オール家族バレ





あれから何時間が経ったのだろう――


俺は心を完全に殺し、恋をしない着せ替え人形ビスクドールの役目をまっとうしていた。


二度目の下着チェンジを終えると、ベッドの上には次のコーデが置かれた。


「じゃ、次これね?」

「……はい、お姉様……」


どこかで見た”あの少佐”を思わせる超ハイレグのボディスーツ。その上からクロップ丈のTシャツをかぶせ、その上にミニスカートを重ねる。


男脳で考えれば、これはもう「私は世界を挑発してます」と公言しているような恰好だろう。だが今の俺の身体は、完全に女性化している。おちんの“ぽろり”問題などを心配する必要はない。


それに……心は完全に死んでおり、なにも感じないのだ。


(うーわ、クロッチ細……。

てかフロントもこの幅だと……「ついてる人」は着れないですよね? これ作った企業は今の“オールジェンダー時代”をどう考えてるんですか?)


先っぽから“透明なお汁が漏れ出す”――

そういった肉体的不安が消えるだけで、女装という行為は一気に身近になる。


最初にショーツへ脚を通した衝撃を思えば、いまのこれはもう俺の日常エビデイと変わらない――まるで『なぎ』そのもの。


繰り返すが……心は完全に死んでおり、なにも感じない





『覚悟完了』――心の中で叫ぶと、ユウリが手を叩いて喜んだ。


「いいじゃーん! 似合う似合う!」

「……はい、お姉様……」


「まわってまわって!」

「……はい、お姉様……」


胸元に感じる身体に感じる『胸』の重み。下腹部には『未知の臓器』の存在を感じる。


(なくなったおちんちゃんって……どうなんだろ? わりとすぐに戻ってくる系? それともこのままいく系?)


人生をそこそこ左右するような重要な問題について考えていると、一階から母の声が聞こえた。


「ユウリ~、タキ~! ごはんよ~」


ユウリ(青年)は、「あーあ……」と残念そうな表情を見せた。


「時間切れかぁ……ざぁ~んねん」

「……はい、お姉様……(助かった! 母さんあざすゥ!)」


数時間にわたって続いていた着せ替え人形ビスクドールのような人生が、ようやく終わりを迎えた。


俺はハンガーに掛けてある制服へと手を伸ばす。


「いや、なにしてんの?」

「……はい、お姉様……着替えを……」



そこでユウリが、壁を――ドーン!!!!



そのまま壁際に追い詰められ、胸ごと身体を押し付けられる。


唇が――ゆっくりと、俺の唇に近づいてきた。


(わーーーー!!!! わわわわ! まってまってまってまって!!!! なになになにない!?!?!?!? きもいきもいきもいきもい!!!!)


唇は重なることなく……耳元に近づいてくる。


ふぅという息遣いが聞こえ、ユウリがささやく。


「これで終わりと思う? 思ってない……だろ?」

「……は、はい……お姉様……」


――(シッキュン)


壁ドンからの――シッキュン!?


存在しないはずの子宮が疼く。


あるいは前立腺がゴリッ。


溢れ出るオスメス脳汁。


お汁で満たされた身体が、女装沼を越えて「女装湖ジョソコ」を生み出す(イミフ)


沈みゆく意識の中で、再び母の声が耳に届いた。


「ユウリ~、タキ~! ごはん~!」





◇◆◇◆◇◆◇





リビングに漂う重苦しい空気。

誰もが口を閉ざし、沈黙の中に言葉を探している。


テーブルを挟み、俺とユウリha向かい合うように座る。


俺が生まれた日、両親はどんな未来を思い描いていたのだろう。いつか息子が『娘』としてここに座る未来を、予想できたのだろうか。


しびれを切らした父が顔を上げた。


「やっぱり……父さんは受け入れられない」


バン!――机を叩く母。


「あなた……どうしてそんなこと言うの!? みんな……みんな大切な『家族』なのよ!」


父は首を横に振り、箸を置いた。


「すまない……」

「やめて……そんな言い方……」


母は声を震わせ、肩を落とす。


黙々と食事を続けていたユウリが手を止めてつぶやく。


「……あたしはパパに賛成」


グラスの氷が――カランと音をたてた。


その場で崩れ落ちそうになる母。それでもユウリは続ける。


「……やっぱ、たこ焼き・お好み焼き・焼きそば・ごはん・みそ汁って、組み合わせ的にヤバい。おかしいよ……」


ユウリは俺を見て尋ねた。


「ね? あんたはどう思う?」

「え? ええと……」


ミニスカートの裾をぎゅっと握りしめ、脚を閉じる。太もも同士がくっつくと、“女になった”という現実を突きつけてくる。


最初、両親はなにも言わなかった。リビングに女装した息子(のような少女)が現れても、なにも言わなかったのだ。


それは、“そうなりたい人”にとっては、きっと優しい沈黙――最高の状況だったのかもしれない。しかし、“そうでない人”にとっては最恐さいこわの沈黙だった。


残念ながら、俺は後者。ただのオナモク女装です……。


眉間にシワを寄せ、ユウリが顔を近づけてくる。


「――ねぇ~~~~、聞いてる? あんたはどう思うの?」


「そうだな。父さんはタキの意見も聞きたい」


「ママも気になるわ?」


三人の視線が突き刺さる。


「いや、は別に……」


全員が食卓から身を乗り出し叫ぶ。


「――おれッ!?」


(あーはいはい、わかったわかった。さっき言われたやつね? ……はいはい。やりますよ)


“俺”はうつむきがちに口を開く。


「わ、『わたし』は……べつにそこまで気にならないかな?」


顔を上げると、三人は難しい顔をしていた。


「……うーん、で決まりかな? ……ママはどう思う?」ユウリは首をかしげる。


「そうねぇ。やっぱり『うち』は系統が違ったものね」と母。


「うんうん」と父。


三人は示し合わせたかのように深くうなずいた。それぞれ椅子に座り直すと。ユウリが軽く手をたたきながら告げる。


「おめでとー! これからあんたの一人称は『わたし』に決まりました! パチパチパチー!」



――パチパチパチ



この瞬間、俺は俺でなくなった。


(タキちゃーん? はーい!)

