3。~氷のぬくもり(2)

 ここは…古代遺跡キーン……。

 わたしのねぐらだよ……。


 六年前……。


 ガキン……。


 シヴァが魔法でつくった、氷の刃が…たたかっていた相手の喉をとらえた……。

「くっ……」

「ここまでだね…。あなたの…負けだよ……。ここから逃げてもいいから…帰るんだね……。わたしは何も…殺生は好まないから……」

「くっ……」

 シヴァへと挑んできた者は……とうそうしていった……。


 わたしは、召喚獣シヴァ。

 こう言ってはなんだけど…わたしは強い…と思いたい……。

 そう思いたいと言うのには、ちゃんとわけがあって…。

 たたかいに関しての能力が高くても…精神的には、まだまだで……。

 だから…わたしは強い…と…思いたい……。

 わたしの命を狙っても…次から次に、いろんなヒト達が……ここに、やってくるから……。


 ザク……。


 ほら…また一人……そのヒトが、どういう理由で、ここに来たかはわからないけど…ここにやってきたヒトがいる……。

 そのヒトの…足音が……。


「ここだな……召喚獣シヴァが…いるところは……」

 古代遺跡キーンの前で、一人の青年が言った…。

「雪は降ってはいるけれど…ここまで…そこまでの苦労はしなくて来ることができて、よかったな……」

 同じとき…今し方…たたかい終えたばかりのシヴァが、自分の呼吸をととのえていた……。

「フンフン……。わたし…たたかった…たたかったよ……」

 と、そこに…

「たのもー」

 先ほどの足音の青年が、やってきた……。

「……やっぱり来た……。わたしは耳は、いいほうだから……」

「そうか……。キミが…召喚獣シヴァかい?」

「そうだよ。わたしがシヴァだよ……。何? また新たな刺客なの?」

「刺客? 何の事かな……。オレはバロン。見ての通り、召喚士だけど……」

 青年ーーバロンは言った。

「バロン……」

 シヴァは言った。

「シヴァ…キミと今すぐにでも一戦交えたいけど…タイミングが、わるかったかな…ははは……。疲れているところに…わるかったな……」

「そうだよ……。わたしは見ての通り……今し方、たたかい終えたばかりなんだから……。今日はもう、わたし……たたかう気はないから……」

「そうか……。わかったよ。そしたら…しばらくキミの回復を待つために、ここで野宿をしたいんだけど…ここの前で、テントをはらせてもらっても、いいかな……?」


 最初はバロンの事を…新たな刺客か、とも思っていたけど……。

 バロンと接していくうちに……バロンは物腰も低くて…わるいヒトではないのかも…と思いだして……


「好きにしたら……」


 わたしもバロンに興味を持ちだしていった……。


「ありがとう、シヴァ。では、さっそく……。あ、そういえば、そのうさ耳……かわいいな……」

「え」


 ぼふん。


「何あかくなっているんだ……?」

 バロンは言った。

「いきなり何を言っているんだよ、このヒトは……ヒトの耳を…みてから……。この顔は……しもやけ、だよ……」

「……そうか……わるい……へんなことを言って……」


 そこに、あるとき…その男は、やってきた……。


 それから…数週間後……。


「何? まだいたんだ……」

 古代遺跡キーンの前まで、さんぽにきたシヴァが、バロンに言った…。

「まあな……」

 バロンはこたえた。

「……わたしは、わたしに強制的にたたかいを挑んでこない限りは…気が向いたときにしか、たたかわないから……」

「ああ…わかっているよ……」

「そ、ならいいけど……」

 一呼吸の間のあと…バロンは言った……。

「オレは…キミとなかまになりたいんだ……。オレだって、無理に自分の都合を押しつけて、キミ達召喚獣に、なかまになってもらう気は…ないから……」

「そうなんだ……」

「ああ……」


 わたしのねぐらの前で…しばらくテントをはって野宿をしていたバロンは…いつも何か考え事をしていて……難しい顔をしていた……。


 バロンとシヴァが、ふたりで古代遺跡キーンの周りをさんぽしていたときの事……。

 シヴァは。バロンに言った……。

「バロン……いつも眉間にしわをよせて、こわそうにしているから、こわいのかな…と、思っていたけど……話してみると…やさしかった……」

「そうか……」

 シヴァにそう言われて…バロンは照れて笑った。

「うん…」

 シヴァは…そんな、照れ笑いをしているバロンをみて言った…。

「あなた…笑うと…かわいいんだね……」

「え……」

 バロンが言った。

「何あかくなっているんだよ?」

 シヴァが、バロンに言った……。

「しもやけだよ……」

 バロンは言った……。

「そう……。バロンは笑ったほうが…いいと思うよ……」

「そうか……。頭に留めておくよ……」

「うん……。ねえ、バロン……」

「なんだい?」

「バロンはいつも…何を考えているの?」

「いろいろと考えてはいるけど……今は…キミの事を……」

