第8話 杯、傾く

 リューネブルク侯国の旧ローゼンタール邸、広間の片隅。

 厚いカーテンの向こうでは、侯国の街灯が遠くに揺れている。


 エドワード、アウレリウス、クレメンスの三人は、小ぶりの丸テーブルを囲み、侯国産の葡萄酒を傾けていた。給仕はクラウスが手配した地元産のチーズと魚のフライ、オットー特製の香草ソーセージが盛られた皿を次々と運んでいく。


◇◇◇


 エドワードが、グラスを指先でくるりと回しながら、ぽつりと言った。


「この国は、本当に先進的だね。法務庁舎でのやり取りを見ていると、まるで一つの大きな商会みたいに効率的だ。僕たちが学ぶことは多いよ」


 クレメンスが口元に微笑を浮かべ、魚のフライを一口。

「ええ。お二人が法務庁舎におられる間、私は港湾の貿易商会に顔を出していましたが、こちらも実に合理的です。港湾証書の発行一つとっても、王国の三分の一の手続きで済んでしまう」


 「羨ましいくらいだな」アウレリウスが低く呟く。


◇◇◇


 しばし杯を傾けた後、エドワードはふと思い出したように切り出した。


「そういえば、マクシミリアン兄上の婚約者が決まりそうなんだ。僕の婚約者はどうなるんだろう? おばあさまが候補を選んで、コンスタンティン兄上が決めてるらしいけど……なぜ僕に選ばせてくれないんだろう?」


 「エド」アウレリウスが、やれやれと肩を竦める。

「候補者を見たところで、君にわかるのか?」


「え?」


「君、女性と関わったことなんてほとんどないだろう。乳母である僕の母上と、前王太后、前正妃殿下、前側妃殿下、姉であるオクタヴィア殿下くらいじゃないのか?」


「…………」


 実際、冷遇されていたエドワードは緑の離宮に長らく幽閉され、その後は忙しさに追われ、舞踏会にもほとんど出ぬままここまで来てしまった。


「アウルだって同じだろ!」


「……まあ、そうだけど」


 壁際に控えていたフランツが、「おかわいそぅ……」と小声で呟く。クレメンスはそっと唇に指を当てフランツを制する。壁際のカールは笑いを堪えきれなかった。


 重い空気を変えようと、クレメンスが話題を変えた。


「ところで、アウル様はオクタヴィア殿下への贈り物は何にされたのです?」


「えっ!?」アウレリウスの声が裏返る。


「こちらに来て十日近く経ちましたし、手紙も何通かいただいてますよね? お返事と一緒に、贈り物をすでにお送りになったのかと」


「…………忘れてた」


 クレメンスが椅子をがたんと鳴らして立ち上がった。

「明日! 幸いにも休庁日です! 早急に選びに参りましょう! よろしいですね!?」


「……はい」


 エドワードがぼそりと呟く。

「姉上かわいそう……」


 フランツも続いた。

「本当におかわいそぅ……」


 カールは腹を抱えて笑っていた。

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