君の隣で、未来も揺れている ―恋の四季をめぐって―
紅夜チャンプル
第一章 春――芽生えと不安
第1話 あの人との再会
先生なのに、お母さんの恋人なのに――
私の心は揺れている。
誰にも見せられない秘密の感情が、静かに膨らんでいく。
※※※
4月――今日から新生活。
私、
外には桜が咲いていて、春のあたたかな空気に包まれている。
『え、荷解き手伝いに行かなくていいの?』
『うん、友達が来てくれるから。同じ高校で大学も近くて……たまたまマンションが一緒だったの。その子は先に入居してて』
『それならいいんだけど……何かあったら言ってね、奈々美』
お母さんにはそう言ったけど、この友達って実は……。
ピーンポーン
来てくれた。
私はインターホンで応答してから玄関に向かう。
「奈々ちゃん、おはよう!」
「はるくん……ありがとう来てくれて」
「嬉しいな、奈々ちゃんが隣の部屋だなんて」
彼は
爽やかでカッコ良くてモテるけど、私のことを誰よりも大切にしてくれる優しい彼氏。私にはもったいないぐらいの素敵な人。
はるくんは頭も良くて、名門の国公立大学に合格した。そして私の行く大学と最寄り駅が同じ。マンションは一緒がいいって彼が言い出して、同じところを選んだけれど……まさか隣の部屋になるとは思わなかった。
まるで運命みたい……なんて思ってた。
「奈々ちゃん、パソコンはここだよね?」
「うん、ありがとう」
はるくんがテキパキと手伝ってくれたおかげで、思ったよりも早く片付けが終わった。私はお母さんと2人暮らしだったので男手の有り難さを感じる。
「ありがとう、はるくん」
私はローテーブルにお茶を置く。彼と横並びに座るとなんだかドキドキしてきた。
今日から隣の部屋に、はるくんがいる――
いつでも会えるし、今日みたいに部屋を行き来することだってできる。
急に近くなった距離。
彼の腕がそっと私のほうへ触れそうになるたび、胸がくすぐったくなる。
何気ない時間でも、はるくんがいるだけで特別に感じてしまって……気づいたら彼に肩を引き寄せられていた。胸の鼓動が速くなっていく。
「奈々ちゃん、何かあったら言って。僕が守るから」
「はるくん……恥ずかしい」
彼は照れるような言葉をさらりと言うので、私はすぐに顔が赤くなっちゃう。
「大学生活、緊張しちゃう」
「そうだな。じゃあ奈々ちゃん……手を出して」
「うん」
はるくんは私の手を自分の両手で包んで言う。
「大丈夫だよ」
そういえば……前もこうやってホッとさせてくれたことがあったっけ。すぐ不安になっちゃう私はお母さんや先生に「大丈夫」という言葉をかけてもらっていた。
だけど、はるくんの「大丈夫」は特別。心がポッと温まって彼のことがもっと好きになってしまう。
「ありがとう、はるくん」
「奈々ちゃんのためなら何でもするから」
「もう……優しすぎるよ」
「ハハハ……」
こんな風にはるくんのことをずっと好きでいられると思ってた。
あの先生に会うまでは――
※※※
「おはよう、奈々ちゃん」
「おはよう、はるくん」
無事に入学式も終わり、今日から大学生活が始まる。
時間が合う日は、途中まではるくんと一緒に行くことになった。
徐々に葉桜になりかけていて、ぽかぽかとした春の陽気が新しい場所での始まりを予感させる。大きな公園のある交差点を真っ直ぐ行くとはるくんの大学、右に曲がると私の大学。
「じゃあね、奈々ちゃん」
「うん、はるくん。またね」
大学の前にも桜の木がたくさんあって花びらが舞っている。桜の花はいつ見ても、私の心を穏やかにしてくれる。たぶん、はるくんとの思い出もたくさんあるから……なんてね。
「奈々美ちゃーん! おはよう!」
「おはよう!」
入学式の時に出会った女子たちと一緒に私は講義に向かった。
※※※
それから3週間経ち、GWが近づいてくる。
私は美術サークルに入った。絵画を描いて学祭や展示会に参加したり、美術館にも行ったりする。
はるくんは卓球が得意で、高校の時は全国大会に出場するぐらいの実力。大学でも卓球サークルに入っていた。
「奈々ちゃん、GWは実家に帰るの?」
「うん。お母さんから話があるって言われて」
「そうなんだ、じゃあ僕も帰るよ。父さんと母さんが待ってるし」
こうして、私ははるくんと一緒に地元に帰った。5月はすでに暑くて、実家の近くは緑が青々と茂っている。
マンションに到着してインターホンを鳴らすと、お母さんが出てきてくれた。
「おかえり、奈々美!」
「ただいま」
リビングに入るとお母さんがお茶を淹れてくれた。
「安心したわ、大学楽しそうで」
「うん。講義はちょっと眠いけど、友達もできたしサークルも楽しいよ」
そうだ、お母さん話があるって言ってたんだった。何だろう。
「お母さん、前言ってた話って何?」
「あ……そうだったわね。実は……」
「……」
お母さんが緊張した表情になる。そんなに重大な話なんだろうか。
やがて息をついてお母さんが話し出した。
「奈々美……私ね、付き合っている人がいるの」
「え……」
驚いた。
いや、もしかしたらとは思っていた。
お母さんはもともと綺麗な方だけど、私が高校生になったぐらいからさらに綺麗になったような気がしていたから。
うちは母子家庭で、お母さんは女手ひとつで私をここまで育ててくれた。父親の記憶もないし、寂しさを感じたこともなかった。だから――お母さんに無理して結婚してほしくなかった。
でも今は違う。お母さんにパートナーがいるなら、一緒になってくれてもいいと思っている。
「それで……再婚するかどうかはまだ決まってないんだけど、一度奈々美にも会ってもらおうかと思って」
「……私、前は“お父さんなんていなくてもいい”って思ってたけど、今は違うんだ。お母さんが誰かを好きになるなら、それを応援したいって思う」
「本当? ありがとう。じゃあ早速なんだけど明日でもいい?」
「うん、大丈夫」
翌日、私たちはお昼に駅前のレストランに行く。お母さんと付き合っている人ってどんな人だろう。怖くない人だといいんだけど。
お店の中で待っていると入り口から誰かが入って来た。
あれ……あの大きい身体に怖い顔は、まさか――
「
「
弦くん……!?
「あ、奈々美。
松永……先生……!?
松永先生は中3の時の副担任。
背が大きくて髪が肩近くまであって眼鏡の似合うおじさんで、顔がちょっと怖い。
だけど私が困っている時にたくさん助けてくれた優しい先生。
そして――
中3の修学旅行の肝試しで私とペアになって手を繋いでくれた先生。
その時の忘れられない思い出に、私は胸が高鳴る。
どうしよう……憧れが蘇ってしまった。
あれから3年経って少し先生は落ち着いた雰囲気になったけど、変わらない風格にどんどん惹かれてゆく。
先生なのに、お母さんの恋人なのに――
私の心は揺れている。
止められない鼓動と一緒に。
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