にのの(NINO-NO)

@nino-chin025

第1話 闇夜ノ試練

ハァハァハァ…。

(ヤバイっ、はいがつぶれそう)


ハァハァハァ…。

いきととのえる)ングッ…フッ。


闇夜やみよを全力で駆け抜けるヒトの姿が二つ。一人やや遅れている様子。


焔魔えんま反応はんのうはどっちだ?リンネッ!」

男は右手の籠手こてに埋め込まれた水晶に問う。

「探りづらいわね…ここ。濃度のうどが濃すぎよ。」

「泣き言は後で聞く。今は一刻いっこく猶予ゆうよもない。探れ。」

「まったく…。使い方が荒いのは嫌いよ。ん…、居たわ!南東に大きな反応。」

ハァハァハァハァ…。

(なんて速さなのよ…。)


_________________

AM2:00―――バンダイ・シティ。

―ネオンサインの灯りが届かない、立体駐車場とビルの間の薄暗い一角。

―赤黒く、そして鈍く光る物体が、徐々にその様相を醜悪なものへと変貌を遂げていく。

(ザッ……)

「まだ被害は出てねーみたいだな、リンネ。」

「それも時間の問題よ。あの子はまだ到着してないみたいだけど…。いいの?」

ハァハァハァハァ…。

(ザザッ!!)

「アンタ…ハァハァ…走るの…ハァハァ、ッン。早すぎっ!」

言い訳が男に通用しないことは理解しているつもりでもついニノは声に出してしまう。

(このやり取りはもう何度目だろう……)

「遅せーよ。今日が何の日かわかってんのか、ニノ!?」

男は語気を強めてニノに問う。

「わかっ……」

ニノが返事をしようとした矢先、目の前の妖しげなモノはとてつもなく大きな咆哮をあげた。

(グゥオオオオー……)

「さぁ戦闘モードに頭切り替えろよ…。」

ニノは焔導刀えんどうとうを鞘からゆっくりと抜き、その切っ先を妖しげなモノへと向け呟く……。

「クソ焔魔えんまがぁ…」

眼前の異形が、見る間に醜悪な姿へとみるみる変貌を遂げている。それは、周囲の闇を吸い込み、人の形を崩しながら、巨大な熱の塊となっていく。

「おいっ!早く、人払いの術を展開しろ!」

男は叫ぶ。

「わかっ……てる……つーのッ!!あれぇ!?」

ニノは腰に携えたポーチの中を漁るが、必要な道具が見当たらない。冷や汗が背中を伝う。

『オイオイオイオイッッッ!!!!勘弁してくれよ!』

男は叫びながら、焔魔えんまへ攻撃を仕掛けに行く。

「ったく……減点イチィー。早くしろっ!」

男は尚もニノを急かす。

「……っと。あ、あったぁ!」

ニノはようやくポーチの隅から目的の道具を取り出した。

「あったなら早く展開しろっ!」

男の指示と同じタイミングで、道具を地面へと突き刺し、深淵しんえん調しらべを唱えるニノ。

「今コノ刻ヨリ、我ガ周囲ヨリ人ヲ払イタマエ・・・ゼツッ!」

地面に突き刺した道具から、揺らめく水の膜が二人と焔魔えんまを起点に大きく半球状に展開されていく。

スゥー……

「なんとか展開できたみてーだが……。こっから挽回しねーと、練刀れんとうからはいつまでたっても抜け出せねーぞ!」

「分かってる…っつーの!」

男の煽りに喧嘩腰で返すやいなや、ニノは一足飛びに焔魔えんまへと切りかかる。

しかし相手は巨躯の割に俊敏で、なかなか捉えることが出来ない。

「ンッ!ハッ!」

対する焔魔えんまとの攻防が続くが、やはり決定的な好機を作り出せないニノ。

「ちょっ、コイツいつもより強すぎないっ!?」

―男は、ニノと焔魔えんまが競り合うのを遠巻きに見ながら答える。

「当たり前だ!今までの任務でお前が相手をしていたのは低級相当の焔魔えんまだ。コイツは中級相当…いつもより強いし知能もある。」

「はぁ~!?ちょっと聞いてないんだけど…ってちょっと待てってこの野郎ぉ~。」

焔魔えんまはニノの攻撃を余裕で躱しつつ、確実に攻撃を当てにきている。


(このままじゃジリ貧だ……)

明らかに焔魔えんまに押され、ニノに焦りの色が見える。

「今日は焔滅士えんめつしの見習い…練刀れんとうから一刀いっとうへ昇格するための最終試験だ。これくらいの焔魔えんま相手に太刀打ちできなきゃ意味ねーだろっ!」

男の叱咤が続く。

(私…正直、舐めてた。今まで訓練とはいえ実践での焔魔えんま討伐の任務を20回以上はこなしてきた。もちろん、楽勝に勝てるようになるまでは時間がかかったけど、それなりに自負もあった。内心、中級相当が相手でも押し切れると思ってたけど……)

―ガキンッ!

