第3章 反逆者の影
第31話 聖王院の黒幕
王都ルメルナ。
白亜の塔が林立し、光のヴェールに包まれた都は、一見すれば神の楽園そのものだった。
だが、その奥底に息づくのは静かな腐臭――聖王院の影だった。
大聖堂の奥、無数の聖印に覆われた円卓の間。
十二の座が並び、その最奥に一人の老人が座していた。
「……創造核が、再び反応を示したと?」
低く、乾いた声。
報告する聖騎士の喉が緊張に震える。
「は、はい。封印峡谷で無能リオンが創造核と接触。さらに神殻兵βを撃破しました。現在、消息不明です。」
老人――聖王院筆頭枢機卿ヴァルドは、瞼を細めた。
「無能、か。……あの子が“核”に選ばれるとはな。」
隣の席に座る女司祭、マリアが微笑を浮かべる。
「神の意志ではなく、理が揺らいだのかもしれませんね。いずれにせよ、放置はできません。」
「当然だ。」
ヴァルドは杖を軽く叩く。
「再創造計画の準備は最終段階だ。今、余計な芽を育てるわけにはいかぬ。」
マリアが小首を傾げた。
「……ですが、彼は創造主の後継者。排除すれば、再構築に狂いが生じます。」
「ふむ……。」
ヴァルドはゆっくりと立ち上がり、天井を見上げる。
そこには巨大な魔法陣――拒絶構文の原型が刻まれていた。
「ならば利用するまでだ。創造の理を奪い、神の器とする。」
マリアの唇が笑みに歪む。
「やはり、そうなさいますか。」
ヴァルドは目を閉じ、静かに呟いた。
「創造は人に過ぎた力だ。それを使える者は、神か……あるいは、神を殺せる者だけだ。」
一方その頃、リオンたちは王都近郊の山道を進んでいた。
険しい岩場を越え、見下ろせば白い塔の群れが遠くに見える。
アーテルが口笛を吹いた。
「ようやく王都が見えてきたわね。あそこが聖王院の巣?」
リオンは頷いた。
「そうだ。けど、正面突破は無理だ。」
ミナが眉を寄せる。
「でも、潜入なんてできるの?」
「できるさ。」
リオンはマントの内から、黒い封書を取り出した。
「これは……聖王院直属の召集状?」
リュシアが驚く。
「ダグラスの部隊から回収した。創造理研究局に召集された技術者の通行証があったんだ。」
アーテルが口元を歪めた。
「つまり、潜入作戦ね。」
「そういうことだ。」
風が強く吹き、リオンのマントがはためく。
彼の瞳には、決意とわずかな怯えが混じっていた。
――もう逃げるわけにはいかない。
自分の力が何を意味するのか、確かめなければ。
夜。
一行は王都の外れにある貧民区へと足を踏み入れた。
石畳はひび割れ、街灯の光は届かない。
遠くから聞こえる教会の鐘の音が、逆に不気味さを際立たせていた。
ミナが周囲を見回す。
「ねぇ、ここ……人の気配がしない。」
「清浄化政策の影響よ。」
リュシアが苦く言う。
「聖王院は、理に適さぬ者を都から排除しているの。」
アーテルが鼻で笑った。
「つまり、奴らの理想郷ってわけね。腐ってる。」
リオンは立ち止まり、遠くの白塔を見上げた。
「だからこそ、終わらせるんだ。拒絶の理じゃなく、創造の理で。」
翌朝。
一行は姿を変え、研究局の技術員として王都に潜入した。
白い外壁と黄金の尖塔が並ぶ聖王院区域。
その美しさの裏に、異様な緊張感が漂っていた。
兵士たちが厳重に警備する中、リオンたちは研究棟へ向かう。
入門口で、白衣の男が声をかけてきた。
「おい、君たちが新任の補助員か?」
「は、はい。」
リオンが軽く頭を下げる。
男は名簿を確認し、頷いた。
「ちょうどよかった。主任が君たちを待っている。」
案内された部屋は、広大な実験区画。
無数の魔導管と結晶体が並び、中央の水槽には――
人型の影が、静かに眠っていた。
リュシアが息を呑む。
「……人、なの?」
白衣の男が笑った。
「拒絶体・第零号。創造主の模倣体だ。」
リオンの胸がざわめく。
「模倣……?」
「神を再現するための器だ。拒絶の理を安定させ、創造核を取り込むための。」
その言葉に、リオンの中で何かが弾けた。
――神を、再現? 創造核を、奪うために?
白衣の男が笑う。
「お前たちの仕事は、この拒絶体の監視だ。だが、手を出すな。……特に、リオン・カイル。」
その名を呼ばれた瞬間、リオンの体が硬直した。
――なぜ、俺の名を?
男が振り返る。
その目は、暗闇のように深く、冷たかった。
「聖王院筆頭枢機卿ヴァルド様がお待ちだ。」
リオンの背に冷たい汗が流れた。
研究室の扉が静かに閉じる。
その音は、まるで“理の牢獄”が開いたかのようだった。
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