第16話 地下開戦、黒喰吼ゆ

 地を踏みしめ数歩を進めると、ついにディライトと正面から向き合う。

 室内に傘を広げ、片手はポケットへ。奇矯な佇まいの男と、漆黒の銃を正中に構え、一寸の隙も与えぬ男。

 対照的な二人の姿は、場に一触即発の緊張を走らせた。


 それでもなお、スティレオが口を開いたのは――戦局を優位に進めるためではない。

 ただ己の知的好奇心を満たすため。

 先ほど、五本同時に撃てるはずの『水ノ噴流』を、あえて一本に留めたのもそのためだった。


「質問、というよりは推察が当たっているか答えが欲しい。君の魔術とその黒い銃器についてだが――」

「なんだ。俺らが持ってた【変幻自在の雫魔道具】の話じゃないの」

「魔道具? ……あぁ、"魔匠連番シリーズ"のことか。〈冒極〉の支部長が持っているのだろう?」

「まあね。ってか、"魔匠連番"って言ってんだ。いいね、気に入った」


 スティレオが口にした魔匠連番という言葉。

 それは、魔匠によって生み出された四十九点の魔道具が国中へと散らばった、今回の大騒動を象徴するにふさわしい響きを持っていた。

 ディライトは深く頷き、その表現に納得を示す。

 

 ディライトの関心など意に介さず、スティレオは淡々と、なおも言葉を紡いでいくのだった。

 

「先の戦闘で使っていなかったことから見るに、【変幻自在の雫アレ】は戦闘面では役立たずのはずだ。君を殺せれば、実力の劣る支部長は殺せるも同然だろうよ」

「しっかり視てんじゃん。ま、その考えは実質正解かな」


 先の町中で、戦闘の最中にディライトが感じ取ったあの視線――やはり、その正体はスティレオであった。

 観戦を通じ、スティレオはケインの力量がディライトに及ばぬと判断したのだろう。ゆえに、もしディライトを制することができれば、あらゆる策が成就すると踏んだに違いない。


 極論めいてはいるが、その見立ては決して的外れではない。万が一、スティレオに討たれるようなことがあれば、すでに第一線を退いたケインでは、後を引き受けるには荷が重すぎる。

 だからこそ、ディライトも否応なく、その意見には一理あると認めざるをえなかった。

 

「では、この考えにもをいただきたいのだが――」


 スティレオの言葉が途切れると同時に、五体の魔法生物が一斉に蠢いた。


 先の戦いで床も壁も、人の身体さえ容赦なく切り裂いた『水ノ噴流』が、今度は全て放たれようとしていた。


「あらゆる物体を跳ね返す攻防一体の術式――それが君の持っている魔術だろう?」

「どうだか」

「しらばっくれたい気持ちは分かるが、既に調べはついているぞ。魔力が介在した途端に、術式それ自体が無用の賜物になるということも」

「たまにいるよねー、答え分かってんのに聞いてくる奴。あれ何なんだろね」

『そういうヤツはなァ、自己顕示欲が強いって相場が決まってんだよ。知らねーけどよォ』

「確かに。知らんけど」


 一人と一丁が、声を上げてゲラゲラと笑った。

 明らかな馬鹿にした態度に、スティレオは大きくため息を吐くと、ディライトが握っている銃器を指し示した。


「状況がわからん訳でもあるまいに……続きだが、その魔道具が君の弱点を補う鍵だ。魔法を吸収し、充填、発射する――さしも魔銃といったところか」

『もしかして、オレサマ褒められてる?』

「だが、見たところ――その機能は引き金を引いた数に準拠しているな。正確な照準が必要な以上、一度の対象数には限度がある、違うかね?」

『……ン?』


 銃身からちょこんと黒い手を伸ばし、両手を広げて「理解不能」と訴えるグレッグ。

 その姿に苦笑を浮かべつつ、ディライトがスティレオの言葉をわかりやすく言い換えるのだった。

 

「一発ずつしか魔法は分捕れないよね。じゃあ、魔法がいっぱい来たら防ぎきれないよね。お前無能じゃん、って」

『テメェ良い度胸だな! ぶっ殺すぞォ!!』

「拡大解釈が過ぎるが……概ね、そういうことだな――さて」


 スティレオの低い呟きとともに、その眼差しの色が鋭く変わった。

 一瞬にして場の空気は張りつめ、もはや穏便に事を運ぶ気など微塵も感じられない。

 憤りに身を震わせるグレッグを押さえつけながら、ディライトは正面からその敵意に満ちた視線を受け止めた。


「どうする? 私は――り合っても構わんが?」

「ハッ」


 どこかで聞き覚えのある台詞に、ディライトは鼻で笑った。

 確かに、スティレオの論は的を射ている。魔力で構成された水線を、魔術で防ぐことなど不可能。【黒喰ノ銃】で受け止められるとしても、その限界は明らかだ。あの途轍もない射出速度では、せいぜい二発を吸収できれば上等だろう。

