一話

沈む星

第一の事件

カクヨム






前のエピソード――エピローグ


第一の事件


もう夏といってもいいような蒸し暑さだ。


 今日はまだ、三月なので、今日を夏とは認めていない。認めていないのだが、暑すぎることも認めるしかない。


 夏を迎えるのは50回とあと何回だろうか。


 夏を迎えると最近は、冷たい水が頭皮をかすめるような気持ちの良いようなそれでいて不快な温湿にも感じる。


 右を見ても左を見ても蜃気楼が漂っている。漂う蜃気楼は自分の心の揺れを表しているような気がする。


 閑散としている市街地の中で、自分の心は右へ左へとゆらゆら蠢いている。


 こんなことになったのは、去年のあの事件のせいだ。




 今日査察に入るのはG&K病院だ。この病院は東京都千代田区にある病院でビルの中にあり診察棟、入院棟、寮、この3つは全て21階建ての高層ビルで、日本でも有数の大病院、また珍しい病院だと言える。


 この病院では先月、外科部長と院長の対立から外科部長側の医師が内部告発をして、粉飾と脱税の疑いが出てきた。


 粉飾と脱税というのは、よく企業がやる利益の追求の延長線上にあるものだととらえ始めている。


どんなに成功している企業でも、利益を追求しすぎた末にこのような不祥事を起こすことはあるし、もちろん、会社の状況が苦しい時にこのような道に進んでしまうこともある。


 どちらもいけないことなのだが、事情を聴くと同情してしまうような内容もあれば、事情を聞けば聞くほど憤懣がたまっていくこともある。


 その内部告発を受けて、大島亮二脳外科部長と内部告発をした新部慎介医師に話を聞いたすえ、証拠を集めるために抜き打ちで査察に入った。


 現在,9時ちょうどだ。今から査察が始まる。


 入り口で警察手帳を見せ、PCや書類に触れないようにいう。これはテレビで見るようなものと同じ手段だ。


 病院の受付の奥のところには、カレンダーが貼ってあった。そこには2023年3月のところになっていたのだが、予定のところにはほとんど何も書かれていない。


 1日たっていくごとに×をつけて、日を重ねていったカレンダーではないことがわかる。


 なぜなら不可解な数字が並んでいるからだ。


 その不可解な数字も俺でなければ見ることができないような小ささだ。俺には何の特色もない。普通にまるいだけのおじさんになっていることに気がついた時には、もう、人生100年時代と言われるうちの半分を回っていた。


 ただ、俺は目がいいというのと、勘がいいということ、何事でも我慢できるというような誰でも伸ばせば手に入れることができるようなものしかない。


 視力は周りの人が老眼などと言って眼鏡をつけているところを見ることが増えたのにもかかわらず、資料の小さな文字も余裕で見ることができている。


 いやな位見えてしまうので、部下が作っている資料の間違っているところをまだ、資料が完成して俺のところに提出される前に指摘してしまったこともある。


 我慢強いというのは、どんな重労働にも耐えることで手に入れ、勘の良さも上司の顔色を見るというどうしようもないような内容から体得したものだった。


 看護師や医師には何が起きているのかわからないというような困惑の顔が見られた。


しかし、威厳赫々たる60代を過ぎた二人は事情を知ったうえで熟見しているように見えた。


 2人は何か知っているのだろうと思いつつ、歩いていると、何か異端なものが左側を通るような気がした。通り抜けようとしているのは中学生くらいの少年なのだが、雰囲気が不気味だった。


 七三分けになっている髪、中学生とは思えないような装飾品の絢爛さ、そして中学生から放たれるようなものではないような強さの威圧は、霊気ともいえるような不思議さをはらんでいた。どれも自然のような大きすぎるものを相手にした時に感じるようにして懼れていることを自覚した。


 発生しようとしたのに、声帯に何か膠着するようなものがくっついていることを自認していた。


 その少年が通り過ぎた後、PCとファイルを全て持ち帰る。最近は昔の国税局のドラマのように裏帳簿がどこかに隠してあるというよりも、PCの中に隠してある場合の方が多いのでPCは必ず押収しなければいけない。