「え……」

「何あかくなっているんだよ……?」

「しもやけだよ……」

「そうか……」

「うん……」

「……」

 と、そこに…

「おこんにちは」

 アマンがやってきた。

「あ、アマンさん……こんにちは」

「どうも……」

 シヴァにつづいて、バロンもアマンにあいさつをした。

 アマンはふたりに言った。

「近くまで来たから…あんまんを持ってきたんだけど……アマンだけに、あんまんってね……。バロンさん…あんたの分もあるから……あんた達、甘いの好きだろ」

「あ…オレの分まで…ありがとうございます、アマンさん……」

「ありがとうございます」

 シヴァは言った……。

 そんなふたりにアマンは…いいってことよ、と言った……。


 古代遺跡キーンの前で…しばらく野宿をしていて、滞在中のバロンの事は、アマンの耳にだけではなくて…カカン村の村中のひとの耳にも…話がまわっていた……。


「だけど……オジャマだったかな……」

 アマンは言った…。

「そんなことないよ…。バロンとは…そういうんじゃ……」

 シヴァがあわてながら言った……。

「……そうか……」

 バロンは…シヴァのその言葉に、少し元気なく言った……。

「バロンさんは意味深みたいだけど……」

 そんなバロンをみて、アマンが言った……。

「え…そうなの……? バロン……」 

「……」

 バロンは…自分の頬を人差し指で、かいた……。

 そんなバロンをみて…シヴァは言った……。

「バロンはよく「そうか」…って言うから…てっきり今の「そうか」…も……相づちだけの意味かと……」

「……」

「……」

「ほっほっほっほっ、そうかい。それじゃあ私はそろそろ…おいとまするかね……」

 ほっほっほっほっ…と、アマンは…ほほえみながら、村に戻っていった……。

「あんまん、ありがとう、アマンさん」

「ありがとうございます」

 アマンは軽く手を振って、ふたりのもとをあとにした……。

 あとには、バロンとシヴァのふたりだけ……。

「……バロン……」

「……シヴァ……」

「……」


 バロンは一見こわそうに見えたけど……話してみると違っていて……やさしかったんだ……。


 バロンとの、そんな日々が続いたとき……わたしのねぐらに…また新たな刺客が…現れた……。


「今度は誰だよ?」

「おまえには、名乗るまでもないが…オレの名はキキル。だけど…名乗ったからって勘違いするなよ? オレは何も…おまえを仲間にむかえたいんじゃない……。オレ自身の名声の為に…おまえを倒したいのさ……」

「そうなんだ……」

「……」

 バロンは、真剣な表情で二人のやりとりを見ていた……。

「ああ…おまえの命を…奪うって事さ……」

「ム……」

 シヴァは言った……。

「シヴァ……」

 そのようすを見ていたバロンは…心配そうに…シヴァをみていた……。

「バロンは手をださないで。このたたかいは…わたしが挑まれた事なんだから……」

「ああ…わかったよ……シヴァがそう言うなら……。だけど、いざという時には…キミの命に危険が及ぶような事になったりした時には…オレも動くから……」

「……わかったよ……。ありがとう…バロン……」

「おい、そこのおまえ」

「なんだ?」

「その身なり…見たところ、おまえは召喚士だろ……」

「そうだが? 名をバロンと言う…。あんたはキキルだな……」

「ああ…バロン……。残念だったな…シヴァを失う事になって……」

「……」

「バロン、こいつの命が危険になった時にではなく、今召喚獣を出してこい。その召喚獣もろとも…まとめてオレが、命を奪ってやる」

「あなた、ヒトの話を聞いているの!? このヒトは、このたたかいには、参加しないんだよ!」

「だったら後で、まとめて始末してやるか……いくぞ!」


 そして…バロンがわたしの横でみてくれている中で……たたかいが、はじまった……ーー。


「フンフンフンフン」

「ゼゼゼゼエ」

「……ここまでだな……」

 息をととのえている二人をみながら……バロンは言った……。

 そしてバロンは…これまでの状況も含めて…シヴァとキキルの二人の今の状態も…分析しだした……。

「互いの力の差は、五分と五分と言ったところだったが…剣術だけで…魔法使いである召喚獣に、まともに張り合う事が出来るとは…大したものだ……。だが、この勝負…シヴァの勝ち、だな……。シヴァにはまだ魔法もあり、余力があるが…キキルの体力は…限界みたいだからな……」

「くっ、バロン……冷静に状況を分析してるんじゃねぇ。シヴァ……必ずおまえを…亡き者にしてやる……」

「っ」


 これまでも…わたしに殺気を向けてくる相手と…その中でたたかっているときもあったけど……。わたしに殺気を向けてくる事には…わたしは…いつまでたっても慣れる事はできずに…。そういうたたかいの中で、精神状態もたるませる事もなく…気を引き締めて、たたかう相手と向き合っていたとしても……わたしに殺気を向けられている事には……怖かった……。