 視線をわずかに落とせば、足元の床は無残にも穴だらけ。ステンドグラス越しの夕陽が室内を照らしていても、その穴の底にはなお闇が口を開けていた。

 それでも――視線を戻し、スティレオを睨み据えるディライトの表情には、絶体絶命の窮地すら挑発に変えるような、不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「じゃ、開戦ってことで」

「残念だ」


 スティレオの言葉を最後に、ディライトはグレッグを上空へと放り投げた。

 その瞬間を合図にしたかのように、背後から5つの魔力反応が膨れ上がる。五体の魔法生物が、一斉に充填した魔力を解き放とうとしていたのだ。

 魔法を発動する前の、ほんの一瞬の“溜め”。

 その隙を逃さず、ディライトは床に魔力を込めた拳を叩きつけた。

 轟音とともに老朽化した床が崩れ落ちる。先の戦闘で刻まれた傷跡に新たな衝撃が重なり、瓦礫はあっけなく崩壊を始めた。

 その中心にいたディライトの身体は、轟音に呑まれるように地下へと落下していく。

 直後、頭上を五本の水線が唸りを上げて通過した。

 わずかに遅れて着弾したそれらは、すでにディライトの姿を捕らえることなく、彼は廃教会の地下へと姿を消していった。


「……こんなものか」


 ランク4との一連の攻防を視界に収め、スティレオは低く呟いた。

 いかに魔匠連番を携えようとも、正面からぶつかれば敗北は必至。だからこそ、廃教会という環境を利用して奇襲に出た――そのはずだった。だが、結果は想像以上に想像以下だ。

 魔法を防ぐ術に限度を持つディライトが、地下へ逃れようとするのは想定の範囲内。ゆえに、逃げ込んだ先に罠を用意していないはずもない。

 ランク4という難敵を前に構えを固めていただけに、あまりの呆気なさにスティレオは拍子抜けすら覚えた。

 空回りした視線が、ふと宙へと投げ出された魔道具――【黒喰ノ銃】へと向く。

 何故、自らの獲物を投げ捨てたのか。理解しがたい行動ではあるが、このまま地に落ちるだけなら好都合だ。持ち主の手元へ戻る前に奪い取れれば、勝利はさらに確実なものとなる。

 そう思考を巡らせ、一歩を踏み出したその瞬間。

 落下しながら乱回転していたグレッグの動きが、ぴたりと止まった。

 銃身から覗く目と小さな手。

 グレッグは――確かに、スティレオを見据えていた。

 

『だから、言ったろうがァ――』


 違和を感じたスティレオが足を止める前よりも早く、銃身から伸びた手が引き金を引いた。


「ぐッ!?」

『オレサマがぶっ殺すってよォ!!』


 左手に握った傘を広げきるよりも早く、銃口から迸った『水ノ噴流』がスティレオの腹部を貫いた。

 鮮血が飛沫となって舞い散る。スティレオは思わず身を屈めるが、視線だけは正面から外さない。

 次弾が来る――その焦りが、なおもスティレオを警戒させていた。


『――弾切れだぜェ〜』


 嘲笑うかのように手をひらひらと振りながら、グレッグは地下へと落ちていった。

 その挑発を見送りつつ、腹部の傷を押さえながら立ち上がるスティレオ。思いもよらぬ反撃に、口端が歪む。


「正直――舐めていた。舐めていたぞ、ディライト・ノヴァライト……!」


 全くの想定外。まさか魔銃そのものが攻撃手段を持っているとは。

 常識的な魔道具の範疇を越えたその挙動に、スティレオは身を震わせるほどの痛みを覚えながらも、確信する。臓器は無事、致命傷ではない。

 彼は懐から【回復の小瓶ライフ・ポーション】を取り出し、一息に呷った。

 傷が癒えるのは時間の問題。ならば今為すべきは、癒えるまで身を伏せることではない。いち早く障害を取り除き、主導権を取り戻すことだ。

 だが一手の反撃で、地下へ追い込んだという心理的優位は揺らいだ。

 用意した罠が破られるのでは――そんな猜疑が胸中を覆う。

 それでも、賽はすでに投げられたのだ。

 後は、自身の行動を証明するのみ。

 五体の魔法生物に照準を維持させたまま、スティレオはディライトが穿った穴の縁へと歩みを進めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る