「PCだけじゃなくて、PCのデータが保存されているかもしれないUSBも全部持ち帰るんだぞ」と念を押す。それに対して、いかにも若者というような見た目をした30歳くらいの、耳にピアスを開けた男、真鍋という部下が怠そうな返事をした他には、みんなわかっていると言わんばかりに、手を挙げた。


 手は各々の汗を受けて、軽く光っているように見えた。


 こんなふうになっているのは他でもない。誰にも知らせずに、今日の朝デスクについたものから順に、急に査察に入ることを告げたからだ。


 俺は課長になってから初めてそんなことをしたのは、今回の件が少し変わっているからだ。どう変わっているのか、それは事件の規模と内部告発の不自然さだ。


 黒い髪の中に少し白い髪が混じりかけている、大島亮二脳外科部長は


「あるところに多額の金が流れていて、そこで様々な業界に対して便宜を図ってもらっている」といい、またもう1人内部告発をしてきた30代くらいと見られるような肌艶を見せる新部慎介医師は


「ある会社に全額流れていて、その会社からさらに他の会社へと金が流れている。そうして様々な業界へ便宜を図ってもらっている」と言っていた。


 この2人の内部告発を踏まえると、金を流して便宜を図ってもらっていると言うものだ。


 そして、その業界の中には法曹界、財界はもちろん警察も入っているようだ。


 つまり、今回は警察も全員が味方かどうかはわからないのでこの方法をとったのである。


 そうして10時を回った頃、1時間を超えて残り半分くらいになりそうかと言う時、


「このホワイトボードの謎の住所、なんだろう?」と汗をダラダラに流した真鍋が独り言のように呟いたので、


「気になるんなら写真だけ撮っとけ」と言っておいた。この時、もうすでにこの日の営業を終えるとだけ告げて、患者たちは全員帰っている。


 11時を少し過ぎたくらいの時に査察を終えて、荷物を運び始めた。


 そして12時前にそこを去ろうとして。自分たちの捜査に必要なものは持って帰って行ったが、それ以外のものは散らかしたままにしてある。


自分の心の中には昔読んだ本の罪と罰の内容がよみがえる。「特別な人間は何をしても許される」という内容は自分の心の中で響いた。


 特別な人間だから人を裁いてもいい。その信念のもと警察の職務に当たっていると言っても過言ではない。


「警察ってこんなに礼儀というものを知らないの?」


「自分たちのことを正当化しているだけよねー」


「ああいう奴ほど変なことやってるんだよ、不倫とか浮気とか」


「なんでそっち系のことしか出て来ないんだよ」


「世間だってやられて見ないと警察が正しいことしているって思っているんだろうし」


「片付けもできないなんてどうかしているよ」


 いつもはそんなものは気にしない。だって‘犯罪者’たちが言っているのだから。


 しかし、七三分けの少年が俺に近づいてきた時には、入ってきた時に一瞬感じたものよりも大きい、胸騒ぎを感じた。


 なぜなら、もう患者たちは全員外へ出ているはずだし、すれ違った後に彼は病院から出て行ったはずだからだ。


 少年は舌で唇を舐めた。その姿は獲物を狙う蛇のようだ。そして口を開くなり


「こんなけ部屋を散らかして行って、片付けることもできないわけ?」と鈍重低昂に言い放った。俺はその声を容易に感じて、子供にそんなことを言われたくらいでいつもは気にしないのだが、もちろんこれは気にしてしまう。強く見せようとして咄嗟に腕を前で組んだ。


「不正を犯すからダメなんだよ、少年。こうやって社会はできているんだ。」と。


少年といい、さらに諭すような言い方で言ってやった。


「なんの不正を犯したわけ?その証拠は見つかっているわけ?いつまでもそうやって決めつけて古いやり方を貫こうとするから、部下たちもついてこないんじゃないの?上司だからといって、デスクについてから査察に入るなんてこと知らされたらやる気になんてなれるわけないよね?これがおじさんのいう‘社会’ってやつなの?」と言いかえさえた。しかし少年の言っていることは全く間違っていない。それなのにこれだけ大勢の前で警視庁捜査二課の大森雄介が罵倒されているという事実に俺は耐えられなかった。


 俺は何も言わずに、先ほど査察に入った部屋に戻り、もちろんお詫びの言葉など出なかったが、無言で片付けを始めた。


 後ろで少年は揶揄しているのだろうから、後ろを振り返ることなどもちろんできない。


 周りからは少年の言うことに驚くようなざわめきと、同調するような声、そして加速した罵倒する声と少年を讃えるような声が聞こえた。嘲笑する声は歌っているように聞こえて、自分の心の中で気にしないように何度も唱えた。