「くっ」

 キキルは、とうそうした……。

「……。シヴァ……逃がしてよかったのか……?」

「バロン……」

「シヴァ……震えているのか……」

 バロンがシヴァに…心配そうにきいた……。

「逃げてもらっても、いいんだよ……。わたしは殺生は好まないから……」

「そうか……」

 バロンは言った……。

「だけど、わたし…たたかう事は、イヤではないけど……怖かったんだよ……。わたしに殺気を向けられてくる事が……」

「シヴァ……」

「……だけどバロン…よかったの?」

「何が?」

「今のあの男に名乗って……。わたしと一緒にいるところで…あなたも命が狙われたりしたら……」

「ああ…そうだな……。だけど、問題ないよ……」

「どうして……?」

「オレはシヴァとなかまになりいたいんだから……。シヴァには、今現在、命の危険がある日常生活を送っているのに…それなのに、自分だけ安全なラインでぬくぬくとしているわけには…いかないと、オレの場合は…そう思うからな……」

「そう……」

「ああ。キミが危険な時には…オレも何かその状況を打開する手がないかどうかを…一緒に考えて動くから……」

「……ありがとう、バロン……」

 シヴァは少し、ほほえんだ……。

「だけどシヴァ…このままだと、本当に今の男…キミに対して何かをしてくるかもしれないぞ……。オレもみていて、あの男からは…鬼気迫るものを…感じたからな……。今の男には失礼かもしれないけど…寝込みを襲ってきたりとか……」

「……。いつもこうなんだよ……。召喚獣で生まれたからかな……わたしはいつも…安心して生きていく事ができなくて……。どうしたらいいんだろう…この日常……」

「……」

「……」

「オレと一緒にくるか?」

「え……」

「オレも旅の目的があって…その途中だけど……。シヴァが一つ所に留まっているから…シヴァの居場所もわかって…そのキミの力が求められ…最悪、その命までもが…狙われてくる……」

「うん…そうだね…….。わたしもそう思うよ……」

「オレも…ここ数週間、キミの事をみていて思ったよ……。だから…オレと一緒に旅にでて、移動していっていたら…少なくとも…特定の居場所には…いる事はない…。だから…今よりかは…狙われる機会が少なくなるかもしれない……。シヴァがひとりでいる、今よりかは…少しは……。まぁ、ここから旅立ったとしても……たたかいの日々には…変わりはないだろうけどな……」

「そうだね……。バロンと一緒に旅にでる、か……。たのしそうだなー…バロンといつも一緒に冒険かー……。ありがとう、バロン……旅にさそってくれて……。うれしいよ……。……だけどわたし……やっぱりここからは…離れたくはなくって……。アマンさんや…カカンの村のヒト達もいるから……。そう簡単には…離れたくないよ……だから……。それに…本当にそうなるかどうかもわからないのに……」

「……そうか……そうだな……。だけど…何かあってからでは…な……」

「そうだね……。だけど……ごめんね、バロン……」

「…いや…オレのほうこそ、わるかった……。自分の旅の事を優先させていたからな……。すまない、シヴァ……」

「ううん……」

「オレも、ここにいるよ」

「え」

「オレもシヴァのそばにいるから……」

「……だけど…旅の目的がって……」

「その事なら、気にしなくていいよ。旅の目的は…召喚獣達となかまに、だから……。ここで、ひとりの……シヴァが困っているのに…その事を放り出して自分の事を優先させていたら……オレは本当に召喚獣となかまになりたいのかって……」

「……」

「オレは…シヴァの力になりたい……。だけど…オレ自身…責任感が…なかったときも…昔はあったから……」

「責任感って……?」

「ああ……。事に関しても…ひとに対しても……オレは何かあると、すぐにその事から…離れていっていたんだ……。だけど…その事で…ひとだったりを…いろいろと見てきて……よくなかったな…と…思って……。それで…責任感のある男に…って……今に至るんだけど……。だけど…実際問題…ここからシヴァを連れだしり…オレがここにいたとしても……内心…正直不安もあって……。途中でシヴァを、放りだすんじゃないかって……オレに…シヴァと一緒にいる事が…できるのかってな……。だけど…シヴァを守りたい……。その気持ちは…ウソじゃないから……。だからここにいるよ……」

「バロン……」

「オレは暑がりだからな…寒いのは、大丈夫だから……。いいかな…シヴァ……シヴァのそばにいても……」

「バロン……。うん……ありがとう、バロン……」

 シヴァは笑った。


 だけど…それでもやっぱり、わたしは……。


 だからわたしはバロンと一緒に…旅にでる事にしたんだよ……。

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