第15話 解放の町リュミナ

 北へ三日の道のりを越えた先、霧の峡谷を抜けたところに――それはあった。


 「……これが、解放の町か。」


 リオンは崖の上から眼下の光景を見下ろす。

 夜でも賑わいを失わない町。灯りが並び、音楽と喧噪が絶えない。

 木造の建物と石畳の道が入り混じり、路地裏には露店が溢れていた。


 イリスが目を丸くする。

 「わぁ……すごい。まるでお祭りみたい。」

 「ここには王国の法が及ばない。

  追放者、傭兵、逃亡者、放浪者……あらゆる外れ者が集まる場所だ。」

 リオンは静かに言った。

 「王国が見捨てた者たちの、最後の楽園――リュミナ。」


 二人が町に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

 どこか刺々しく、しかし妙な活気に満ちている。

 獣人の商人が値切り交渉を叫び、ドワーフの鍛冶屋が金槌を振るう。

 角の生えた少女が酒場の前で歌い、人々が笑いながら硬貨を投げた。


 「……にぎやかね。」

 「危険と自由は、いつも隣り合わせだ。」

 リオンはそう言って、町の中央へと歩いた。


 通りを抜けると、巨大な掲示板が立っている。

 そこには無数の紙が貼られ、依頼や賞金首の情報が雑多に並んでいた。


 「《傭兵組合リュミナ支部》、か。」

 イリスが紙を一枚手に取る。

 「魔獣討伐、盗賊退治……報酬がすごいわね。」

 「命の値段も、それに見合ってるさ。」

 リオンはそう言って、掲示板の端に目をやった。


 そこに貼られていた一枚の紙が、彼の視線を止めた。


 『指名手配:リオン・グレイ 王国反逆罪 懸賞金五十万ルク』


 イリスの顔色が変わる。

 「なっ……リオン!」

 「……やっぱりな。」

 彼は苦く笑う。

 「王都を出た時点で、こうなることは分かってた。」


 「でも、これじゃあ町の中でも危険よ!」

 「平気だ。この町では、罪人の方が英雄なんだ。」


 その時、背後から陽気な声がした。


 「おやおや、派手な噂の主がもうお出ましか!」


 振り返ると、黒髪を後ろで束ねた青年が立っていた。

 軽装の革鎧に、腰には二本の短剣。

 年はリオンと同じくらいだろう。


 「誰だ?」

 「名前を聞く前に、まずは挨拶を。

  俺はダリウス。ここの傭兵組合でなんでも屋をやってる。」

 青年は軽く手を上げた。

 「あんたの噂は聞いてる。王国を追われた“無能”が、

  どこかで“神の力”を得たってな。」


 リオンは目を細めた。

 「噂、ね。信じるのか?」

 「信じるさ。面白そうだからな。」


 イリスが小声で言う。

 「……軽い人ね。」

 「気にするな。こういうタイプは悪意より好奇心が先に動く。」


 ダリウスは笑った。

 「気に入った。

  ちょうど依頼が一件あるんだ。手伝ってくれたら、

  宿と食料を世話してやる。」


 「依頼?」

 「そう。最近、北の鉱山で黒い霧が発生しててな。

  鉱夫が行方不明になってる。報酬は三十万ルク。」


 イリスが眉をひそめる。

 「黒い霧……嫌な感じね。」

 「ただの魔獣じゃない。多分、呪いの類だ。」


 リオンは少し考えた後、頷いた。

 「分かった。引き受ける。」

 「助かる! じゃあ、明日の夜明けに北門集合だ。」


 ダリウスは軽く手を振り、雑踏の中へ消えていった。


 夜。

 宿の部屋で、リオンは剣を磨いていた。

 窓の外では、リュミナの喧噪がまだ続いている。


 イリスがベッドに腰掛け、真剣な顔で彼を見つめた。

 「リオン、本当に大丈夫? あの黒い霧……」

 「気になるんだ。あの現象、どこかで見た気がする。」

 「どこで?」

 「追放される前。王都の地下研究所――封印実験の記録だ。」


 イリスの顔色が変わった。

 「まさか……!」

 「そう。神造遺物――神々が残した破壊の核。

  もしあれが流出してるなら、王国が動いてない方がおかしい。」


 沈黙が落ちる。

 リオンは剣を置き、拳を握った。

 「誰かが、意図的に動かしてる。

  ……俺たちが知らない場所で、何かが始まってる。」


 イリスが静かに頷いた。

 「だったら、止めるしかないわね。」

 「そのために、力を使う。」

 リオンはゆっくり立ち上がる。

 「俺の創造が、この世界を壊すためじゃないと証明する。」


 その頃、町の外れ――崩れた礼拝堂の中。

 ダリウスは黒い外套の影と話していた。


 「……奴ら、乗ったな。」

 「はい。予定通りです。」


 低い声が響く。

 フードの下の顔は見えない。

 だが、その胸元には聖王院の印章が光っていた。


 「創造の子が動き出した。これで計画が進む。」

 「了解。目標は、北の鉱山……封印核・ルベド。」


 ダリウスは微笑んだ。

 「いいねぇ、世界の終わりってやつを、この目で見られそうだ。」


 夜風が吹き抜け、町の灯が揺れる。

 リオンは窓辺に立ち、遠くの星を見つめた。


 創造は、想いの形。

 夢で聞いたアウルの言葉が、胸の奥に残っている。


 「壊すためじゃない……創るために、俺は戦う。」


 その瞳には、確かな光が宿っていた。

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