 片付けが終わって帰った時には12時を過ぎていたので、自分がこんなことに30分ほど時間を費やしてしまったことを悔しく思った。


 帰ってからはPCとファイルのチェックはもちろん、PCだと特に全てのファイルや履歴をチェックしなければいけない。


 気になるようなファイルはないし、カルテなどはパスワードがないと開くことができない。


 パスワードを聞き忘れてしまったのは痛恨のミスなのだが、もうあそこには戻りたくなくなるような心的痛苦があるからだ。


 鬱蒸のなかで、残業をしている部下を後ろ目に、警視庁捜査二課のフロアから出て、警視庁の点を突き刺す正義の、暑苦しいけれど、冷酷な正義の摩天楼から足を踏み出した。


 妻の幸恵はまだ起きていて、俺の帰りを待っていてくれた。幸恵には本当に感謝している。幸恵がいなかったら、乗り越えられなかったような苦難が俺の警察人生の中では何度もあった。


 警察になったばっかの時には上司とうまくいかず、そんな時、行きつけの店で受付係として新しく入ってきた幸恵と親しくなりいつしか結婚していた。


 そんな理想的な結婚を果たしてから幸恵とは喧嘩こそするが、‘喧嘩をするほど仲がいい’という言葉どのままに、いつも仲直りしてここまで順調な結婚生活を送ってきた。


 次の日、俺は雨が降っている中で出勤し席についた。部下の中の1人、真鍋という男が


「あの後みんなで1時30分くらいまでかけた頑張って証拠を探したんですけど、証拠は見つからなかったんです。科捜研に送って今データを解析してもらっているんですけど」と必死に説明してくれた。


「1時30分まで働くだなんて、もっと自分の体とかプライベートとかも大切にしないと。とにかく、証拠を見つけられなかったのは仕方ない。今は科捜研の解析を待とう。」


 科捜研からの解析結果が届いたのは午後1時を超えてからだった。


 課長級以上のPC21台を解析したんだけど、見事に工場から出荷された後のようになっている。


 データが消されたかどうかもわからない。


 物理的にPCが入れ替わっている可能性もあるくらい痕跡が残されていない。


 というものだった。今までこんなことはなかった。


 例えばデータは消されているがデータが消された痕跡があるので、データは一部復旧できる可能性があるなどが多かったのだが全くデータがないということはあり得ない。


 こうして俺は初めて‘迷宮入り’ということを体験した。悔しさのまま定時にみんなで帰って、飲みに行った。店は幸恵の働いている店だ。


 この日はみんないつもよりも派手に飲んでいた。帰る時には意識がなくなるくらい飲んでいたものさえいた。ここまで完璧なことはあり得ないからだ。


 警察から情報が漏れていること以外考えられないのだが、今日査察に行くということを知っていたのは査察に入る人だけだったのだ。


 上司に告げたのもその日の朝だったからあそこまで完璧なことをするのは不可能である。


 


 ほかにも、謎な事件は多くあったそれが去年の秋の事件だ。


 


 秋が深まると葉の色も深まってくる。そしてそれは移ろっていく。日本人はずっと、そうやって四季折々の移ろいを敏感に感じ取ってきたのだろう。


 こんな時もずっと変わらない、仕事をこなしていく。とはいえ、“こなす”というもは簡単そうで意外とめんどくさい。


 それが警視庁捜査2課の仕事だ。


 なぜめんどくさいのか。


 それは、一つ一つの事件が多くの“ヒモ”のような事件の真実がいくつも絡まっているからだ。それが賄賂や脱税など金にかかわる事件の難しいところだ。


 解けなかった‘ヒモ’もある。それはG&K病院の事件だ。今でもその折衷な結果に腸が煮えくり返りそうになるほどの憤怒は忘れられない。


 昨今の事件は複雑度がより高く、故にその‘ヒモ’を解くのは非常に難しい。


 その上、今回の事件は世間からの注目度も高い。なぜなら立て続けに問題が起こる自動車業界で、脱税の疑いが出たからだ。


 そしてその会社は世間的にはコバヤシと呼ばれる、コバヤシモータースだ。


  コバヤシモータースは時価総額が6000億を超えるような規模の大きな会社で、この業界では日本一を守り続けている。


 コバヤシモータースの中でもブランドがたくさんあり、ハットという高級なブランドから、DREETという電気自動車など、さまざまなブランドがあり、さらに車種も多くある。


