第一章 第四王子殿下の妃に?!

道龍とうりゅう国、朝廷ちょうてい

急に解雇が決まってしまった李 順英り じゅんえいは焦りながら、引き継ぎをする。

(引き継ぎと言っても新人だ。これと言ってすることはない。けけど…次のために、この仕事の一覧表でも作っておこうかな…)

この仕事の内容、先輩や上司との関わり方、この場合何をしたら周りの人が助かるのかなど、自分がこれまで少ない期間で学んだことを、全て書こう。

そうすれば、あとに来た人が上司に聞きに行かなくてもわかるので、少しでも時間短縮できるはずだ。

自分ができることはこれくらいしかない。

一個だけ引き継がなければならない仕事があるから、その内容をどうやって次の人に教えるかなどを考えておこう。

(これくらいしか、吏部に貢献できなくてごめんなさい…)

吏部には恩がある。

だから大人しく、引き下がる。

(これで…いいのだろうか?これが本当に私がやりたいことならば、これくらいで引き下がるべきではない…)

「失礼します!」

「あ、はい…!」

気持ちを切り替えよう。

部屋に、誰か来たみたいだ。

「これから吏部でお世話になります。龍 香秀りゅう こうしゅうと申します」

「龍さん…!よろしくね。でも残念ながら、私はもう少し先でいなくなってしまうけれど…」

「えっ…?」

「解雇だよ」

「あっ…。すみません!考えが至らずっ!」

「そんなことない。むしろ、申し訳ないよ。吏部に来てから初めて会った人が、もう少しで解雇される人だなんて」

「そんなことないです!」

「ありがとう。今日はもう少しで仕事が終わる。明日だけ私はいるから、その間に吏部の仕事を一通り覚えよう。あ、あと私の前では堅苦しい礼儀作法はいらないから」

「ありがとうございます!それでは、失礼させていただきます!」

新人はぺこりと大きく頭を下げて、吏部の部屋を出ていく。

(よくできた新人だ…)

この人で良かったと思っている。

この人ならば、吏部の新しい希望となってくれるだろう。

(新しく来る人がこの人でよかった…)

仕事も教えればすぐにできそうだし、問題ないと思う。

(新しいところでも頑張ろう…)

初恋の人の嫁だなんて、とても緊張する。

(鏡殿下…。あなたのところに行けるなんて、幸せです…)

「入るぞ」

「どうぞ」

幸せを噛み締めていた途端、誰かが入ってくる。

(誰だ…?)

「俺をお忘れですか?」

「あっ…」

その場にいたのは懐かしい人。

領翠りょうすい?!」

順英が初めて得た部下の一人。

それともう一人、領翠の隣に誰か立っている。

(もしかして…?!)

「お久しぶりでございます。三烈さんれつにございます」

「三烈まで…!どうした?!二人とも…」

二人は今まで地方にて経験を積んでいたはず。

なのにどうして、今帰っていたのだろうか。

優秀すぎる二人をいっぺんに中央に帰らせるほどの、事件が起きたとか…?

「外では話せません。中で話しても?」

「ああ、もちろんだ」

「ありがとうございます」

代表して領翠が言う。

二人を部屋に通すと、自分の仕事の少なさに二人は驚いた。

「これだけ…ですか?吏部なのに…?」

「仕事をもらえるだけありがたい。優秀すぎる二人は私を追い越すのも時間の問題」

一年で正六品しょうろっぽんの位を授けられただけ、ありがたい方だ。

ありがたいというより、自分の中ではとてつもなく出世した気分。

けれどそれだけではだめなのだろう。

もっと上を目指すのが、官吏かんりの世界。

「そんなことありません、私なんてまだまだ。あなた様の補佐が完璧にできるようになるまで、地方で鍛えてもらいます」

「…解雇が決まって…」

「知っています。だから来たんです」

「どういうこと…?」

もしかしてこの二人とも、自分のところに…?!

だとしたら、絶対に止めるべきだ。

いくら自分が鏡殿下が好きでも、この二人は朝廷に置いておくべき貴重な人材だから。

「やめてくれ。私が殿下と朝廷を繋ぐ役目をするのならば、君たちにとっては出世だ。だけれど、私がこれから鏡殿下のところですることは鏡殿下の妃、それだけ…。君たちの出世には何も役立たないようなこと…」

この事実を正直に伝えると、二人は順英を見つめてきた。

「な、なんだ?」

「あなたは私たちがそんなに出世だけしたそうに見えます?」

「そうだろう?だって、官吏の世界はそういう世界なんだから」

「違います」

その考えをまずは領翠にそれをあっさりと捨てられ、次は三烈にあっさりと捨てられる。

どう返せば…。

返事を考えていると、順英が三烈に言葉を変える前に三烈が続けた。

「僕は出世なんてしたくない。欲を言えば、ずっとあなたのそばにいたいです。あなたに何があろうと…。あなたは僕を、本当の僕にしてしまう。ありのままを魅せられる、唯一の人なんです。あなたとずっと、共にいたい。あなたと共にいられるのであれば、出世なんてどうでもいい」

「…三烈?」

「私も、三烈と同意見です」

「領翠まで…」

戸惑っていると、二人が膝をついてきた。

『どうか私たちを、おそばに置いてください!』

二人して同時に、こんなことを言う。

(私にはもったいないほど優秀な部下。だけどこんなに必死な二人を離すわけにはいかない…!)

