二十九
(私がここで、皇太子になれば順英を守れる)
皇太子なりたい理由は、はかにもある。
順英を守りたいのはもちろん、この国と民を守りたい。
宴が始まってから、美艶兄上の雰囲気が変わった。
美艶兄上もどこかで、皇太子になりたいと思っているのだろか。
「美艶、席に座りなさい」
「わかりました、陣蘭義兄上」
陣蘭と美艶は仲がいいので、隣の席だ。
心旗はというと、
「お久しぶりでございます、感陰兄上」
「ああ、久しぶりだな。順英とはうまくいっているのか?」
「はい。義兄上の支援もあり、うまくいっております」
「支援だと?俺様は何もしていない。お前たちが、勝手にイチャイチャしてるだけだろ?」
「そんなことございません。義兄上は、戦場にいらっしゃったのにわたくしどもの惚気話を聞いてくださりましたでしょう?大変、感謝しているのです」
「感謝される余地もない」
「そんなこと仰らず!お酒を酌みましょうか?!ここの酒は、大変美味で…!」
「いいか?心旗」
酒を酌もうとするけれど、義兄上が自分で酒を淹れてしまう。
「酒なら自分で酌めるし、惚気話だって何度でも聞いてやる。俺とお前は義兄弟だからじゃない。いずれは、俺とお前は天帝と…そうだな、その家臣になる。俺様の言っていることがわかるか?」
「わかりません」
「教えてやる。つまり俺様が言いたいのは、俺みたいな奴はすぐに使いこなせるようになっておかないと、皇帝になったとき苦労するぞってことだ」
「義兄上は…もう、皇帝になりたくないのですか?」
あんなに皇帝になりたいと言っていたのに、どうしたと言うのだ。
心変わりした、とかか?
どうせなら、最後まで頑張ってほしい。
義兄弟、兄弟みんな。
「お前が皇帝になればいい。俺様は、今世では皇帝に向いていなかったということだ」
「来世で皇帝になられるのですか?」
「そうだ。確実に、来世では皇帝の器で来てやる、この国にな」
「感陰義兄上…。やはり、酒を酌ましてください」
「駄目だ。仮にもお前は皇太子だろう?もう決まったも同然だから、一王子にそんな真似はやめるんだな」
「はい」
と言うものの、なんだか寂しい。
(私は皇太子になる。この素晴らしい義兄弟、兄弟、家族…そして、順英とこの国…を、一人で守れるか?)
こんなに大きなものは、自分ひとりでは守れない。
「何もお前一人に背負わそうなんて考えている奴は、ここにはいない。みんな、なんだかんだお前のことが好きで、みんなお前の味方なんだ。俺様だけは、最後までお前を影で支えてやる。そのつもりでいろ。王様ー?」
感陰義兄上のおかげで、迷いが飛んだ。
皇太子に、なってやるって。
◆◆◆
感陰義兄上と心旗が、だいぶ話し込んでいる。
今は順英は領翠しかそばにいない。
「初めての宴はいかがですか?」
「少し緊張していたが、楽しいよ」
「それはよかった」
「領翠もどうだ?これ、美味しいぞ」
領翠に果物を勧めてみる。
「ではいただきます」
「嫌いでなければ食べてくれ」
領翠が美味しそうに食べるのを見るだけで、満足だ。
「どうだ?」
「最高に美味しいです!!これは桃…ですか?」
「そうだな」
何の果物か水に食べたのか、その果物を不思議そうに見つめた。
「初めて、食べました…!」
「本当なのか?!」
領翠はあまり果物は食べないので、果物というものを初めて食べたのだと思う。
この国は果物も豊富にあるが、領翠は甘いものはそんなに食べない。
辛党なのだ。
「香辛料をかけたら、もっと美味しくなりますかね!!」
「や、やめておけ…!!」
果物自体の甘みを知ってほしかったので、その行為は止めさせてもらう。
「そうですか、残念です…」
残念そうに、顔を下に見た。
(今度残念がらせた詫びに、高級な香辛料でも送ろう…)
「こんなところにいたのか」
「陛下?!」
「そうだ」
「少し、順英と話がしたい。席を外してくれないか?」
「かしこまりました、陛下」
その言葉と同時に、領翠が下がった。
◆◆◆
父と順英が二人で話しているところを、見た。
(あの二人は、仲が良かったのか…?)