 この前はある業者が作った部品の強度が足りていなかったことを皮切りにさまざまな企業の検査結果の不正が明らかになった一連の事件でも、ハットをはじめとして多くの車種で不正が明らかになっていた。


 年商も数兆単位であるため、払う税金の量も桁違いだ。そのため、この会社では変なことに1億円の脱税は大きなものでは無いのだ。


 しかしながら、普通に考えてこれは犯罪だ。金額は僕らにとっては途轍もないとか、彼らにとっては微々たる量だとかは全く関係ない。


 脱税もそうだが、犯罪には必ず理由、動機がある。


 今回は脱税をしたお金を自分のお金としていたのか。それなら横領でもある。


 はたまた、お金を会社のお金として保管していたのか。


 今回はそのどちらもありそうだ。合計300億円ほど脱税して、100億円は会社のお金に、200億円は個人口座に振り込まれている。


 その個人口座のある銀行内ではあることが問題となっている。


 それはインサイダー取引だ。脱税したお金はインサイダー取引に使われたのではないか。


 そんな疑問と疑いがその銀行「三ツ川AGK銀行」と言う国内トップクラスの規模の銀行から出ている。


 そうして「三ツ川AGK銀行」にインサイダー取引監視委員会が調査に入って行ったのだ。


 そしてわかったのは五年間で合計2000億強を使いインサイダー取引を経て合計12兆円強にした後、分割で振り込まれているという事実だ。


 なぜこのような大掛かりで、規模の大きく、社会の中枢にかかわるような不正が暴かれてこなかったのか。


 それはこの社会というものを成り立たせている、均衡というものにかかわっている巨伯たちが、均衡を崩さないために掛け合っている力に影響している。


 これらの力は、社会の均衡を崩さないために必要な力だということもできるが、そこに影が伴うことも正論としては確かだ。しかしながら、その両者を比べたとき広くなるのは光だ。


 金融業界のトップと自動車業界のトップ。双方の経営者は財界や産業界の巨伯として日本のために働いている。日本のためだけかと言われたら、そうではないかもしない。


 そして振り込まれている先、IT企業のガリメゾンに今調査に入っているのにはそんな経緯があった。


 IT企業のガリメゾンでは生成AIなどで業績を鰻登りにしているいわゆる「IT業界の雄」だ。


 年商は30兆円を超え、日本トップクラスの会社となっている。そして利益率が高いため、純利益は24兆円である。 この数字は紛れもない日本トップの会社だ。


 社長の川島壮太は高校生の時にこの企業を立ち上げ、現在20代前半であるにもかかわらず、今現在日本で最も稼いでいる人間になっているのだろう。


 しかし、こんな会社だからこそ、変な都市伝説さえもある。潜龍の智者と呼ばれる、影の暗躍者がいるとも言われているのだが、そんなことはあり得ない。なぜなら、これほど大きな企業で、しかも社長の総資産がが、云千億円はたまたもっとあるともされているような相手に影の暗躍者などつきようもないと思いたくも、昔ある、企業の会計帳簿で見てしまったあの内容を忘れることができない。


 そんなガリメゾンが有名になるきっかけになったのが3年前にガリメゾンが開発した“ガリベット”という資産運用アプリだ。


 このアプリのキャッチコピーは「投資で着実に増やす」なのだが、ユーザーからは「1ヶ月後には200%になって帰ってくる」「単位を一つ変えてくれる」というような口コミもあり、一気にユーザーが増えていった。


 そんな今でもユーザーからの口コミは依然高評価である。


 このアプリは投資の上限価格が設定されている。


 このアプリで投資に成功したという情報が、世の中に出回りすぎるとこのアプリを使いすぎてしまうということが起こってしまうからかもしれない。


 そのようになると、円相場は今よりさらに円安へと傾いていき、物価上昇を止めるどころか、助長してしまうかもしれないことは不言自明である。


 このアプリのおかげで資産を増やした人は3年間で1030万人ほどで増やした結果での資産は510兆円、使たった資産の総額は150兆円ほどとも言われる破格の数字を残している。


