2-5

 多分一ゲーマーとしても、あの言葉は胸に刺さったのだろう。

 通常のモードではスコール1になれた彼を、サバイバルモードの続きでも――と考えた俺は少しばかりそんな自分を笑ってしまう。

 年を重ねたが故の洞察力か?

 それとも、長い歴史が積み上げたマニュアルか?

 投げられたボールは完璧とも言えるレベルのど真ん中のストライク。

 これに文句を付けろという方が無理である。

 ただ、それで「よっしゃ、いっちょスコール1になって世界を救ってやるか」と気楽に言える難易度ではないのがこの世界。

 覚悟を決めるだけの要素も拾えず、流されるままにこうなった。


(わかってはいるんだよ。戦わなきゃならないことは)


 勝敗が決まるまで戦いは終わらない。

 この牢獄から抜け出すには勝たなくてはならない。

 だがそれで元の世界に帰ることができるのか、と問われればそこも不明である。

 他の英霊たちは元の世界へと帰される。

 元々が魂だけの存在であるが故に、その後どうなるかはよくわからないが、死んでいない可能性のある俺はどうなるのか?

 そこもわかっていないのだから「勝ったとしても戻れない」という可能性も考えなくてはならない。


(結局、自分がどうしたいか、になるんだよな)


 どれだけうだうだと考えてもここに辿り着く。

 だから強がりでも俺はこう言うと決めた。


「いっちょ救ってやりますか、世界」


 スコール1ならばどうしただろうか?

 彼に憎しみを捨てることができるとは思えない。

 それほどまでに彼の憎悪は深い。

 何よりも元の世界に戻ることをこだわったのではないだろうか?

 ならば、これはロールプレイとしては失格なのかもしれない。

 それでも、彼がなろうとした「スコール1」を俺は追ってもいいと思った。




 さて、世界を救うと決めたところで何かが変わるわけでもない。

 やることはいつもと変わらず訓練と情報収集。

 端末の使い方にもすっかり慣れたので、欲しい情報は割とすぐに手に入る。

 また、疑問点などがあればそれを送れば返事も来る。

 お陰で色々なことがわかった。

 まず最初に俺が規定領域外として扱われているのは「シールドを突破できる攻撃力」という点が大きいとの回答があった。

 こちらにもシールド技術は存在しており、それを突破できる純物理攻撃ともなれば少なくとも計測器で四千以上は確実である、との見通しであり、戦場の記憶の映像から予想されるその他の攻撃を加味しても、規定外領域へと到達しているという判断なのだそうだ。

 プレイヤーは使えない最終決戦兵装なので実際の攻撃力は不明だが、そういうことになっているようだ。

 攻撃力三万越えの武装なら幾つか存在するので、グングニルは無理でも他で達成は可能なので問題はないだろう。

 ちなみに本当の最大記録は何と一万二千弱。

 二位の五千台とはダブルスコアという突出した攻撃力の英霊が存在している。

 彼は唯一残った第一期の英霊であり、戦う時以外はずっと眠っているという。

 長く生き続けることはできても精神はもたない。

 故にこのような処置を取るしか道はなく、本人もこれを了承しているとのことである。

 そうなると第二期が気になるのだが……こちらは残念ながら全滅している。

 第三期も残り三人しかおらず、第四期も八人しかいない。

 第五期に至ってはたったの二人。

 初回の戦場で三期と五期の合同が四十万以上のデペスを撃破していたようだが、そのうちの一人が三十七万として、残った人数はたったの四人。

 その中に規定外領域の英雄がいるのはほぼ確実だが……戦果を見た場合、第八期と比較すると一人当たりの撃破数は一万以上はある計算になる。

「残っただけあって歴戦の英雄か」と戦闘経験の差を数値で感じ、彼らとは極力友好的に接しようと心に決める。


(それにしても、一気に閲覧できる情報が増えたな)


 規定外領域と正式に認定されたからか、見れる情報やできることがいきなり増えた。

 表向きは他の英霊と同じ扱いだが、与えられる情報や権限は別物のようだ。

 エデンに要請可能な事項一覧なんかもあった。

 また他の英霊に関する情報も閲覧でき、エデンの知る限りではあるが、その人物の背景まで見ることができるというのだから、俺の情報がどうなっているのか怖くて見れない。

「本当に特別扱いなんだな」とベッドに座って端末の電源を待機状態にする。

 眠いわけではないが、そのままベッドに倒れる。

 エデンの要請可能事項の中には女性職員を部屋に呼ぶこともできるとあった。

 あの女医が言っていたことは、ここで働く女性全員に言えることだったのだ。

 なお、男も呼べる。

 エデン職員の覚悟を見た気分である。


(いや、女性の英霊もいるわけだから、そっち向けという可能性も?)