父があんなに嬉しそうに誰かと話す姿を初めて見で、驚く。
誰とでも楽しく接している父だが、目の色があそこまで輝いて見えたのは初めて。
「どうした?心旗」
「いえ。…陣蘭義兄上。順英と父上は、仲が良かったのでしょうか」
「父上は誰とでも話すことができる、素晴らしい才能をお持ちでいらっしゃる。その才能をお使いなのかも…。それ、ではないな」
陣蘭義兄上も気づいたのか、気がつけば目を大きくさせていた。
「本当に、楽しまれているようです」
「そうだな」
「でも、よかった」
父が気軽に話せる友人?がいて、本当によかったと心から思う。
◆◆◆
「少し、外へ行こうか」
「どうしてです?」
「二人だけで話したいことがある」
皇帝の誘いに、断ることはできないが自分が今回は断りたくない。
ちょうど、二人で話したいと思ったところだし、皇帝と二人で話せる機会があまりないから。
「わかりました」
二人だけで、外に出る。
「どうなされたのですか?」
陛下は嬉しそうに、順英に微笑みかけた。
外に出た途端、雪が降っていることがわかった。
「雪…ですか?」
「この国を長年愛した。幾千もの民を、守ってきたつもりだ」
「はい。陛下は、大変ご立派なことをなされたと思います」
ご立派どころの騒ぎではない。
陛下という立場で、この国を何十年も守り続けてきたのだ。
「夢に出てきたよ、昨夜の」
「夢?」
「龍神様が、お前と心旗を皇后と皇帝にしろと仰せになった」
この国の龍神は稀に人の夢に出て、その人に必要な言葉をかけてくれる。
この国では龍神は、夢守り神。
なんて呼ばれることも少なくはない。
(すごい夢をご覧になったとこはわかる。だけど、なんて言えばいい?)
「お前たちが国を導いてくれるのならば、余は何も心配ないのだが」
「どうしてそこまで、李 順英を目にかけてくださるのです?」
心旗はわかる。
自分の子どもを可愛がるのは、親として当然のことだから。
だけど自分は、李 順英はわからない。
陛下の子どもなければ、親戚でもないのに。
「なんでか、お前を見ていたら穏やかになる」
「それだけ、ですか…?」
もう少し、きちんとした理由が欲しかったなん欲張りか。
「それもある。だが、お前が一番本気で、余がしたい
皇帝の官吏はいつでも気軽に話せる人ばかりではない。
小難しい人もいれば、陛下が信頼している官吏が地方にいる可能性だってある。
「光栄です、そんな風に思ってくださっていただなんて」
自分は何もしていない。ただ、陛下の力になりたいだけ。
自分の理想を語れる人としてではなく、陛下の愚痴すら聞きたい。
楽しいのだ。
心旗を守れるように、自分を見初めてくれた人と話すことが一番。
「それだけではないな」
「まだほかに?」
「たくさんあるが、一番強く思っていることだけを今言おう。ではないと、せっかくの宴が終わってしまいそうだ」
「それはなりませんね。皆、陛下をお待ちでしょうに。あと一つだけ、理由を教えてください」
「お前は、余の官吏だ。余の時代に才能を咲かせた官吏として、余の時代の歴史書に名を残す」
「それは…?」
どういう意味か。
そのことが聞きたい。
「鏡第四王子殿下の妃としても、歴史書に残すことになるだろな。だが、一番最初の紹介に入るのはなんだと思うか?」
「教えてください」
教えを請う。
「お前は、余が最も信頼した最高の官吏として残すのだ」
「陛下…」
嬉しさのあまり、涙が出てくる。
この世、この時代。
鏡 心旗の父、
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