第6話:祝勝会(おたちだい)と、エラー娘(わたし)の「エラー(トラウマ)」

ギルドのカウンター。エルミナとの「契約交渉(トライアウト)」が完了した。

「監督(マネージャー)登録、完了しました。これが報酬です」

エルミナが差し出した報酬袋を、リゼッタが震える手で受け取る。

​(こんなにまともな『勝利給』……! いつもはゴブリン相手の小銭ばかりだったのに……!)

リゼッタの目に、うっすらと涙が浮かぶ。

「よし。初勝利だ。監督(おれ)の奢りで、何か美味いものでも食いに行くぞ」

「えっ! でも、これは私たちが稼いだお金で……」

「いいから。初勝利の祝勝会(しゅくしょうかい)は、監督(おれ)の仕事だ。そういうもんなんだよ」

(……元の世界(ピジョンズ)じゃ、祝勝会なんて滅多になかったけどな)

街の安食堂。

とはいえ、二人にとっては十分すぎるご馳走が並ぶ。

パティ(記者)はいない。慎吾とリゼッタ、二人きりの祝勝会だ。

「か、監督! 本当に、ありがとうございました!」

リゼッタが、興奮した様子で(お冷やの入った)ジョッキを掲げる。

「乾杯!」

「ああ、乾杯」

二人がジョッキを軽く合わせる。

その瞬間。

リゼッタが興奮のあまり手を滑らせた。ジョッキが傾き、中身がこぼれそうになる。

「ひゃっ!?」

リゼッタが悲鳴を上げる。

だが、水はこぼれない。

慎吾が、自分のジョッキを即座にリゼッタのジョッキの下に滑り込ませ、傾きを「カバー」していた。

「……あ」

「危ないな。脇(ワキ)が甘いぞ。昨日、言っただろ」

慎吾は、何事もなかったかのように自分のジョッキを戻す。

「す、すみません……! わ、私、昔からこうで……」

リゼッタは、顔を真っ赤にして俯いた。

「(……エラー娘、か)」

慎吾は、食事に手を付けながら、何気なく尋ねた。

「あんた、なんでソロでやってたんだ? 連携(チーム)の方が効率いいだろ」

リゼッタの手が、ピタリと止まる。

「……私……パーティ(チーム)を、クビになったんです」

「クビ?」

「はい……。バルガスさんの『アイアン・ブルズ』に、少しだけ……」

彼女は、俯いたまま話し始めた。

「私、昔から何をやってもダメで……。戦闘(しあい)でも、罠(トラップ)に気づかず引っかかったり(走塁ミス)、敵の攻撃(ボール)を避けきれなかったり(守備エラー)……」

「……」

「バルガスさんに言われました。『お前はチームの“穴”だ』って。『エラー(ミス)は伝染(でんせん)する』。だから、出ていけ、と」

それは、慎吾が元の世界(やきゅう)で聞き飽きた言葉だった。

個人のミスを、本人の責任だけに帰結させる、古い指導者(マネージャー)の常套句だ。

「それから、私をパーティ(なかま)に入れてくれる人は、誰も……」

リゼッタが、泣きそうになるのを必死でこらえている。

「(……だから、あんなに『エラー率 .320』を気にしてたのか)」

慎吾は、ため息を一つついた。

「バルガスが、二流の監督(マネージャー)なだけだ」

「え……?」

「エラー(ミス)をしない選手(ひと)なんていない。あの世界の王ですら、三振(ミス)はする」

慎吾は、冷めた肉を口に運ぶ。

「問題は、エラー(ミス)したことじゃない。エラー(ミス)の原因を分析して、修正(なお)さなかったことだ。それは、監督(あいつ)の仕事(エラー)だ」

「……!」

「あんたのエラー(弱点)は、『フォーム』と『焦り』だ。それは、昨日直した。それだけだ」

リゼッタは、目を丸くして慎吾を見ていた。

今まで、誰もそんな風に言ってくれた人はいなかったから。

「……監督」

「ん?」

「私、頑張ります! 監督のチームの、最強の『選手(エース)』になります!」

リゼッタは、涙を拭い、満面の笑みで宣言した。

「(エースか……。うちは打者がリゼッタ一人しかいないんだが……。これはポジっていいのか?)」

慎吾は、その笑顔に少し照れくさくなった。

帰り道。

闘技場(スタジアム)が、夜の闇に浮かび上がっている。

「あの、監督!」

「なんだ?」

「その……昨日の、あの……歌ですけど……」

リゼッタが、もじもじしながら言う。

「へ? ああ、ピジョンズのチャンステーマか?」

「はい……。すごく変な歌でしたけど……でも、聞いたら、体が熱くなって……力が湧いてきました」

リゼッタは、慎吾の顔を真っ直ぐに見上げた。

「……また、歌って……くれませんか?」

「は!? あ、あれは『好機(チャンス)』専用だ! 普段から歌うもんじゃない!」

慎吾は、思わず顔を赤くして早口になる。

「そ、そうだ! 明日は朝から『新人(ルーキー)のトライアウト』だ! 早く宿に戻って休むぞ!」

「あ、待ってください、監督!」

慌てて歩き出した慎吾の後を、リゼッタが小走りで追う。

その時。

「きゃっ!」

リゼッタが、石畳に足を取られて転びそうになる。

「おっと!」

慎吾が、振り向きもせずに腕を伸ばし、リゼッタの体(・・)を完璧に「キャッチ(・・)」した。

「……まったく。足元が疎かだぞ」

「(……今、エラーを見ずに……?)」

リゼッタは、慎吾の腕に支えられたまま、顔が火照(ほて)っていくのを感じた。

「な、なんですか! これは、その……『ベースランニング』のエラーです!」

「はいはい、わかったから。行くぞ」

「……はい!」

エラー娘とエラー分析官。

二人の、長い「シーズン」が始まった。

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