「きゃあぁっ。」

―ドォォーン!!

―ニノは焔魔えんまの攻撃を、刀越しとはいえもろに受けてしまい、路地裏の壁に激突した。

「カハッ・・・ハァハァ…っく。い、息が…」

(ヤバイ。このままじゃ焔魔えんまに逃げられる…。だけどカラダが言うこと聞かない。)

「はいぃ~減点1。もう1回減点したら不合格だぞ!どうする、降参するかぁ?」

男はニノを煽るように問いかける。

「んなわけ…。こっから本気出すから黙ってて!」

ニノは、呼吸を整え、改めて刃の切っ先を焔魔えんまへと向ける。

「アンタさ……なんでそんな焔魔えんまなんかになっちゃったのか知らないけどさ…。もういいよ。その地獄の業火ごうか、私がしずめてあげるよ。」

ニノは、人差し指と中指を立て、眼前で構える。集中が研ぎ澄まされる中で、瞳の色があおく染まっていく…。

「このタイミングで出すのか…そのを。飲まれるなよぉ~。」


そして男はカウントを取り始める。

―(男のカウントダウン)”5…4…”

あおく染めあげられていく瞳は尚も変化。中心に向かって、波の紋様もんようがスゥーッと描かれていく。

(ポタッ)

ニノの口元から涎(よだれ)が落ちる…集中が極限まで研ぎ澄まされていく。

―(男のカウントダウン)”3”

(グゥオオオオー……)

焔魔えんまは本能的にニノの雰囲気が変化したことに気付き、その場から退く判断をくだした。

「チッ…逃がすかッッ!!」

ニノの鋭い眼光は、四方八方へ目まぐるしく動き回る焔魔えんまの動きを正確に捉え続け、踏ん張る足元からきしむような音が鳴る。

(グググッ……)

―(男のカウントダウン)”2”

ニノの体から、それまで荒々しく放出されていた闘気が一変し、清冽せいれつな“水の気”に置き換わる。

(スーッ…)

力の込められた人差し指と中指で刀の腹から切っ先へとなぞり上げ力を注ぐ。なぞったそばから焔導刀えんどうとう碧白あおじろがかった輝きを増し、まるで真夜中の湖面こめんのように静かに、そして鋭く光を放った。

―(男のカウントダウン)”1”

(ミナミ……見ていて。この焔魔えんまは、私がしずめるー)

路地裏の地面を蹴りつけ、ニノは風を切るような一足飛びで巨躯の焔魔えんまとの距離を一気に詰める。

っ……)

一瞬、ニノの右眼みぎめに差し込むような痛みが走る。しかし、そんなことに構っていられないニノは焔魔えんまを尚も鋭くにらみ続け、最後の攻撃へと転ずる構えに移行した。


―ニノは、右手で刀を持ち、もう片方の掌を焔魔えんまへと向け照準を合わせ、焔魔えんまの胸部を狙い打ちにした。


「――神道寺流かんどうじりゅういち太刀たちッ!八海斬はっかいざんッ!」


巨躯の割に俊敏な焔魔えんまは、その一撃を防御しようと両腕を交差するが、ニノの刃は、一瞬にして防御を切り崩しし、焔魔えんまの内部に存在する**赤黒い核――魔焔核まえんかくへと刃を走らせる。


キンッ――シュウゥウウ。


硬質な刃が、何かにぶつかる鋭い音。

直後、焔魔えんまの巨体全体から、まるで水蒸気のようにけがれた熱が一気に抜け落ちていく。

「アァァ……ア、ァ……。」

焔魔えんまは、核を断たれたことによる苦悶くもんの声を上げ、その巨大な体躯は、内側から瞬時に崩壊を始めた。先程まで人間をはるかにしのぐ大きさだった焔魔えんまは、数秒後には闇夜に溶け込む黒い塵となり、消滅した。

ニノは刀を振り抜き、深く呼吸をする。切っ先からは、浄化された水滴が数粒、地面に落ちた。

「痛(つ)ッ…」

ニノは右眼みぎめの痛みに堪えながらも男に告げる。

「……ッ、討伐完了!」

安堵と疲労で膝をつきそうになるニノに、男の声が飛んできた。

「減点1…合計で減点3だ。」

「はぁ……?なんでガドウ?理由を教えてよ。」

ニノは耳を疑った。

男の名は、鳥屋野とやのガドウ。私たち焔魔えんまを討伐する焔滅士えんめつし系譜けいふを代々継承する者。そして、私の師匠であり、本最終選考における試験管だ。

「討伐自体は、練刀れんとうとして及第点だ。あの八海斬はっかいざんも、一撃で魔焔核まえんかくを断ち切った。だがな、ニノ。」

ガドウは、静かに路地裏の影から歩み出てきた。その手には、先程ニノが展開した、人払いの術の道具が握られている。

「人払いの術の展開に手間取り減点1。人に見られたらどうすんだ!?」

「っ……。それは…自覚ある…。」

ニノは唇を噛みしめる。

「それに…。守りの型が成ってないせいで、焔魔えんまの攻撃をもろに受けた……。一時戦闘不能な状態に追い込まれたな!?ここで減点1追加で減点2!いつも言ってるだろ?相手の攻撃をまともに受けるなって!」