 このアプリからの収益は増やした資産の3%なので、前年度は結果的に増えたときの資産総額が約100兆円で18%だから18兆円、この会社の全体の利益の75%ほどの利益を上げている。


 そんなガリメゾンは新たな計画を発表した。


 それがPCなどのものを売る仕事だ。人々にとって“ガリベット”は生活に不可欠なものとなり、依然ユーザを増やし続けており、2040年にはユーザーが全世界で2億人を突破するという試算さえある。


 このPCなどの戦略はこういうものだ。


①ガリベットはAndroid、iOSで使うとガリベットがもらう分の資産、つまり引かれる分の手数料が18%から13%に減少する


②ガリベットはこのPC“GERBOOK”、スマートフォン“GERPHONE”、タブレット端末“GERPAD”で使うと外国版、および資産運用にモード設定(積極的投資、未来に向けた慎重な運用など)などを使える。


③これらの“GER”機種はAndroidやiOSとは違う特徴を持っている。


(カメラは近いところでも枠に収めることができる・前年度で3000億円ほどの利益を上げた生成AIの“MEZONIMI”とそれに関わった仕事用のソフト“MEZONER”を無料で使えるなど)


 というような戦略なのだが、そういうことで今のガリメゾンは非常に慌ただしく仕事をしているはずだった。


 また、ガリベットは今「三ツ川AGK銀行」をアドバイザーに据え、PCの大手「飛田通」の買収に取り掛かっている。こんなに忙しい会社は他にはない。


 この会社ができたことによって現在の物価上昇が起こっているとする声もある。歴史の中で、米騒動などの物価上昇のことが起こったがそれよりももっと経済学的な視点が必要な難しい問題なのだが、ガリベットがそのことに絡んでいることは間違いない。


 この騒々しく、やむことのないような激しい思考の中で、ついたガリベット本社は都心一等地に建てられた50階建てのオフィスを持つ。


 空を突き刺す摩天楼は、この大地さえも引き裂き自分の心にも罅を入れて、生命に危害を及ぼすのではないかとさえ思わせた。


 「め」


 しかし、目の前に広がる現実には目を何度か瞬きさせるしかなかった。


これが、オフィスの一階を目にした時から、全階を確認するまで一度も発することがなかった末に出た言葉だった。


目覚めぬ夢かと思って発そうとして発した言葉も放たれず、これから後のことを考えると胸が痛んでたまらない。


どうなるのだろうか、何を探せばよいのだろうか。しかし、PCだけはどこにも置いてあるようにみえる。


社員がいないことを省けば、何もいつもと変わりはない。一応資料を持ち帰ろうとしたとき、資料には信ぴょう性がないのではないか、ここで押収することに何の意味があるのだろうかと自分を疑いたくなるような気持ちに苛まれた。


 だって、誰もいないんだから。下の階で弁護士たちが話し合う声は断片的に聞こえるし、隣のビルで命綱を使って窓拭きをしている人が見える。


 「なんで?」と俺は言った。


 「どこいったんだよ」などと部下たちも困惑の声。


 これらの困惑の声はとても薄く、無味乾燥であることをしみいるように感じていた。しかしながら、上司でいる自分がこれ以上このような心の声を漏らしてしまうのは、彼らに櫃例なのではないだろうか。


 こんな時こそ上司である俺は漸増させたやる気を見せなければいけない。


 俺は3ヶ月前に迷宮入りしてしまったあの事件を思い出し、絶対あんなふうにはさせないと心の中で意気込んで捜査に入る。


 俺はどこにいったのかその手がかりがないかPCを立ち上げた。社員は500人ほどの超少数精鋭なのだが、その人間たちのPCをチェックしていく。


 PCを今、全部持ち帰ることは不可能なので開発部、人事部、総務部などの部長職七名PCと開発1課、人事課、経理課などの課長二十名にPCおよび平社員二十名のPC、計47台を持って帰ることにした。


