【2話】カタマリツキ-1

 ―…ここはどこだ?


 薄く目を開く。ぼんやりとあたりを見る。知らない景色。これは夢か?…なんかついさっきこんなことあった気がする。やけに身体が痛…。


「痛くない!」


 思わず叫んでしまった。何故かはわからないが、全身が痛い気がしていたのだ。それに、なんだかこの世の終わりみたいな夢を見た気がする。文字通りの。一応、身体をさすってみる。なんともない。あたりを見回す。見慣れた天井。ここは…俺の部屋だ。

 枕元の目覚まし時計を見る。十二月二五日。いわゆるクリスマスだ。そんなクリスマスの朝にも関わらず、俺はいつも通り自分のベッドを十分に占有し目覚めた。おはよう、世界。そしてハッピーバースデイ、イエス・キリスト。只埜の横、空いてますよ。

 朝だ、とは言ったが部屋は真っ暗だ。デジタルな時計が一桁の後半の値を示しているのだから、朝なことに間違いはない。それでも俺の部屋は真っ暗なのだ。遮光性の高いカーテンを好んでつけているからだけど。おかげで、昼夜問わずいつでも眠れる。必要なときに必要な時間眠れる。これぞ大学生の特権といえる。実際は講義もバイトもあるからそれなりに規則正しい生活なんだけど。

 遮光性の高いカーテンにしている理由はもうひとつある。俺は写真が趣味なのだ。大学では写真部の部長なんかもやっている。愛用のカメラは、一眼レフのフィルムカメラ。今時珍しいかもしれないが、デジタルにはないアンティークな時間の切り取り方が気に入っている。カメラも好きだが、やはり写真そのものも好きだ。将来的には自分で現像なんかもしてみたい。手始めに暗室もどきを作れたらいいなと、遮光性の高いカーテンに変えたのだ。


「うるさいなぁ」


 部屋の隅に転がっていたらしい塊が、ガラガラの声で意義を唱えてきた。お前の写真のことなんてどうでもいいと言わんばかりのタイミングだが、写真愛を語ったのは心の中だけなので、声には出してない。ともすれば、先の抗議の矛先は、この塊が人の心でも読めるのでなければ、十中八九、先ほどの俺の叫びがこの塊の休息を阻害したからで間違いないだろう。

「なんだ、いたのか。暗いから気づかなかったわ。」

 カーテンを開けながら、俺は塊に問いかけた。塊からの返事はない。代わりに聞こえてきたのは、すすり泣くような、あまり耳心地の良いとは言えないサウンドだった。

 さて、この塊はなんでここに落ちているんだろうか。そして、なんで泣いているのだろうか。その答えを俺は知っている。しかし、俺だけが知っていても話が進まないような気がするので、誰にかはわからんがとりあえず話しておこうと思う。この塊は環所 律葵(わしょ りつき)。大学三年生。高校からの付き合いで、一言でいうと明るいバカだ。どのくらいバカかというと、申請書類の記入見本の名前(電車の定期とかの申請書記入見本に書かれているサンプルの名前)をそのまま書き写して提出してしまう程度にはバカだ。そんな鉄道太郎さん、もとい明るいバカが膝を抱えてコンパクトになって横たわっているのだから、当然今のこの塊の精神状態は非常に宜しくない。明るいだけが取柄なんだから、この部屋より暗くなるのはよしてもらいたい。


 水、と塊が要求を出してきた。塊の傍には酒の空き缶が無数に転がっている。昨夜のやけ酒の残骸だ。こんなバカの塊でも一応は俺の親友なので、優しい親友の俺は要求通り冷蔵庫から水を取ってきてあげる。塊はそれを一気飲みする。

「少しは落ち着いたか、律葵。」

 再び問いかけるも、帰ってきたのはやはりすすり泣く声だけだった。クリスマスに、どうしてこんな男の女々しい泣き姿を見なけりゃならんのだ。それも、朝から。

 とはいえ、同情の気持ちもないわけではない。何せ、こいつはクリスマスイブの昨日、二年以上付き合った彼女にフラれたのだ。しかも、何の前触れもなく。まあ、何度も言って申し訳ないが、バカなので予兆に気づかなかっただけかもしれんがな。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る