第45話 夜明け ― 光の余韻

夜が明けた。

森に満ちていた雷の匂いは、朝の風に溶けて消えていく。

だが、あの戦いの残滓だけは――確かにそこに残っていた。


焦げた地面。砕けた大木。

そして、空に残る一筋の白い軌跡。


星牙は静かに歩いていた。

戦いの痕を背に、森を抜けていく。

制服の袖は破れ、手のひらには焦げ跡が残っていた。


「……結構やったな」

口にした声は、思ったよりも落ち着いていた。


風が髪を揺らし、どこか遠くで鳥の声が聞こえる。

嵐が過ぎ去った後の、世界の静けさ。

それが、かえって現実味を奪っていく。


(力を使いすぎた。

 いや、まだ“少し”だ。あれは、ほんの一端にすぎない)


星牙は手を見つめた。

指先にはまだ、微かに光が残っている。

星の魔力。

抑えていたはずのそれが、あの瞬間だけ勝手に溢れた。


(……やっぱり、俺は普通じゃいられない)


胸の奥に、苦い感情が滲む。



学院の医務室。

由璃は静かにベッドに横たわっていた。

包帯の下から、微かな光が漏れている。

まだ回復魔法が完全に追いついていない証拠だ。


扉が開き、星牙が入ってきた。


「お加減は」

「……あなた、ね」


由璃はゆっくりと体を起こす。

視線が、星牙の瞳に重なる。

そこに映るのは、夜の戦場で見た“光”。


「昨日の……あの嵐を止めたのは、あなたね?」


星牙は何も答えなかった。

否定も、肯定もしない。


「……どうして隠してるの?」

由璃の声は穏やかだった。責める響きはない。


「隠してるわけじゃない。

 ただ、言う理由がないだけだ」


「理由がない、ね……。

 ふふ。あなたらしい答えだわ」


由璃は小さく笑う。

けれどその瞳の奥には、確かな確信があった。


(――この少年は、神環者)


それを言葉にはしない。

それを知ってしまえば、学院の“日常”が壊れてしまう。

由璃はそれを理解していた。


「ありがとう。……守ってくれて」

その一言に、星牙は少しだけ表情を緩めた。

「礼はいらない。嵐が嫌いなだけだ」


短くそう言って、星牙は医務室を後にした。



その頃、学院本部地下。

幾人もの教師と、上層部の役員たちが集まっていた。


魔力観測のスクリーンに映る波形。

それは、見たことのない数値を記録していた。


「……これ、本当に神環者クラスの反応なのか?」

「間違いない。嵐帝テンペストの消滅と同時に、星属性の極光が観測された」

「では、“星”が再び動いたと?」


会議室の最奥、老いた男がゆっくりと頷いた。


「星宮星牙――あの少年だ。

 神環者・星。

 ……記録上では十数年ぶりに、その力が地上で観測された」


部屋が静まり返る。


「報告は――神環評議会のみに限定しろ」

「承知しました」


老いた男は窓の外を見た。

空は明るく、雲一つない青。

まるで昨夜の嵐など、最初から存在しなかったかのように。


「星が輝けば、嵐は止む。

 だが、同時に新しい風が吹く――」


彼の独り言は、誰の耳にも届かなかった。


朝日が昇る。

学院の時計塔が鳴り響き、いつもの一日が始まる。

生徒たちは昨日の嵐を知らずに笑い合っていた。


星牙は屋上で空を見上げ、

目を細めた。


「……静かだな」


風が吹く。

どこかで誰かが笑う声がした。


その日常が、どれだけ脆いものかを知っているのは――

この世界で、ほんのわずかな者たちだけだった。

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