 持って帰るもの以外のPCをチェックした。本当に全て、全部が履歴などの痕跡を消されていて、初期化してある。


 憤怒の念は心の中で渦巻くようにして、他の感情をすべて焼き尽くしてしまった。そんなとき腹の中に残ったのは一筋の光とそれによってできている影である。


 その陰のところにはあの少年がたっていた。あの少年はこちらを見て陰鬱に嘲笑していた。


 この少年についての謎は無限に広かる。


 このとき、最近読んだ本に出てきた宇宙は無限か有限かという話が戻ってきてしまった。人は、いや、これに関しては誰とも話したことがないからわからないが、こんな重要な時でさえ、関係のないことを真理、今ここに蘇ると言わんばかりの反芻する思考を止めることができない。


 宇宙が有限か無限かという話には二律違反ということがかかわっている。 二律違反とは二つの命題がどうしようもなく対立し矛盾している状況のことであり、この宇宙が有限であるとする命題と、宇宙が無限であるとする命題が二律違反である。


 宇宙が有限であるとするならな、宇宙には始まりがあるということになる。そうすると、宇宙はビッグバンによってスタートしたとされているが、どのようにしてビッグバンが起きたのかということになる。


 宇宙が無限であるとするならば宇宙に限界点はない。そうすると今まで過ぎ去ってきた時間は過ぎ去ってきたことにはならないということが言える。


 この二つは相反する内容のため、背理法や帰謬論によって二つともあり得ないといえてしまう。考えてみればそうなのだが、無限と有限というのは対義語であっても、対義語であるという概念すら矛盾を生み出しているのである。


 この思考すら無限なのでる。


 長い深思熟慮の果てに見出した一縷の光明。まるで闇夜の輝く星のごとく、心の奥底に希望の灯をともしたのであった。


 こんな風に内心にて詠ずる言葉は静寂の中で響く無形の死になって、心の奥底に刻まれていった。これが、自分のことを奮励してその言葉さえも静謐を切り裂くようにして行動への強熱に近いものが心の中に瞥見された。  


ホワイトボードに書いてある住所。他のホワイトボードは真っ白なのに、そのホワイトボードだけ裏側に東京都目黒区中目黒の住所だ。


 これは3ヶ月前のG&K病院での事件で真鍋がホワイトボードに書いてあったものを見つけた時の住所と同じようなものだった。


 あの事件から俺は部下に対する態度が変わったと思うし、先入観を持つことをやめて、客観的に判断できるようになったと思う。


 しかしあの少年に感謝をしていたりはしない。あの少年のおかげで買われたのは事実だが、大勢の前で恥をかかされたのは俺の人生の中で最大の辱罵だった。


 前と状況は少し似ているが、もちろんここにはあの忌々しい少年はもちろんいない。


 それなのに先ほど社長室のデスクに不自然に置かれていた、腕時計は嫌な思い出を彷彿させるものだった。


 RolexのデイデイトなんていうRolexの中でも最高級ブランドの時計をなんで彼が持っているのか。


 それが彼の外見に対する七三分けの髪に次ぐ印象だった。


 目黒区の住所をGoogleマップで調べるとあった。それは倉庫のようなところだった。


 倉庫といっても鉄の部分が錆びているような汚い倉庫ではなく、おそらく建てられてから3年いないしか経っていないと思われるような倉庫だった。


 部下の真鍋と小岩、内藤の4人を連れて車を動かした。倉庫にはガリメゾンのものと思われる資料が山積みだった。


 その中にはG&Kとかいた袋の中に入っているUSBメモリを小岩が見つけた。


 「これってぇ、」


 その男は春風に吹かれている若木のごとく、若い息吹のようにしてそれを全身に纏い、希望と活気に満ち溢れていた。


 「でも、」


 しかし、そのあとに小さく彼の姿は、まるで雲間から覗く月の如く、ほのかに憂愁の影を纏い、心中にわずかな煩悶を抱えているようにも見えた。


 今はなんでこんなものがここにあるのかという疑問よりも、迷宮入りさせてしまった事件をまた捜査することができるかもしれないという希望がまさっていた。


 小岩がUSBメモリを自分のMacBookに挿すとデータが読み込まれていく。これはG&K病院の裏帳簿で間違いない。


 何度も見た収益額と帳簿の収益額は一致しない。


 また支出のところには‘大原’という欄があった。‘大原’というのは誰か。幼馴染の大原和樹という男が最初の思い浮かんだがまずそんな人ではないだろう。


 なんだって送られている金額は0が九個ほどつくような金額だったからだ。


 現実的に考えて‘大原’は著名人で行くと健民党の党首の大原浩介か、警視総監の大原雄介だろう。この2人は顔が非常によく似ていることから、兄弟なのではないかと自分の中では疑っているところがある。