(なにが好きー?)

(チョコミントよりも、たっこやき!)


俺はたこ焼きをぽいと口にいれ、食べた。


「わ、わたしは別にどっちでも……(はふはふ)……」


(これでいいんだろ、これで!? おお!? 文句あっか!?)


ユウリはお茶で、父と母はグラスに入っていたワインで、それぞれが祝杯を上げた(何のだよ)


幸せな(?)時間は――つづく。





「ブラどう? きつくない?」

「――ぶフッ!?」


焼きそばが少しテーブルに飛び散る。


「明日にでも買いに行かないとね?」

「べ、別に……大丈夫……だし」


食卓でがどんな話をしているのか、俺にはわからない。でも、下着の話くらいはするだろう。たぶん。


それはごく自然なことで、両親がいてもいなくても、であっても女であっても関係ない。たぶん。


ユウリは容赦なく話を続ける。


「ネットで買うなよ? フツーに失敗するからね? ファーストブラはぜったいちゃんとしたお店で測ったほうがいい!」

「へ、へぇ……」


「たぶんC65だよ」

「ほ、ほーん……」


「(色々選べて)ラッキーじゃん?」

「……(ラッキーとは?)」


今、俺の「ちいさなお胸」を支えてているのは、ラベンダーカラーのレーシーコードブラだ。セットアップの小さめフルバックショーツは、キツくもなくユルくもなく、つるんとした下半身にぴたりとフィットしている。


どちらもユウリが高校時代に買い、デッドストックまま残っていたものだ。


「ちいさなお胸」と「つるんとした下半身」


あいかわらず――身体は女のまま。


おちんちゃんは戻ってきていない。


“葛藤”も“覚悟”もすっ飛ばして女体化なんて……フツーに日常生活が崩壊するレベルだろう。


(おいおい、明日からどーすんだよ……。さすがにずっとってわけじゃないだろうけど……)


こういうことは、普通なら数年かけて「移行期間トランジション」を設け、グラデーションしていくんじゃないんだろうか。


(お湯かぶったら元に戻るかな? 神社で霊的ロリ娘にお願いすべきか?)


愛しさと切なさと女性用衣類をまといながら、俺は今後の身のふり方を考えていた。


何かを思いついたかのようにユウリが「あ、パパ?」と声をあげた。


「どうした、ユウリ?」と父。


「タキさぁ――身体も女の子になってんだけど?」


また吹き出しそうになる俺。


父は冷静に答える。


「ふん……そうか」


(いや、軽ゥーーー!? 反応軽すぎん!? てかまだ心は女になってねーから!)


なってない……はずだ。


(いや、え……なっちゃうの?)


母が割り込んでくる。


「たぶん今なら……一日か二日すれば戻ると思うわ。統計的には……“女装した2.5倍以上の時間を男装で過ごして、ちょっとひと眠りする(最初のノンレム睡眠)”――で身体が元が変質するの。でもタキは“初めてヴァージン”だから、もう少し時間がかかるかもしれないわね。はじめは痛みをともなうことも多いんだけど、そうじゃなくて安心したわ。あと“Fスコア”にはくれぐれも注意してね?80超えると……まぁ、知らんけど」


(いや、詳しィーーーー!? それ絶対なんか知ってる口ぶり! あと母さんの「知らんけど」って、久々に聞いた!! やっぱ本場の人はスムーズやん!?)


ユウリは椅子にもたれかかり、気だるげにつぶやく。


「……だってさー、どうするー?」

「どうするって……そりゃ男に戻ったほうが……」


「いやそーじゃなくてさー? ……明日みんなとジャコスモール行くんでしょ?」

「あ……そか……」


ここまでで三話も費やしてしまったが、“明日”はヤオとマルケスと出かける予定が入っている。

俺はようやくそのことを思い出し、焦りを覚えた。


「ママが言ってたとおりなら、今から着替えても間に合わなくね? どーすんの?」

「どーすんのって……行くのはいくけど……」


「なに着て行くの? Tシャツ? ポロシャツ? ノーブラで?」

「そ、それは……なんかうまいこと誤魔化す感じで……」


「もしかしなくても、アホ?」

「そ、それは……」


母が言う「男に戻るには、女装時間の2.5倍かかる」という話が本当なら、今から着替えてもまったく間に合わない。

たとえ間違いだったとしても、朝起きて女のままなら――そのまま出かけるしかない。


つまり――積んでいる。


「じゃ、どうすんだよ……」

「ふふふ、それは――」


ウリが口を開きかけたところで、父が片手をすっと掲げた。


「あ、父さんと母さんからも報告が――」


なぜかその動きだけで、再びリビングの空気がぴんと張った。


「はいパパママ、どうぞ」


ユウリがそう言うと、父と母は深刻な表情をみせた。


「父さんと母さんな……」

「うん……」


「実は未来人なんだ」

「……」


母が小さく謝る。


「ずっと黙っててごめんなさい……」


どこから取り出したのか、母の手には「いびつな立方体」が握られていた。


「とりあえず、宇宙で説明するわ」




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