第29話 神の残響の声

 峡谷の奥、封印の扉は静かに開いていた。

 その隙間からは、青白い光がゆっくりと漏れ出し、周囲の岩壁を照らしている。


 リオンは剣を握り直し、慎重に歩を進めた。

 足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

 温度も、匂いも、音も消え、ただ光だけが満ちている。


 「……ここは、神の領域だ。」

 リュシアの声が震えていた。

 「創造核が眠る場所――始まりの聖室。」


 天井のない空間。

 中央には巨大な水晶柱が立ち、その内部で青い炎が揺らめいていた。

 それは生きているように脈動し、リオンたちを見つめているようでもあった。


 「これが、創造核……」

 イリスが息を呑む。

 「でも……すごく、悲しい感じがします。」


 リオンは静かに前に出た。

 その瞬間――


 声が、響いた。


 『――リオン。』


 誰のものでもない。

 頭の中に直接、流れ込むような音。

 柔らかく、それでいて底知れない力を感じさせる。


 「……誰だ。」


 『我は、創造の断片。かつて神が世界を形づくる際に分かたれた理。そして今、汝の中で再び目覚めようとしている。』


 「……俺の中に?」


 『そう。汝は既に創拒構文を宿している。その二律を統べる器――創造主の系譜。』


 リオンは息を呑んだ。

 「創造主……? 俺が?」


 『この世界は、創造と拒絶が交互に巡ることで保たれている。だが今、均衡は崩れた。拒絶が創造を飲み込み、終焉が近い。だからこそ、我は汝を選んだ。』


 選ばれた――その言葉に、心がざわめいた。

 リオンは拳を握る。

 「俺は……誰かに選ばれるために戦ってるわけじゃない。奪われたものを、取り戻すために戦ってるんだ。」


 『ならばこそ、汝に問う。創造とは、何を意味する?』


 リオンは言葉を詰まらせた。

 頭に浮かぶのは、これまでの旅。

 村を追放された夜、仲間たちと出会った日、神殻兵との戦い。

 失ったものも、守れたものもあった。


 「創造ってのは……つなぐことだと思う。奪うんじゃなく、結び直すこと。絶望の中でも、希望をつくる力。」


 沈黙。

 次の瞬間、水晶柱の光が一層強く輝いた。

 『――答え、受理。』


 眩い閃光が広がり、リオンの胸に飛び込む。

 彼の体が浮かび上がり、全身に光の紋が走った。


 イリスが叫ぶ。

 「リオン!? 何が――!」


 リュシアが目を見開く。

 「……融合が始まった!」


 光の中で、リオンの意識は再び白い空間へと引き込まれる。

 そこに立っていたのは、かつて見た影ではなかった。

 今度は、ひとりの青年の姿。

 白い衣を纏い、リオンと同じ顔をしている。


 「……お前は、俺か?」

 「否。お前が俺になるのだ。」


 その声は穏やかで、どこか懐かしかった。

 「俺は原初の創造主。お前の力の源。」


 「創造主……神、なのか。」

 「かつてはそう呼ばれた。だが、今はただの記憶に過ぎない。」


 青年――創造主は、微笑みながら続ける。

 「世界は、創っては壊れ、また創られる。それが創拒律の循環。我々は創りすぎた。ゆえに世界は拒絶を選んだ。」


 リオンは拳を握る。

 「でも、今の世界は……聖王院がその拒絶を利用してる。それで人を殺してる。お前の創造を、歪めてる!」


 創造主はゆっくりとうなずいた。

 「だからこそ、お前がいる。お前は創造と拒絶の双方を理解できる唯一の存在だ。我々が踏み越えられなかった境界を、超えられる。」


 リオンは息を飲む。

 「境界を、超える……?」

 「創造と拒絶は、本来一つ。命が生まれることも、消えることも、同じ循環の一部だ。だが人は、それを分けた。奪うか、与えるかでしか見られなくなった。」


 沈黙の後、創造主はリオンの肩に手を置いた。

 「お前が新しい創造暦を刻むのだ。我々の過ちを超え、人の手で理を織り直せ。」


 リオンは目を閉じ、ゆっくりと頷いた。

 「……やってみせる。」


 創造主は微笑む。

 「ならば、これを受け取れ。」


 光が弾け、剣の形をした紋章がリオンの掌に刻まれる。

 その瞬間、意識が現実へと引き戻された。


 光が収まったとき、リオンは膝をついていた。

 剣が静かに輝き、彼の掌に青い紋章が浮かんでいる。


 リュシアが駆け寄る。

 「リオン! 無事なの!?」

 「……ああ。ちょっと、見てたんだ。創造主ってやつの、記憶を。」


 アーテルが眉をひそめる。

 「創造主の……?」

 「うん。俺たちが今戦ってるこの世界の仕組みを作った存在だ。でも、あいつはもういない。残ってるのは、力の断片だけだ。」


 イリスが静かに呟く。

 「じゃあ、リオンは……その力を継いだの?」

 「たぶんな。でも、これは神の力じゃない。創る責任を背負う力だ。」


 彼は立ち上がり、剣を見つめた。

 その刃には、青と黒の光が穏やかに混ざり合っている。


 リュシアが口を開く。

 「リオン、創造核は――」

 「俺の中にある。もう外にはない。」

 「……そう。」

 リュシアの声は震えていた。

 「なら、あなたは――聖王院が最も恐れる存在になるわ。」


 リオンは少し笑った。

「なら、ちょうどいい。あいつらに、創造が何か教えてやる。」


 その瞳は、もう少年のものではなかった。

 彼の背後で、青い光がゆっくりと揺れる。

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