 そんなことはまずあり得ないと思いつつ、本当の目的を果たすため小岩に


「帳簿の後のチェックを頼む」というと


「わかりました」という言葉だけを残して、作業に取り掛かる。小岩は本当にできる女性の鏡のような人間だと思う。


 コミュ力が高く、仕事への責任感やプライド、もちろん仕事をこなす能力もあり、上司への態度なども全て合わせて素晴らしい人間だ。


 量が多すぎて疲れた時、ホワイトボードを思い出した。その下に貼ってあった付箋には何か書いてあったような気がする、だから、ガリメゾンに残っている部下に電話をかけた。


 しかし、電話は繋がらない。仕方ないと思い、部下の内藤に聞いてみた。内藤は


「確か‘Right Edge’って書いてあったような?」


「ごめんね、俺は英語が苦手なんだ。Right Edge っていうのは一体どういう意味の英語なんだ?」


「右端って意味だと思うんですけど、それってどういう意味なんでしょうか?」と聞いてきた。正直俺もわからないことの方が多いのだが、俺の考察をぶつけてみる。


「多分、何か重要なものが右端にあるって言うことなんじゃないか?」


「そういうことなら、右端を探すの、僕も手伝いましょうか?」と内藤が言ってきてくれたのでありがたいと思いながら、協力してもらうことにした。内藤は能力は警視庁の中でもトップクラスで、東大を卒業したエリート中のエリートなのだが、性格が内向的でまだ若いのだがその能力が存分に発揮できていないような気がする。


 こんな風に拙劣な謎解きで事件解決と行くようなものなのだろうか。この内容があの有名な少年の探偵アニメのことを思い出してしまった。


 少年の探偵アニメでは、いろいろな手がかりから論理的思考のようなことを基礎にして解いていくものなのだが、その内容や、テレビドラマで見るような内容は犯人からのよほどの誤謬がない限り成立しないようなものが多い。


 それを含めた内容がテレビドラマであり、そのアニメなのだろうけれどもそんな誤謬はこのレベルまで来ると成立しないものが多い。


 ましてや、テレビドラマではその後の登場人物の人生は描かれるものではないし、誰の人生にも生命にも、もちろん幸福には関係していないので、やすやすとそのような内容を描いてしまうのだ。


 今回の内容は、ガリメゾンの社員の人生も、小林モータースの社員の人生も、それにかかわる人々の人生も賭け台に置いてしまっている。


 右端を中心に探していると見つかった。またUSBメモリだ。


 今度は自分のSurface Laptop Go 3に差してデータを読み込む。こちらはガリメゾンの裏帳簿のようだ。しかしその時、入り口付近から車のエンジン音がした。


 まずいかと思い、自分のPCのデータと小岩のMacBookのデータを1番信頼できる人間に送った。これで大丈夫だと安心して、肩を撫で下ろした。


 自分は今回の事件が人生の中で最も重要な事件だということがわかっている。


 なぜなら自分の余命はもう一年もないからだ、1年前に後2年しか生きられないと言われた時は、いっそ刑事なんてやめて残りの金で遊んで暮らすかとも思ったが、何かこの世界に残したいと思い、今まで頑張って働いてきた。


 その時は、深くより湧き出ずる絶望が診断の辛苦に打ちひしぎ、黙然たるままに心中にて憂鬱の鎖を重く垂れ、明日の光を見失いし眼差しを湛えていたのを覚えている。


 身構えた時、見えたのは警察の制服だった。なんとか免れたかと思い、


「だれ?」というが返事は返ってこなかった。そこで


「遠くて見えないから誰かわかんないけど、入る時は挨拶くらいしてくれよ、」と冗談っぽくいっても返事が返ってこなかった。次の瞬間、警察の制服を着た男は拳銃を構えた。その男に追随して後ろにいた男たちも拳銃を構えた。


