二十八
朝廷での宴が始まった。
「正妃になってから、初めての宴ですね。緊張しますか?」
「いいや。緊張より、ワクワクが止まらない」
存外緊張しない性格で、こんなときですら緊張しない。
「さすがに、婚姻の儀は緊張したでしょう?」
「あ、ああ…」
人生で一番緊張したのは、婚姻の儀。
一歩でも間違えれば、なんて恐怖体験を味わった。
あの緊張に比べれば、今の宴の緊張など緊張していないに等しい。
しかも、ほんの少し楽しみだという気持ちもある。
そこが婚姻の儀とちがうところ。
「一歩間違えても、誰かがそばでどこにいたらいいのか教えてくれる。でも婚姻の儀は教えてくれない。こんなに緊張の差があるなんてね」
「そういえば、最近蒼紅を見ていない」
「蒼紅?」
正妃になる前、拾ってきた護衛だ。
「そうだ。どこに行っている?」
「そういえば、見てません」
「そうだろう?最後に見たのは、いつだったか…」
思い出せないくらい、見ていない。
きちんと把握しておくべきだった。
あいつを野放しにしておくには、いろいろと危険すぎるから。
「どこに行ったのか、すぐに捜索せよ」
「かしこましました」
近くの護衛に捜索を願った。
こうでもしなければ、心配で仕方がない。
「あ、あいつはごそごそいたら出てこないから、ひっそりと頼む」
「かしこまりました、李正妃様」
「頼んだよ」
三烈が髪を結ってくれる。
その間に、薄っすらと久しぶりに口紅をした。
「口紅だけですか?」
「そうだね」
あまり濃く塗りすぎると、誰だかわからなくなる。
あれ?そういえば…くらいが、今の順英にはいい化粧だ。
「久しぶりにするから、はみ出さないかどいうか緊張する」
宴より、口紅の方が緊張しているという不思議体験。
「塗って差し上げましょうか?」
「お願いしてもいいか?」
「もちろんでございます。この桃色と、紅色。どちらがよろしいですか?」
「少し目立たせたいから、紅色で」
「かしこまりました」
順英は二番目に、女装をしない男性の皇族になる。
(過去の皇族の男性たちは大変だっただろうな)
大事な行事のときだけ、何故か皇族の男性は女装をしなければならない。
「できました」
これを見た過去の道龍国の男性たちは、どう思うだろう。
「お似合いです」
「ありがとう、三烈」
「いいえ」
三烈は女装だ。
普段男ものを着ているので、とても動きにくそうにする。
「早く変えてくださいよ!この面倒くさい制度!」
「わかったから、そろそろ行くよ!」
三烈が騒ぎ出したら、もう収集がつかなくなってしまう。
そうなる前に、上手いこと切り上げた。
「今から始まるみたいだ、早く来い」
「予定より早くないか?!」
「道が空いていたので、早くいらしたそうだ」
陛下はきのうまで、邪麗国にいた。
皇帝が隣国に行くときは、朝廷の高官が全員で同行する。
そうなると、朝廷に残る官吏は下級官吏くらいになってしまうのだ。
朝廷ごと留守同然にするわけにはいかないので、心旗と順英が留守番を頼まれた。
「なら、急がないと…!」
慌てて準備をしていると、心旗に口づけされる。
「あとから、な?」
「わかっている…」
これは完全にすねている様子。
「では行くぞ?」
「わかった…」
すねながら連れて行くので、少し心配だ。
(まあでも心旗のことだ。大丈夫なはずだから、安心しよう)
「すごい…!」
道龍国の今回の宴は、なんと銀世界を表現されているらしく、何もかもが銀色。
この宴は金色を表現するか、銀色を表現するかを風水で決められるらしい。
「今年の朝廷の風水の結果は、銀だった。去年も銀。何か、特別な理由があるんだろうな。私にはわからないが」
さすが、皇太子候補。
情報が早い。
「俺は朝廷の宴に参加するのは初めてだが、心旗は産まれたときから参加しているんだよな。飽きたか?」