「それは…そう、だけど…。」

悔しさがニノのまぶたを熱くする。

「ニノ……。焔滅士えんめつしの使命とは、いつおのが命を捨てることになろうとも、人間を守り抜くことだ。その覚悟を全うした死であれば、決して無駄にはならない。俺たちはそうやって、先代たちの死屍累々《

ししるいるい》の上に生き、託された思いを後世こうせいつむいでいく。」

「わかってるよ…そんなことくらい…。あの日、私は…」

ニノの言葉を途中でさえぎり、ガドウは切り出した。

「で、あればだ。これは最終試験。一人で任務にく実戦想定の試験だ。」

(わかってる…)

「常に、焔魔えんまと1対1の状況にたてるとも限らない。」

(わかってる、わかってるっ……)

「仮に誰かを守りながら焔魔えんまと対峙したことを想定してみろ。お前の戦闘不能せんとうふのうは一般人の命の危機に直結ちょっけつするんだぞ…。」

たまらずニノは返した。

「まだまだかもしんないけどさ…だからでもッ!討伐はできたじゃん!」

ガドウは静かにこたえる。

「……焔導眼えんどうがん…。使用制限時間を3秒オーバー。減点1ィー。」

「…8秒の制限を超えたってこと…?」

ニノはあり得ないと言わんばかりの表情で困惑した。

(まさか……8秒のカウントはたくさん練習してきた。絶対にあり得ないっ)

「11秒だ…。お前、右眼みぎめてぇーだろ?わかってんだぞ」

ガドウはニノの目の前に立ち、顔をのぞみ言い放つ。

「合計で減点3だ。」

ニノの顔から、血の気が引いた。

「嘘……でしょ……。」

ガドウは続ける。

練刀れんとうから四刀よんとうへの昇格試験。最終試験の減点上限は2と定めている。よって――」

ガドウは、淡々とした声で、ニノに容赦なく宣告した。

神道寺かんどうじニノ……不合格だ。」

ガドウは、静かに自身の焔導刀を鞘に納める。

(カチンッ)

「なっ……」

ニノは反論の言葉を失う。


―ガドウの視線は厳格だった。その実力は、焔滅士えんめつしの中でも群を抜いている。

「名家の一族の末席に名を連ねるお前には同情するよ…。その重圧は誰にでも想像できるもんじゃねーわなぁ…。でも……お前が進むと決めた道だ。あの日、お前は、自ら普通の生活を捨てたんだ。」

ニノは、ぐっと唇を噛みしめた。

「気持ちはわかる。あの独特の緋色ひいろ眼光がんこうを放つ特級相当とっきゅうそうとうのヒト型焔魔がたえんま…イカルガ。アレを早く討伐したいんだろ?」

ニノの目に、こらえきれない涙がにじんだ。

「……。ミナミの死を無駄にするな。」

ガドウは静かにそう伝えると、自身のポーチから傷にく塗り薬をニノへ放った。

「な、なによコレ…?」

「さっきの戦いで太腿ふともも切られたろ!?ったく……。だからスカートいてくんなっつってんのに。」


そういうとガドウは闇夜やみよまぎれて立ち去っていった。

渡された薬を握りしめ、立ち去るガドウの後ろ姿を見つめるニノ。

(っくしょう……。)


―誰の心の中にもある、純粋なあかり。夢、希望、憧れ、愛や友情、絆。

それは、その者が迷わぬよう、人生の支えにする未来あすへのともしびとも言えるわね。

そのあかりが、生きる中で、現実の壁や、絶望、劣等感といった負の感情によってゆがみ、熱を持った「けがれたほむら」へと変質へんしつするの。

このけがれたほむらは、憎悪ぞうお怠惰たいだといった『まち未消化みしょうかねつ』と波長はちょうを合わせることがあるわ。

そして、路地裏ろじうら建物たてものかげで、概念がいねんからほむらへ、さらに色濃いろこ実態じったいへと変貌へんぼうし、魔焔けまえんかくとしてかたまる。

それが、私たちをおびやかす焔魔えんまなのよ。


けれど、その焔魔えんまいにしえよりしずつづけるものたちがいた。

焔滅士えんめつし――それは、人知ひとしれず地獄じごく業火ごうかめっする使命しめいびたものたち。

彼らの戦いは、ニュースにも、歴史の教科書にもらない。

その戦いが終わることもない……。

そして私の戦いも……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る