第30話:『管理野球(システム)』と『自由な一打(フリー・スイング)』

翌日の正午。

王国軍の演習場には、張り詰めた緊張感が漂っていた。

「……始めろ」

レオナ少佐の冷徹な号令と共に、俺たち『ピジョンズ』の目の前に立ちはだかる『第三騎士団精鋭小隊』が動いた。

彼らに個人の顔はない。

全員が同じ規格の鎧、同じ長さの槍、そして巨大な盾を構え、一糸乱れぬ統率で『鉄壁』を形成している。

「へっ、数が多いだけだろ! ぶち抜いてやるぜ!」

ガルムが獰猛(どうもう)に笑い、トップバランスに調整された凶悪な斧を振りかぶり、突っ込んだ。

Aランクモンスターすら粉砕する、剛速球の一撃(フルスイング)。

だが。

「衝撃分散(ディフュージョン)!」

兵士の一人が叫ぶと同時に、前衛の数名が盾をガシャン! と連結させた。

個ではなく『面』として、ガルムの一撃を受け止める。

ズガンッ!

「あぁっ!?」

ガルムの斧が弾かれた。

兵士たちは数センチ後退しただけで、陣形は崩れない。ダメージが瞬時に部隊全体へ分散されたのだ。

「リゼッタ、攪乱(かくらん)だ!」

「はいっ!」

リゼッタが自慢の『足』で側面に回り込もうとする。

だが、兵士たちは個別に反応しない。

まるで一つの生き物のように、エリアごとに網を張るように槍を突き出し、リゼッタの進路を物理的に塞ぐ。

「うそ……!? 通れる場所がない!?」

「無駄だ」

後方で指揮を執るレオナが、嘲笑(あざわら)うように言った。

「個人の身体能力など、完璧な『システム(管理野球)』の前では無力だ」

「(……厄介だな)」

俺は冷や汗を流しながら、戦況を分析する。

ルナリアが魔法を放とうとすれば、即座に「対魔法防御陣形(アンチ・マジック)」が展開され、無効化される。

こちらの攻撃は全て読まれ、防がれ、逆に組織的な槍の波状攻撃(カウンター)によって、ガルムやリゼッタが徐々に追い詰められていく。

「くそっ、やりづれえ! どこを殴っても壁だ!」

ガルムが苛立ちを露わにする。

「(隙がない……いや、隙を作らせない『守備シフト』だ)」

彼らは個人の判断で動いていない。全てレオナの指揮(サイン)と、徹底されたマニュアル通りに動いている。

ミスをしない。恐怖を感じない。ただ『正解』のみを繰り返す機械だ。

「チェックメイトだ」

レオナが軍刀を掲げ、総攻撃の合図を送る。

「貴様らの『エラー(不確定要素)』が入り込む余地はない。ここですり潰してやる」

絶体絶命のピンチ。

だが、俺はその『完璧すぎる動き』に、ある違和感を覚えた。

「(……あいつら、『ストライク(正解)』しか振ってこないな?)」

攻撃が来れば盾を出す。魔法が来れば魔防陣。

合理的だ。合理的すぎる。

それはつまり――『マニュアル(辞書)』にない動き(ボール球)には、脆いということじゃないか?

俺はニヤリと笑い、メンバー全員に指示(サイン)を出した。

「全員、セオリーを捨てろ! 奴らの『マニュアル(辞書)』にない動きをするぞ!」

「はあ!? どういうことです!?」

「『エラー』しろ! わざとだ!」

俺の意図を瞬時に理解したのは、やはり『扇の要』であるミーナだった。

「(……なるほどな。お堅い軍人さんをパニックにさせたれってことか)」

「リゼッタ! 避けるな! 盾に突っ込め!」

「ええっ!? ……ええい、ままよ!」

リゼッタは、敵の隙間を抜ける回避行動を止め、あえて盾の正面に向かってドロップキックを放った。

「なっ、自爆特攻か!?」

兵士たちが動揺する。マニュアルでは「回避する敵を囲む」はずが、「突っ込んでくる敵」への対応が一瞬遅れる。

リゼッタは盾を蹴った反動で大きく後方へ飛び退いた。

「ルナリア! 敵を狙うな! 地面だ!」

「はいっ!」

ルナリアは、兵士ではなく、何もない地面に向けて最大火力の爆裂魔法を放った。

ドカァァァン!!

「照準エラー!? ……いや、目くらましか!?」

爆風と土煙が舞い上がり、兵士たちの視界(リンク)が遮断される。

「狼狽(うろた)えるな! 陣形を立て直せ!」

レオナの焦った声が響く。だが、兵士たちの『システム』は、非合理的な『ノイズ』によって処理落ち(エラー)を起こしていた。

その一瞬の混乱。

鉄壁だった盾の連結部に、わずかなズレ――『隙間(シーム)』が生まれた。

「そこだ! ガルム!」

俺は叫んだ。

「その『隙間(シーム)』をこじ開けろ!」

「へっ、ようやく『ど真ん中』が見えたぜ!」

ガルムは、土煙の中から飛び出した。

狙うは兵士ではない。盾と盾の、わずかな継ぎ目。

トップバランスの斧が、その一点を『芯(ジャストミート)』で捉える。

ドゴォォォォン!!

「がはっ!?」

一点突破された衝撃が波紋のように連鎖し、連結していた兵士たちがドミノ倒しのように吹き飛んだ。

鉄壁の陣形が、完全に崩壊する。

「な、バカな……!? 私の『規律』が……!」

レオナが呆然と立ち尽くす。

その喉元に、土煙を抜けたリゼッタが、音もなく短剣(ダガー)を突きつけた。

「……チェックメイト、です」

静まり返る演習場。

俺は、崩れ落ちた兵士たちの真ん中で、レオナに向かって言った。

「あんたらの『野球(システム)』は綺麗だが、融通が利かないな」


夕暮れの演習場。

レオナは、悔しそうに唇を噛み締めながら、懐から一枚の書類を取り出した。

「……約束だ。軍公認の『通行手形(バックアップ)』だ。これがあれば、王都の検問もフリーパスで通れる」

「ありがとうございます、少佐」

俺が受け取ると、レオナはふん、と鼻を鳴らした。

「勘違いするな。私は貴様らを認めたわけではない。……ただ」

彼女は、傷だらけになりながらも笑い合っているガルムたちを一瞥(いちべつ)した。

「……貴様らは『軍隊』ではない。だが……恐るべき『チーム』だ」

それは、軍人(プロ)からの、最大限の賛辞だった。

「王都で恥をかくなよ。『ピジョンズ』」

レオナは背を向けて去っていった。

俺は、手に入れた『王都への招待状(チケット)』と『通行手形』を掲げ、メンバーに向き直った。

「よし、全員揃ったな」

俺たちのホームタウン、そして地方リーグ(Aランク)には、もうやり残したことはない。

「行くぞ。――『王都(メジャー)』への殴り込みだ!」

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