第27話 神殻兵襲来

 夜の森を、冷たい風が裂いた。

 リュシアの言葉を合図に、空気が一変する。


 リオンたちは焚き火を蹴り消し、瞬時に戦闘体勢へ移った。

 霧の奥から、かすかに金属の軋む音。

 それはやがて、低い振動となって大地を揺らした。


「……あれが、神殻兵。」

 リュシアの声は硬い。

「聖王院が拒絶の核を媒体に造り出した兵器。生物でも機械でもない。神の模造体よ。」


 霧の中から姿を現したのは、漆黒の鎧をまとった兵士たちだった。

 人の形をしていながら、目には光がなく、胸には青い魔核が脈打っている。

 その数、およそ二十。


「数が多いな……」

リオンが低く呟く。

「ただの兵じゃないわ。」

アーテルの声が鋭い。

「神意同調型。聖王院が遠隔で操ってる。」


 イリスが魔法陣を展開し、ミナが短弓を構える。

 空気が張り詰めた瞬間、前列の神殻兵が一斉に剣を抜いた。

 音もなく、滑るように突進してくる。


 「来るぞ――!」


 リオンの剣が、夜気を裂いた。

 金属と金属がぶつかる音が、森に響き渡る。


 リオンの剣撃は正確だった。

 だが神殻兵の装甲は異様に硬く、斬撃を弾く。

 「くっ……こいつら、重い!」


 イリスの詠唱が響く。

 「《光閃・連射》!」

 閃光の矢が放たれ、数体の兵の関節を撃ち抜いた。

 だがすぐに霧の中から新たな影が現れる。


 リュシアが後方で叫ぶ。

 「彼らは再構築される! 破壊しても、拒絶核が自己修復を――!」


 「面倒だな。」

 リオンが低く呟く。

 「なら、根っこを断つしかない。」


 彼は剣を構え直すと、目を閉じた。

 (感じろ……構文の脈動を。)

 胸の奥で、例の光が共鳴する。


 《創造構文:解読開始――》


 彼の頭の中に、無数の文字列が流れ込む。――世界の法則を記す、古代の言語。

 リオンはその一節を掴み取ると、息を吐いた。


 「《Rewrite(再記述)》」


 周囲の空気が一瞬、歪む。

 リオンの剣が光を帯び、青い粒子が走った。

 「構文、固定――《属性変換:拒絶→創造》!」


 剣を振り下ろす。

 斬撃が神殻兵を貫いた瞬間、黒い装甲が音もなく崩れ、光の粒となって消えていった。


 「なっ……今のは!?」

 イリスが驚きの声を上げる。

 「拒絶の法則を書き換えたの。」

 アーテルが呟く。

 「拒絶を創造に変換した――つまり、存在の根本を反転させたのよ。」


 リオンは息を荒げながらも、剣を握り直した。

 「やってみたけど……相当、負荷が来るな。」

 「当然よ。構文操作は神の領域。人間の体じゃ長くもたない。」


 だが、神殻兵たちはまだ止まらない。

 数体が両腕を広げ、青白い光を放った。

 「魔力反応上昇――! 自爆する気よ!」

 リュシアの叫び。


 リオンが瞬時に判断する。

 「イリス、結界を!」

 「了解! 《聖域展開・プロテクトフィールド》!」


 光の壁が張られる。

 次の瞬間、爆音とともに衝撃波が走った。

 大地が裂け、炎が吹き上がる。


 結界がきしみながらも、なんとか爆発を防ぎきる。

 だが、イリスの膝が崩れた。

 「はぁっ……っ、魔力が……」

 「大丈夫か!?」

 リオンが彼女を支える。


 「なんとか……でも、もう一発来たら無理。」

 「もう来ないわ。」

 アーテルが前を見据える。


 霧の奥――

 最後の一体が立っていた。

 他と違い、白銀の装甲をまとい、背中から翼のような構造体を広げている。


 「上位個体ね。神殻兵β型……」

 リュシアが苦い声で言う。

 その瞬間、兵が動いた。

 翼を広げ、一瞬で距離を詰める。


 リオンは反射的に剣を構えたが、重い衝撃が走る。

 金属音。火花。

 地面に叩きつけられ、息が詰まる。


 「ぐっ……!」


 「リオン!」

 アーテルが即座に魔法陣を展開。

 「《アーク・バースト》!」


 黄金の光が放たれる。

 だが、神殻兵βは片腕で防ぎ、逆に衝撃波を放つ。

 イリスとミナが吹き飛ばされた。


 「ちっ……化け物か!」

 リオンが立ち上がる。


 βの胸の中央、青い核が露出していた。

 そこに、拒絶の光が脈打っている。


 「リュシア!」

 「わかってる! あの核を破壊すれば!」


 リオンは剣を握り、再び構文を発動した。

 《構文展開:形状書換(フォルム・リライト)》

 剣の形が変わる。光の粒子が集まり、刃が槍のように伸びた。


 「これで――届く!」

 リオンが地面を蹴った。

 βが迎撃体勢をとるが、その瞬間――


 「《光鎖・拘束陣!》」

 イリスの声が響く。

 残りの魔力をすべて注ぎ込み、βの動きを一瞬止めた。


 リオンはその隙を逃さない。

 「終わりだ――!」

 槍を突き出す。

 刃が核を貫き、光が爆ぜた。


 轟音とともに、βが崩れ落ちる。

 眩い閃光が森を照らし、やがて静寂が戻った。


 しばらく誰も動けなかった。

 風が吹き、焼け焦げた草の匂いが漂う。


 リュシアがゆっくりと立ち上がる。

 「……終わった。」

 リオンは剣を杖にして息を整える。

 「これが、聖王院の兵か。……まるで人の理を捨てた怪物だ。」


 アーテルが近づき、倒れた神殻兵βの核を覗き込む。

 「これは……拒絶核じゃない。」

 「え?」

 「創造核の断片よ。」


 沈黙。

 リオンの瞳が見開かれた。

 「つまり、聖王院は創造核を――兵器に使っているのか?」


 アーテルが小さく頷く。

 「創造の力を封じて制御し、拒絶に変換している。神の力を、戦争の道具にしているのよ。」


 リオンは拳を握りしめた。

 「……ふざけるな。創造は生かすための力だろうが。」


 リュシアが静かに言う。

 「だからこそ、止めないといけないの。聖王院は神の再臨を計画してる。そのために、全ての創造核を回収しているの。」


 「再臨……?」

 リオンが眉をひそめる。

 「神をこの世界に再び呼び戻す儀式。拒絶の地をすべて消し去り、新しい創造で塗り替える――」

 「つまり、世界を一度殺すってことか。」

 アーテルの声は冷たい。


 リオンは剣を腰に戻し、空を見上げた。

 雲間から差す月光が、彼の瞳に反射する。

 「……なら、止めるしかない。神の再臨なんて、二度とさせない。」


 アーテルが静かに笑う。

 「ようやく同じ方向を見たわね、リオン。」


 ミナが頷く。

「じゃあ次は、聖王院の本拠地だね。」


 リュシアが顔を上げる。

 「ルメルナまで三日。でも、途中に封印峡谷を通る必要がある。そこは、拒絶と創造がぶつかる場所――」


 「つまり、神の残響が眠る地か。」

 リオンの目が光を宿す。

 「ちょうどいい。神の理を壊す練習台にはもってこいだ。」

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