産まれたときから参加していて、内容も毎回似たような感じらしいのでとっくに飽きてしまっているのかと思い、聞いてみた。
「いいや、毎回飽きない」
「なんで?毎回、同じような内容じゃないのか?」
「内容は飽きたが、宴は飽きない」
「…どうして?」
何回も聞く。
「宴には毎回、幾千万の民が来てくれている。自分たちの時間を削ってまで。その民たちの、毎回ちがう表情を見ていたらね?宴というものは、飽きないんだよ?」
宴には毎回、民も参加できる。
民は見るだけだが、身分関係なく皇族を見ることができるのだ。
「確かに…。今回の宴では、きちんと民も見てみる」
「そうしてみてくれ。そして、手を振ってやるんだ。自分が子どものころに帰ったかのようで、楽しくなるぞ」
「やってみる」
「あとは…慣れてきたら、近くにいる
「や、やってみる…」
やるしかない。
「宴が始まるらしいな」
「行きますか?」
「ああ」
銀世界の色に包まれた、宴が始まる。
宴が始まった。
いつも綺麗な朝廷が、さらに綺麗になっている。
「信じられません、殿下。朝廷がこんなにも銀世界に包まれたみたいになってしまって…」
「信じられないか?」
「はい。金色も、見てみたいです」
「少しだけ聞いた話だが、来年は金色らしいぞ」
名付けて、金世界。
「そうなんですか…?!早く見たいです!!」
今は、後宮の女官たちが演奏したりしている。
後宮の妃は参加できないが、後宮の女官は官吏に見初められることがあるかもしれないので、女官は参加できるように今の陛下が制度を変えたのだ。
「見て、心旗」
「どうした?」
「あの女官、すごく上手だね」
「話しかけてみるか?」
「いいよ。見ているだけで、充分」
いずれ関わらなければならないかもしれない、世界。
今は見学しているだけで充分だ。
「そうか」
心旗が少しだけ、酒を飲む。
「舞に、興味があるのか?」
「いいや、ないよ。ただ、綺麗だと思ったんだ。…衣、が…」
隣にいた陣蘭が、思いっきり笑う。
「陣蘭殿下?!!」
聞かれていたのか…。
「面白そうな会話をしているなと思って、最後まで聞いていたんだ。面白すぎる…!!」
「そんなに笑わないでくださいよ!!」
少しだけ怒った。
左の頬を、膨らます。
「ここの兄弟たちは、仲がよくていいね」
「美艶殿下!」
今目に入ったのだが、美艶殿下は宴なのに今日はやたらと、着崩している。
「いいんですか?そんなに着崩して」
「いいんだよ。これくらいの方が、堅苦しくなくてちょうどいい。なあ、心旗」
「なんですか?
美艶殿下は心旗に何かお願いするように、心旗に酒を
「兄弟の絆に免じて、そなたが即位したら朝廷の堅苦しい礼儀を一掃してくれ」
「一掃?」
「なくすんだよ、すべて」
「すぐには難しそうですが、私も考えていたのでいいですよ」
「本当か?!!」
「はい」
「持つべきものは、頼れる皇帝様だな!」
「義兄上、父上のいる前で…」
「構わん」
美艶殿下と心旗が話していると、皇帝が入室してくる。
「仲がいい義兄弟の会話に、余が入ることは避けたい。余は玉座にいるので、構わずに話せ。よいな?無礼講だ」
「感謝申し上げます、父上」
「ちなみに、何の話をしていた?」
陛下がぐいっと身を前のめりにして、聞いていた。
「私の可愛い心旗が皇帝になったら、朝廷の堅苦しい礼儀作法をなくしてくれって頼んでいました」
「それはいい!早く、心旗に皇太子になってもらわなくては!!」
陛下は豪快に笑う。
「頼りにしているぞ、心旗」
「御意」
心旗が頭を下げて、明るい表情で答えた。
「では、始めようか」
皇太子選びをかけた、運命の宴が始める。
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