「二人とも、立ちなさい」

『はい』

二人はまた同時に立つ。

「後悔しないか?私に、仕えること」

「後悔なんてしません。三烈も、私も」

「そうです。領翠は元武官だったので腕も立ちますし、あなたを守れます。僕は外部との交渉が得意。二人して、何かと役に立つのでは?」

「二人とも、私で本当にいいと…?」

「はい。何回も言っています。がいいって」

「…三烈」

こんなに優しくて優秀な部下を、かん吏部侍郎から頂いていたんだ。

本当に、感謝しかない。

「俺も、…仕えるのであればあなたがいい」

「領翠まで…」

自分は何もしていない。

そのはずなのに。

「ありがとう。二人とも。…三人で話したいことがあるから、少しだけ私の部屋に来てもらってもいいか?」

「もちろんです。私も領翠も、暇ですし」

領翠は色々と副業を掛け持ちしているので暇ではないと思うが。

「そ、そうか!ありがとう!」

困った領翠を見ながら、申し訳なく思う。

(もし副業の期限が間に合わなかったら、私が手伝うからな…!責任を持って…!)

領翠の副業は女性の持ち物に刺繍ししゅうをいれるという、少し特殊な副業。

しかし、領翠は美男子なのでかなり人気もあるらしい。

それから朝廷には内緒で城下町の子どもに、有料で塾を開き、武芸も教えているのだとか。

あと一つの副業は、文人としての活動である詩を書くこと。

多才すぎる領翠にこれを聞いたときは人生で一番驚いた。

(どれも私が手伝えることでよかった…!)

実は順英の趣味は刺繍だ。

なのでときどき、領翠を手伝える。

「はい。私も暇なのでいつでもお呼びください」

「あ、ありがとう…」

あれ?変だ。

こんなに副業しているのに、暇なわけがない。

嘘をついて、自分を心配させないようにしているのかと思いきや、そうでもない。

表情がいつもと同じだ。

これは、あとから聞いてみたほうがいいのかも。




三人での会議が終わったとき、こっそりと領翠に副業のことを聞いてみた。

(迷惑かな…)

だけど心配なので聞いてみよう。

変わりがなかったら、笑って誤魔化せばいい。

「あ、あの…領翠」

「はい。なんです?」

「そのお…副業は、忙しくないか…?私のせいで…副業をする時間がなくなった。私は刺繍も詩もできる…。なので、少しでも手伝えたら…なんて」

最後の部分は誤魔化しの笑いが出てしまう。

自分で言っておいて何だが、恥ずかしすぎる。

存外自分は恥ずかしがり屋なのかもしれないと、今更気づいた。

「大丈夫ですよ。全部やめたんで」

「…はあ?!!」

あまりの衝撃に、本音が飛び出る。

「す、すまない!つい…驚いて…」

「いえ。構いません。本当にやめたんです」

「もしかして副業を続けられないほどの何かが、地方であったのか?」

「いいえ。地方での仕事はいい経験になりました。上司の方もいい方でしたし…。実習も、全て上手く達成できましたので問題ありません」

「では何が問題なんだ…?もしかして地方にいる間、副業ができなくなるくらいの怪我をしてしまったとかか?!」

「それもしていません。皆さん私に気を使って、怪我をするような仕事は一切くださりませんでしたから…」

当たり前だ。

未来ある官吏かんりを自分の州で潰してしまと、自分の評判が悪くなって出世できなくなってしまう。

「そうだな。みんな、君に気を使っていたのだろう。君には輝かしい未来がある。だからみんな、君に気を遣っていたのだと思うよ?」

「輝かしい未来が…。そうですか…。…でも、ありました。皆さんが気を使ってくださったおかげで、私は順英様にこうして仕えられるのですから。そのときの皆さんに、感謝しなければ…」

「そうだ」

ふふっと順英は微笑む。

領翠はどうか、このままでいてほしい。

優しい領翠のままで、どうか。




◆◆◆


「殿下!」

「何かあったのか?」

来週には順英との婚礼の儀式がある。

まさか、その準備で何かあったのか?

もしそうだといけないと思い、珍しく早足で侍従の元に行く。

「順英様が、明後日にはこちらに着くと。けれど一つだけ問題が…」

「何だ?」

「順英様は宿賃を抑えるために、あえて益酷えきこくを通られると…」

「益酷だと?!いくら宿賃を抑えるとはいえ、危険すぎるっ!」

「私もふみでそう言いました。なのに、大丈夫。腕の立つ護衛が付いているゆえ、心配するなと…」

「そうか…」

あの順英のことだ。

民のことを考えてだろう。

けれど険しい坂道も州が属する益酷には多い。

どうか、気をつけて。

そう願うことしかできない。






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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

これは甘々な中華BLになっております。

甘々BLが好きな方、最後まで読んでいただけたら嬉しいです!


                  玉人(ぎょくじん)


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