だから別れてほしいって。」
「お前、何かしたのか。」
「してないよ。出会ってから二年半、一度も喧嘩すらしたことない。」
律葵は何の心当たりもないようで、頭を抱えながら座り込む。本当に思い当たる節がないのだろう。律葵はバカだが、真っすぐな男だ。出会った当初から二人を見てきたが、律葵は彼女が嫌がるようなことは一切しなかった。傍から見ても真面目過ぎるくらい、彼女のことを想っているように見えた。そんなバカ、もとい彼女バカが恋人たちの大事な日に別れを告げられるようなドジを踏むとは、俺には思えなかった。
「それで?別れてほしいって言われて、お前は受け入れたのか?」
律葵は首を横に振る。
「びっくりして、何も言えなかったよ。でも、そんなの急に言われても意味わかんないし、嫌だって言おうとしたけど、ゆずはの顔見たら泣いてて…。やっぱり何も言えなかった。」
律葵の顔に後悔の色が滲む。
「心当たりは…、ないんだろ。」
「ない。そもそも、俺がゆずは嫌いになるなんて、そう思われること自体がわからない。」
「お前の問題じゃないかもしれないぞ。」
慰めの意図も含め、先ほどの律葵の言葉を反芻しながら俺は言う。
「…どういうこと。」
彼女の言った言葉はこうだ。
― いつか私を受け入れられなくなる。 ―
シンプルにいつか価値観がずれてしまうことを示唆しているようにも聞こえるが、何かを隠しているようにも聞こえる。それを律葵に知られるのが怖い。という可能性もあるわけだ。
「俺はゆずはがどんなことを隠していても嫌いにはならないよ!」
その男気はフラれたときに出して欲しかったもんだ。
とはいえ、その予想が当たっているのか、彼女が何かを隠しているのか、今となっては確かめる術がない。律葵とゆずはが円満に別れたように見えないし。
「語の言う可能性が本当なら、ゆずはは俺のこと嫌いになったわけじゃないってことだろ。俺、電話して聞いてみる!」
こういうところで前向きになれるところは素直に関心する。
少し目に光が戻った律葵はポケットからスマートフォンを取り出し電話をかけ始めた。しかし、健闘むなしく数十秒後にはまた元の塊に戻ってしまった。
「ゆずは…。」
律葵が項垂れ彼女の名をつぶやく。スマートフォンのスピーカーからは「この電話はお繋ぎできません。」というアナウンスが無残にも漏れ聞こえていた。
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