 それは警察が持っている拳銃ではないから、海外などから密輸した拳銃なのだろう。そんなことは、わかっている。


 自分の鼓動が早くなっているのがわかる。今死んでも、死ななくても、52歳の誕生日を迎える前に自分が死んでしまうことがわかってはいるものの、今死にたくないと思っていることは確実なようだ。


 高鳴る鼓動を抑えながら、拳銃を取り出した。しかし後ろから引っ張るような力はなかったが、強烈な頭痛で後ろに倒れてしまった。まだ意識はあるものの朦朧としている。これが脳貧血というものなのだろう。


 小さいころドラマで見たような気がする。そんなことを考えていたら、目に痛みが走って赤いものが飛んでいくのが見えた。最後に聞いたのは


「あ、ミスった」という凛然霊感で感情がこもっていないような声だった。 


 


ヒトリゴト①


「ナゼカワタシノトコロニコンナモノガオクラレテキタノデスガ」中年の男は“伝える”。


「オクッテキタアイテノスマートフォンヲシラベタラ“メンター”ニオクッタキロクシカノコッテイマセンデシタヨ」少年は“伝える”。


 少年のスマートフォンが鳴る。“メンター”からだ。


「なかなか素晴らしいじゃないか、この装置。」


「ありがとうございます」とだけ返した。




 一命を取り留めたことは医師たちの尽力によるもので、非常に感謝しているが、僕は真実を知ったのに真実を持って犯罪者を裁けない、このやり切れなさに絶望して、せっかくの命を無駄にしてしまいます。




 伊藤和宏から報告を受けた。彼は僕にとって非常に優秀で使える人間だ。


 ガリメゾンに脱税に関与した嫌疑がかかってしまったのは仕方のないことなのだが、結局今回の事件は警視総監への根回しのおかげで世間から批判を浴びる状況になったのは「コバヤシモータース」だけになった。


 今回の事件を受けて同社は全役員を解任し、それを一新するのだというが、株価は一週間連続でストップ安を記録し、株価の大暴落により「経営は終わった」などと書く新聞も多く発売されてしまっている。


 「コバヤシ」はもう終わりだろう。でも、コバヤシを利用する方法もあるのではないだろうか。コバヤシの転落を揶揄した物語を書いても売れるだろうし、もちろんコバヤシを現実の世界で利用するというのもありだろう。


 コバヤシほどの規模の会社だから優秀な社員も多くいるし、工場や土地も多く持っている。


 コバヤシの株価大暴落に乗じて、コバヤシを買収したら新しいビジネスの始まりにもなるだろう。


 


 やっぱりこういう時が1番楽しい。どういうふうにしたらより良くなるか。


 こういうことを考えていると、考えにそこがないような気がして、また自分の世界に入れるような気がして。とてもいい。


 どれを実行するのかを精査して、本当に実行してまたそれが成功を収めたときは最高だ。


 コバヤシはやっぱり利用する他ない。コバヤシのベルトコンベアを利用した自動車工場を刈りメゾンでのAIの技術と掛け合わせて、作業の効率化を図る。


 またそれによって不要になった分の向上はAIを使ったロボットの製作工場にしてはどうか。


 ジッツングで話し合ってみないことにはわからないが。今回のジッツングも面白くなりそうだ。


 俺を中心にこの国が回っていくなんて。俺はまだ14歳なのに。


 実際にこの場に立つまではこの内容など信じられるはずもない。人は、自分が体験したことには深い共感を得ることができる上に信憑性を確かめる必要がなくなるため無駄な猜疑を抱く必要もない。


 実際に上に上り詰めていくと、何か少しずつ、浮いたような感覚になってくる。浮いたような感覚というのは二面性をはらんでいる。


 浮いていくようにして自分の成長が感じられること、足元に地面がつかないことにも気がつかないことだ。


 この浮いていくような感覚は今の自分にはない。


 今の自分にあるのは、元の生活と同じようなどっしりとした安定感のみだ。


 ここまで来ると自分にできないことはない。昔の人々が、特に負うなどと同じ力を持つようなものたちがこのような感覚に陥っていたことがわかる。


 ピューリタン革命前のイギリスで王権神授説を唱えたジェームズ1世や、エリザベス1世が自らの力を神と同じとしてたとえたこともすべて、すべての権力を自分が握っていることに対する一種の厭倦と無聊を感じていたのに対する釋憂のようなものだったとするならば、理解の範囲にあるのかもしれない。

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