二十

陣蘭は男物の衣を持って来いと、侍従に命令した。

(自分に偽らない、陣蘭か…)

どんな感じだろう。

ワクワクが止まらなさすぎて、陣蘭の男物を着た格好を早く見たいと思う。

「順英と呼んでも?」

「もちろん!」

正直、嬉しい。

いつもつくり笑いをしているような陣蘭はすでにいなくなっていて、ありのままの陣蘭がそこにいるみたいで。

「心旗は喜んでくれるだろうか」

「大丈夫ですよ!きっと、喜んでくれます」

「…私とはどんなときでも、敬語は外そう。市井ではそうらしいな。たまたま聞いて、驚いたが。一度やってみたいと思っていたんだ。あの義兄弟で、気を使わずに話すということを」

「陣蘭…」

一人で感動しているのではないか?

「泣いているのか?」

陣蘭は順英の目尻を自分の手で涙を拭き取って、心配してくれた。

「大丈夫だ。心配ない」

「わかっていた。そなたはいずれ、朝廷に革命を起こすって。このことだったんだな」

「革命?」

「そうだ。第一王子殿下である俺を、こんなにまで変えてしまったんだ。これを革命と言わずなんと言う?」

「大袈裟ですよ」

「大袈裟も、何もない。俺自身を戻してくれたこと、ありがとう…。本当に」

それはよかったが、あまりにも変わりすぎではないか心配してしまう。

あとで、心旗の詮索が始まらなければいいが。

「お待たせいたしました。例の物をお持ちいたしましたので、ご確認くださいませ」

「ありがとう。順英、二人で確かめないか?」

「何を?」

「俺は随分、女の衣しか着ていない。だから今の男物の流行りがわからなくて…」

大問題が、発生した。

そのことは考えていなかったので、固まる。

「何か変なことを申したか?」

「とんでもございません!」

「ならいいが」

順英が考えたのは、自分が得た今流行りの物をとりあえずバランスよく着せた。

「こちらはどうだ?」

「紺色?」

「市井では、今流行っているんだ。この季節は皆着ている」

今の時期ー冬は深い色が流行りやすい。

「いいな。着てみよう」

「よかった…!」

選んだものが気に入ってもらえて、本当によかった。

「侍従に着替えを手伝わせる。この部屋にある書物を読みながら、待っていてくれ」

「わかったよ。ありがとう」

「こちらこそな」

手を振って、陣蘭を見送る。

ますます、楽しみになってきた。

と思ったら陣蘭が戻って来る。

「茶は何がいい?」

「なんでも!」

何でも飲めたり、食べたりできる自分の体質を褒めてやりたい。

何を出されても飲めるし、食べられるのだから。

「ではそうだな…。焙茶ほうじちゃでもどうだ?」

「いただいても?」

「ではその準備を」

ぺこりと順英は頭を下げた。




陣蘭を待っている間借りていたのは、とある恋愛小説。

まるで自分と心旗のような小説で、スイスイ読めた。

「この作者、誰だろう…」

作者が載っている表紙の裏を見ると、蘭 心夏らん しんかと書いてある。

(蘭 心夏先生…?)

見たことがあるような、ないような。

「お待たせ」

「着れた?!」

陣蘭が男物の衣を着ている。

「こちらの方が、動きやすくていいな」

「似合ってる…!」

一つ結びをしてる陣蘭。

「ありがとう。お前のおかげだよ、順英」

にこりと微笑んでくれたあと、順英が読んでいた書物を覗き込む。

「陣蘭?」

「その小説…もしかして、義弟の?」

「え?」

「知らないのか?!義弟おとうとは、小説を趣味で書いていて…」

「そうなんですか?!」

以外だ。そんなのには興味もない、なんて言ってひたすら政務を指定そうな人が小説を。

たぶん、心が付いているので心旗殿下のことだ。

「心旗は普段から、小説を書いている」

「そうだったんですね…。今度、聞いてみよっと」

「しかも男色もの…」

「だっ…?!!」

先ほど含んだ茶がむせて、豪快に咳き込む。

「大丈夫か?」

「大丈夫…だが、心旗が男色ものを?」

信じられないことが多すぎて、情報処理が追いつかない。

「そうだ。別に、おかしいことではないだろう?」

「そう、だが…」

でも信じられない。

心旗が男色ものの小説を書いているところを想像しても、想像できなかった。

(人って隠れているところまで、わからないんだろうな…)