 しかし国が変われば文化も変わるように、世界が変われば価値観や貞操観念も異なるだろう。

 どちらの可能性も十分に考えられる。

 やはりエデンの職員になるには覚悟がいるようだ。

 取り敢えずポイントがない俺は何もできないので、取り出したレーションをボリボリと齧る。

 体を起こしてバニラ味を堪能しているところに来訪者を告げる音が鳴った。

 端末を使って扉前のカメラを起動し、来客が誰かを確認する。

 壁に設置されたモニターに映るのはレイメルだった。

 何の用かと思ったが、思い当たる節が一つあった。

 扉を開け、レイメルと軽く挨拶を交わした後、彼女は単刀直入にこう言った。


「私にも使える武器を貸してもらえませんか?」


 予想通りの用件に俺は訓練場に行くことを提案する。

 それを喜んで承諾するレイメルだが、恐らく上手くはいかないだろう。

 



 予想通りとは言えば予想通り。

 レイメルは銃のリロードに手間取った。

 何せ俺が見えないのだ。

 となれば、俺が出す武器もまた見えない……かと思ったが、大まかではあるが形はわかるらしい。

 俺自身の姿は見えないが、気配の察知には慣れたらしく「どこにいるか」は完璧に把握していることを証明してくれた。


「相性はよくないようだな」


 射撃訓練場で今試しているのはアサルトライフル。

 弾倉を外し、俺から受けった弾倉を取り付ける。

 この一連の流れをスムーズに行うことができない。

 一応彼女の手に弾倉を渡すことで多少の時間短縮にはなるが、戦場ではそれが確実にできるわけではない。

 弾倉の取り換え自体は回数を熟せばスムーズになるだろうが、ここだけはレイメル一人の努力でどうにかなるものではないだろう。


「もう少し親身になってくれてもいいのですよ?」


 そう言って頬を膨らませるレイメル。

 可愛いかもしれないが、それで絆される様なキャラではないのでダメです。

 というわけで次の武器を試すことにする。

 一応レイメルに適した武器は存在する。

 だが、それが出て来るのであれば、間違いなく自分で使う。

 その武器とはズバリ「ガトリングガン」である。

 文字通り桁違いの弾数であり、リロード不可の撃ち切り兵器ながら、的確に使えるのであれば長時間の戦闘にも耐えうる高性能武器。

 今はまだ解放されていないが、マシンガンのような連射系武器の上位Tierに存在するガトリングガンならば、レイメルに貸し出しても十分な戦果を期待できるだろう。

 ただ先ほども言った通り、そんなものが出たら自分で使う。

 リロード不可の武器は基本的にどれも強力なのだ。

 ということで次に手渡した武器はショットガン。

 近距離用の武器、ということで難色を示しはしたものの、接近を許した際の緊急時の装備と考えれば有用のはずである。

 俺の説明にはレイメルも「なるほど」と頷く。

 実際に使ってみると使用感も悪くはないようで、保険として持たせるという選択肢も出てきた。

 当然武器枠は一つ潰れてしまうが、幸い新しいバイクでスロットは一つ増えている、

 Tier6ショットガンならばマガジン数は20発。

 それだけの回数緊急時に使用できるのであれば、別行動でも文句を言われる筋合いはないだろう。


「あの小さな乗り物は使えないのですか?」


「あれはエデンのものだからな、デペスの汚染に耐えられない。それに新しいバイクはサイズが違う」


 サイドカーの取り付けは難しいだろう、と言うと露骨にがっかりする。


「では後ろに乗る、というのは?」


「速度が出る。運転は荒い。しがみつくだけでは銃は使えないぞ?」


 二人乗りの場合、弾薬パックの位置も悪いので太ももあたりに手を突っ込むことにもなる。

 その辺りのことを話すとレイメルはしばし考える素振りを見せた後、自分のご立派な胸を持ち上げ「押し付けた方がよろしいでしょうか?」と尋ねる。

 冗談で言っているのがわかっているので、片手で銃のリロードができるようになるまで練習する気があるかどうか逆に質問してやった。


「意地悪な方ですね」


「戦う手段を求めているのではなかったのか?」


 そう言うとレイメルはまた考える素振りを見せる。


「あるに越したことはないでしょう。ですが、私が欲しいのは生きてこの世界を見届ける手段」


 目隠しをしているので見えないが、多分こういう時は遠い目をしているのだろう。

 レイメルはゆっくりと語り始める。

 自分の目的を、そこに至るまでの物語が彼女がここにいる全てである、とレイメルは語り終える。


「私はこの人類が一つにまとまることができた世界では、本当に人は人間同士で争うことがないのかを知りたいだけです。そのために生き残る。そのために居続ける」


「そのための戦果ポイントか」


 俺の言葉にレイメルは頷く。

 デペスとの戦いでその力を必要とする時以外、眠り続けることを選択した英霊だって存在する。

 ポイント次第ではレイメルのその願いは叶えることは不可能ではないはずだ。

 ただ、それを彼女は知っているのか?

 恐らくは知らない。

 だが彼女は自らの願いを叶えるためにその手段へと至った。


(必要と判断すれば俺の立場で得た情報は他者に開示できるが……)


 そうするような仲でもなければ、それが必要であるとも思えない。

 それが俺と彼女の関係であり「少しは手を貸しても良い」と思える程度のものである。


(それに、アリスならば彼女の目的を聞けば協力しそうではある。エデンとしても現状戦力としては不十分なレイメルにこだわる理由はない)


 この世界の結末を見届けたい――その願いを聞き届けたエデンの選択は、今後召喚される英霊たちにも良いイメージを与えるはずだ。

 ならば、彼女の願いは恐らく聞き入れられる。

 下手に俺が手を貸すことは、彼女の願いを遠ざける可能性も考えられる。

 だから俺ができるのはこれくらいが限界だろう。

 武器は貸し出す。

 但し、弾薬は装填済みのもののみであり、必要とあればこちらで武器を出すのでいつ消えるかはその時次第。

「それでもいいか?」とレイメルに聞くと彼女は静かに頷いた。

 後は彼女次第である。

 せめて同期の人間として、彼女の願いが叶うことを祈るくらいはしてやろう。

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