過労死ゲーマー、藤吉郎になる。 ~知識チートはあるが、人の心が重すぎる~

@melon99

第1話:デッドライン・イズ・オーバー

チカチカと点滅する蛍光灯。それが、俺の最後の記憶だった。


「だぁぁ! また落ちた! なんでこのフラグでセーブデータが飛ぶんだよ!」


 フロアに響く同僚の悲鳴。

 俺はもう、叫ぶ気力すら残っていなかった。

 机の上には、カフェインと糖分を詰め込んだエナジードリンクの空き缶が林立している。


(仕様変更、明日までに実装……)

(デバッグ、終わらない……)

(俺がやりたかったのは、こんなゲーム作りじゃなかった……)


 俺、相馬ケンジ、32歳。

 中小ゲーム会社の薄給プログラマー。

 学生時代、夢中になった歴史シミュレーション『戦国の覇道』。

 あんなふうに人の心を熱くさせるゲームを作りたくて、この業界に入った。


 現実は――終わらないデスマーチ、バグ修正という名の穴掘り作業。

 積み重なる疲労と、削れていく心。


(ああ、眠い……)

(せめて、あの『覇道』の世界にでも転生できたらな……)

(全武将の能力値も、イベントフラグも、全部頭に入ってる……)

(俺なら姉小路家スタートでも天下取れる……)


 ガタン。

 椅子が倒れる音を最後に、俺の意識は暗転した。


 ――過労による心不全だった。


神との邂逅


「……死んだぞ、おぬし」


 目を開けると、真っ白な空間。

 声の主は、光そのものだった。神――としか表現できない存在が、俺を見下ろしていた。


「あ、あの……俺が担当してたモジュールのバグは……」


「もうよい。おぬしは死んだ。働きすぎでな。実に、哀れじゃ」


 神は、気の毒そうに言った(そう見えた)。


「だが、おぬしのゲームへの情熱は本物じゃった。特に、あの戦国の世を駆け抜けるゲーム……おぬしの願い、聞き届けてやろう」


 指を鳴らすと、目の前に見慣れた画面が浮かび上がった。

 学生時代、擦り切れるほど遊び倒した『戦国の覇道』――そのキャラクター選択画面だ。


「転生させてやろう。おぬしが愛した、あの世界にな」


「マジすか!?」


 思わず声が裏返る。

 織田信長、武田信玄、上杉謙信……綺羅星のような英雄たちが並んでいる。


「ギフトをやろう。この中から好きなキャラクターを一人選び、その者として転生できる」


 血が沸き立った。

 俺はこのゲームのすべてを知っている。

 どこで誰が死ぬか、どの大名が伸びるか、全て暗記済みだ。


(これ、チートじゃん!)


 最強の未来知識を持つ俺が、好きなキャラで転生? 

 天下統一、確定じゃないか。


英雄たちの中から


「よっしゃ、じゃああえて底辺から――姉小路家とかで……」


 そう言いかけて、俺はハッと気づいた。


(……待てよ。これ、リアルじゃね?)


 神は「転生」と言った。

 つまり、ゲームじゃなく“現実として”その世界に生きるということ。

 死ねば、痛いし血も出るし、終わりだ。リセットもコンティニューもない。


(底辺チャレンジ? 冗談じゃない!)


 史実通り攻め滅ぼされて、数年で二度目の人生終了なんて、まっぴらごめんだ。


(じゃあ誰を選ぶ?)


 織田信長? 王道だが、本能寺の即死フラグが怖い。

 徳川家康? 勝者だが、前半が地獄すぎる。

 武田信玄、上杉謙信? 強いけど天下を見ずに死ぬ。

 ――安全で、楽しく生きたい。


 過労死したんだ。次の人生くらい、楽しく過ごしたい。


(……楽しく、か)


 俺はふと、以前AIと語り合った話題を思い出した。

 「このゲームで最も女性と関わるキャラは誰か」――。


(そうだ、どうせなら……)


 視線が止まったのは、尾張の片隅にいる一人の男。

 今はまだ、足軽頭ですらない「木下藤吉郎」。


(こいつだ!)


 弱小出身だが、主君は天下の織田信長。

 知識を「先見の明」として使えば、信長の信頼を得るのも難しくない。


 そして何より――彼は成り上がる。

 史実通りなら、日本一“モテる”男になる。


(過労死した俺へのご褒美として、それくらいバチは当たらないよな!)


「決めました。俺は、この男――木下藤吉郎になります!」


 神は、少し驚いたように笑った。


「ほほう。茨の道じゃが、最もおぬしらしい選択やもしれんな。

 良いだろう。その知識をギフトとして授けよう。己だけの『覇道』を切り拓け!」


 光が、全身を包み込む。


「いけ。第二の人生――ハードモードの始まりじゃ!」


尾張、リアルモード


 鼻を突いたのは、土と獣の匂い。

 薄暗い、ボロボロのあばら家。

 自分の体を見れば、みすぼらしい麻の着物。


(ここが……155X年の尾張か……)


 俺は木下藤吉郎。後の豊臣秀吉。

 知識ならある。まずは信長に仕官して、そして未来の妻・ねねを――。


 ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅ……。


 情けない音が、腹の底から響いた。

 強烈な空腹感に、思わず乾いた笑いがこみ上げる。


「……そうか。リアルってのは、まず腹が減るってことかよ」


 ロードもリセットも、もちろん社員食堂もない。

 俺の戦国サバイバルが、今、始まった。

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