宇宙カムアウト大会
宇宙――そこは最後のフロンティア
宇宙空間になったリビングで、俺は両親の説明をぼんやりと聞いていた。
「――で、それがアレで、反相対性フラックス・キャパシタの仕様上……(中略)……時空連続体を穿ったデータニードルは一時的にソレして……」
ユウリは独り言をつぶやいている。
「ああ、つまり、魔力特性を全反転させたってことか ……(中略)……うん、たしかに魔量子理論的にはソレがアレするけど……」
二人が何を言っているか分からない。ただ、一つ分かったのは――宙に浮くとスカートはめくれあがる。ということ。宇宙移民時代が再び到来するとしても、ファッションとしてのスカートは衰退していくだろう。
「おわっ……ととと」
(いやぁ、ミニスカでよかった。これ……ロングスカートだと大変だよな)
ホログラムなのか何なのか分からないが、リビングいっぱいに広がる
真空で見る星は地上よりずっと明るく、瞬くたびに鋭い輝きを放つ。『闇』はただの暗黒ではなく、想像よりずっと鮮やかで、自然の作り出した織物のような模様を描き出していた。
相変わらず続く小難しい話はまるで頭に入らず、彗星かデブリとなってどこかに飛んでいく。
棄てられた人工衛星のように宇宙をぼんやり眺めていると――銀河を割って声が飛んできた。
「てか聞いてる? おい!」
ユウリに呼びかけられ、俺は再起動する。
「……はへ?」
「もしかして……ハナシ理解してない? 要約するからちょっと待って」
ユウリはスマホを取り出し、生成AI「Chat PTG(通称チャッピグ)」による要約を見せてくれた。
――【 ご両親のお話を要約すると以下の通りです 】
#二人の「肉体」は現代人だが、「心」は未来人の集合意識体(現代と未来を繋ぐ存在)
#二人は別々の土地で育ち、やがて「偶然」に出会い恋に落ちた(偶然と必然の交差)
#父の任務は、世界的な少子化が止まった「きっかけ」を観測すること(自己と他者の比較)
#母の唯一の任務は「救世主」を生むこと(愛と未来を繋げる役割)
#二人は愛する子どもたちと共に現代で生きることを選んだ(未来における価値観の変容)
――【 さらに追加の質問リストをご用意できますが、いかがですか? 】
画面を覗き込みながら「へー……そなんだ……」と答えたものの――実は心の中はそれどころではなかった。
#女装コスプレフルセット(下着、ウィッグ込)を買ったのが姉にバレ、目の前で女装させられた(人生終了)
#女装姿を両親に見られた(人生終了)
#どうやら身体が性転換しているらしい(マジどうすんの?)
これは明日以降の生活に直結する、リアルに切実な問題だ。
逆を言うと――
両親が未来人だったところで、何か問題ある?
もう現代にいるし、子どもが二人もいる時点でどうしようもなくね?
ということ。
「それって……俺――わたしが“性転換体質”なのと、何か関係あんの? ないなら別にどうってことは――」
母は近くに浮いていた惑星を蹴ってこちらへと飛び、俺の手をそっと握った。
「あなたたちはね――この世界の救世主なのよ?」
俺はユウリと見つめ合い、首をかしげた。
「……救世主? なにそれ?」
「そのままの意味よ?」
「――ていうのもあるけど、本当は“副作用”なの」
「ふ、副作用?」
母は続ける。
「……小学校に入ったとき、ずっとずーっと遠くの病院に行ったの覚えてる?」
記憶の奥底がざわめく。
家族で真っ黒な飛行機に乗ったこと。軍用車みたいなのに乗ったこと。途中のキャンプでユウリに歯を折られたこと(イラッ)
そして到着したのは、窓も扉もない真っ黒な立方体。
あそこで――(何したんだっけ?)
「タキもユウリも、注射を打ったのを覚えてる? あれは“一生涯、大きな怪我や病気をしない”っていう未来の神ワクチン――『因果律ワクチン』よ」
「因果律……ワクチン?……」
「でもそれは、一億人に一人くらいの確率で“
「それが?……」
「そう――性転換体質よ」
つまり――俺たち姉弟がそろって性転換体質になったのは、そのワクチンにあったというのだ。
……とはいえ、正直あまり驚かなかった。
(女装高校生に性転換体質。未来人に救世主。で、次は副作用って……。今日やたらパワーワードが渋滞しすぎだろ……。このあと召喚された伝説の勇者とか出てくる? それともアンダーグラウンドな秘密組織?)
「いったん宇宙を切るわね?」
母が立方体の上に指先をすべらせると――リビングは何事もなかったかのように元の姿へと戻った。
「……そうだったんだ……」
すべてを悟ったような顔でユウリがつぶやく。
「黙っていて……すまなかった」と父。
「ごめんなさい、ユウリ、タキ……」母も続ける。
言葉が途切れ、再び沈黙が部屋を満たした。
「グスッ……」
ユウリが鼻をすする。
「でも……教えてくれてありがとう、パパ、ママ。あたしたちのこと考えてくれて……ほんとに大好きだよ……」
母がユウリの肩を抱き寄せる。その目にはうっすらと涙がにじみ、父もまた涙をこらえていた。
やがてユウリは勢いよく顔を上げ、うるんだ瞳で家族を見渡す。
「聞いて、パパ、ママ! あたしも気持ちの整理がついた!」
(……おいおい。今度はお前かよ。もう今日は、精神的にも物理的にもお腹いっぱいなんだけど? どうせ「彼氏できました」とかそんなクソ情報だろ?)
ユウリが意を決したように口を開く。
「あたし……注射を打ってないの……」
(……は? え、そうなの!? いやいやいや。さっきめっちゃ性転換して神ビジュ青年くんになってたけど!? 何言ってんのお前……?)
その言葉に混乱している両親をよそに、ユウリは一歩前に踏み出た。
そして腕を上げた瞬間――部屋の灯りがふっと消えた。
「えッ? 停電?」
ポゥ……
消えたはずの光が粒子となり、リビングの中をゆっくり漂い始める。
「な、なんだこれは……」驚きの声を漏らす父。
「これは……フラックス・キャパシタの量子フロー……?」母が手を伸ばし、光の粒に触れようとする。
ユウリはひとつ息を吸い、人差し指を天井へ向けた。
――『
ポッ。
光の粒子が集まり、指先に小さな“闇”が灯る。
「あたし……実は元・魔王なんだ」
(……は?)
その闇がパチンと弾けた瞬間、街全体が一瞬だけ光を失った。
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