「心旗は俺の影響で…」

「陣蘭兄上の影響?!!」

ますます、信じられなくなってきた。

「最近面白い男色小説がないなって呟いていたら、私が書きますなんて言い出して…。それが売れてしまって…」

「へ、へえ…」

何故かわからないけど、首を横に振る。

「そうだったんだ…。心旗が、男色小説を…」

「そのことは義兄弟、心旗の母上、父上も知っている」

「家族ぐるみで心旗殿下のファン?!!」

ものの見事に文系家族、か。

「残念なのは、武人が一人もいない皇族なことだな…。皆、運動神経というものを生まれる前に天から忘れてしまっているのかというほど、救いようのないくらい運動音痴で…」

またまた、信じられない事実が。

「そ、そうなんだ…」

「そうだ!心旗が呼んでいたぞ?あいつ、最近やたらと一人だからそばにいてあげろ」

「一人…?」

「俺たちとあまり、話したがらないんだ。こんなこと、前代未聞だよ」

「前代未聞…」

そう言えるくらいこの国の皇族の兄弟たちは仲がいいのだ。

(私に、できることを探そう)

「教えてくれてありがとう。また来るよ」

「どういたしまして。床入りでいい話が聞けるよう、俺は君を応援している」

なんだが恥ずかしくて、顔が真っ赤になってしまう。

「あ、ああ…」

「お頑張り」

上品に笑って、うしろを向いて違う部屋に向かった。

陣蘭は、陣蘭。




◆◆◆


もうすぐ皇太子選びが始まる。

そのことを思うと、上手く兄弟たちと話せない。

ほかの兄弟たちはみんな自分を皇太子にしたがっている。

(別に、驚く話でもないが…)

自分の中ではとてつもなく驚いている。

自分は第四王子殿下で、皇太子とは一番遠い存在だと思っていたから。

「心旗様、寒いので中へ入ってください」

「残月か」

「はい」

護衛の残月。

「私が皇太子になったら、お前はどう思う?」

「嬉しいですね。大好きなで優しい人が、この国の皇太子になるんですから。そりゃあ嬉しいに決まっている」

「嬉しい…か…」

「そうですね、嬉しいです」

残月は昔から自分のそばににいてくれる、最古参の侍従。

なのにまだ歳は若い。

初めて自分の護衛をしてくれていたのが十四で、今は三十後半…くらいか。

自分の歳を数えるのが面倒くさくなって、途中でやめてしまう。

「そう言ってくれるのか」

「民たちも、みんなあなたがいいって言っていましたよ?」

「民?」

民の言葉を、残月は聞いたのか先ほどより嬉しそうだ。

「どう言っていたのだ?」

興味本位で、聞いてみることに。

「あなたは最高の皇太子になり、皇帝になるだろう。あなた以外の皇太子は、信じられないって」

「民たちはそんなことを?」

「そうですよ。モテモテなんですから」

嬉しい。

自分なりに、民たちに尽くしてきた。

民たちの喜ぶ顔が見たくて。

「嬉しいな」

「そうですね。皇族しか見られない、最高の光景なんですから」

「そうだな…」

初めて自分が軍の指揮を取って戦に勝ったとき。

初めて、本気で民と話し合ったとき。

初めて民と一緒に共同作業をしたとき。

あのときの光景は、今ではもはやご褒美だ。

頑張りが報われた、って感情が湧き上がるから。

「もう少し、なんだろう…」

「心旗」

「順英?!」

残月と二人でいるとき、男物の衣を着た順英がうしろにいる。




◆◆◆


想いを、話さなくてはならない。

「お話があります、殿下」

「どうした?改まって」

爆速で駆けて来てくれた心旗。

(俺はこの人のためなら、なんだってできる気がする…)

そんな気すらした。





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