第2話 宿命ノ現実

(薄暗い小路)

―フォン…

籠手こてに装着された焔導具えんどうぐ、リンネが淡く青く光る。

「ガドウ、南西に焔魔えんまの反応よ。どうする?放っておく?」

「愚問だな。……リンネ!移動する。展開しろ!」

深淵鏡しんえんきょうね……ちょっと待って……『リュート…展開』」

ガドウの正面に薄い水の膜が形成され、その中へ入ると、水の膜はスッと夜の闇に消えた。


―AM2:57 バンダイ・シティ(エリア:フルマチ)

薄暗い小路に水の膜が形成され、中からガドウが姿を現す。

「リンネ、焔魔の反応は?」


「すぐ近くよ。」

ガドウはリンネが装着された籠手を前方に突き出し、尚も反応を探る。


―う、あ゛ぁ…あづ、あづいよぉ……


煌びやかなドレスの女性が、裏路地で苦痛に顔を歪めた。女性の脳内に誰かの声が響く。


『そちの嫉妬や欺瞞ぎまんに満ちたはらわたの中……他者をうらや羨望せんぼうの熱を、業火として。今世の怨恨、ここに極まれり……』


―うぅあぁあぁあ゛ギャァー!


女性の胸が赤黒く鈍く光出し、さらに光が強くなる。異形いぎょうへと変貌を遂げていく女性の姿は見るも無惨な光景であった。


「いたわ、ガドウ。そこの路地奥よ!」


ガドウは報告を受け、直ちに路地裏に向かいながら、懐から結界用のくさびを地面に投げ打ち込み、深淵しんえん調しらべを唱える。


「今コノ刻ヨリ、周囲ヨリ人ヲ払イタマエ……ゼツッ!」


地面に突き刺した楔を中心点に、水の結界が周囲に大きく半球状に展開されていく。


―ザッ……


―ピギャギャャ……ギギ……グギャアー!


完全に変貌を遂げた焔魔が、ガドウを睨みつけ咆哮する。

傍らには、千切れたドレスと綺麗なバッグが落ちていた。


「……辛そうだな……。ごめんな。一瞬で終わらせる……。」


―グギギガギャアーーー!


「ガドウ……この焔魔、中級か上級相当よ。大丈夫かしら、笑?」


焔魔は両腕を鋭い刃物へと変化させ、先ほどよりも素早くガドウに切り掛かる。ガドウはそれを避けながら、一切反撃しない。


―グギギガギャアァァァァァ〜!!


刃物と化した両腕を伸ばし、ガドウへと遠距離攻撃を仕掛ける焔魔。


―ダンッ


ガドウは後方へ大きな弧を描くように宙を舞い、電柱の上に着地する。

「その地獄の業火……焔滅の名の下に切り鎮める。」

そう言うと、自身の焔導刀えんどうとうさやからゆっくりと抜き、焔魔へとその切先を向ける。


―グギャアーー!

ガドウへ飛びかかる焔魔。低く身を屈め、一足飛びで焔魔を迎撃するガドウ。


「…流、極の太刀……会ッッ……」


―キンッ


焔魔とガドウが中空で交錯し、それぞれ背を向けた状態で着地。ガドウがスッと立ち上がる。


―ピギャァァァァァーー


切り伏せられた焔魔は断末魔と共にちりとなり闇夜に消えていく。

「来世で幸せになれ……。」

鎮魂ちんこんの言葉ともとれるガドウの言葉にリンネが皮肉を言う。


「女に対しても容赦ないのね。来世での幸せより今世の幸せよ!このままじゃガドウ、人類の半分を敵に回すわよ、笑。」

「オレたちのことなんて誰も知りやしねーよ。」

「孤独ね……。」

「いいんだよ、それで。」

「……あの坊やが言うようになったわね……。」


―ブウゥーン……キッ!

―キュッ……タタタ……

長髪を一つ結いにした華奢きゃしゃな男がバイクを停め、ヘルメットを脱ぎガドウへ話しかける。それが二刀焔滅士、新発田しばたエイリだった。

「ガドウさん、お疲れ様っす!」

新発田しばた家の秘蔵っ子がどうした?」

(焔魔討伐後のタイミングの良い時に新発田がどうした?)

ガドウは釈然としないままエイリに問う。


—新発田家とは、焔滅士の中でも主にサポートの役割が強く、武器や術に使う道具の錬成や諜報活動等に長けた一族である。


「いやぁ……フルマチの焔魔討伐、本来はコチラで対応しなきゃならなかったんですよ。」

「はぁ?そうなの?なら最初から待機しているべきだろ……。」

「当家から連絡を受けてはいたんですよ、今日が魔焔核まえんかくの成熟する頃合いだってね……。」

(頃合い……。)その言葉尻に違和感を感じるガドウ。


「お前ら……まさか討伐実績をあげるために、焔魔へ変貌しきるのを待ってたってことか?」

「ハハハ……まさか!仮にそうだとて、それは私個人の意向じゃありませんし……。いやぁしかしガドウさんの焔導具リンネ……感知能力が異常いじょうですねぇ~。さすが『一刀』の称号を持つ方の焔導具は性能が良いっすね!」


「……はぐらかすな。」

ガドウは間髪を入れずに切り返す。


「おっと……。焔滅士同士のいさかいは御法度ごはっとなのは知ってるでしょ。留守中の厄介ごとは困りますよぉ~!」


エイリは尚も飄々ひょうひょうとした態度を変えずに話している。腹の中が読めない男だ。


「当主は今、御前ごぜんからの指令でトーキョー・シティなんで!あ、私、報告があるのでこの辺でおいとまさせていただきますね……では!」


―ザッ……キュキュキュン…ブオォォン……


言うや否や、エイリはバイクにまたがり、その場を立ち去っていってしまった。


新発田しばた……なに考えてやがる……。」


ガドウは新発田家の動向に疑義を感じる。


「新発田家の人間ってホント品が無くて私キライ。」


リンネがボヤく。


「気にするな。リンネ…神道寺家に討伐完了報告を入れてくれ。」


「はいはい…(フォンッ)完了。討伐時の痕跡はどうするの?」


「ハァ……今回は上級相当だから、周囲に焔が影響しないように、空間を浄化する措置だけでいいだろう。」


—人間社会で問題が起きないよう、焔魔討伐時の痕跡を何事もなかったよう整えることも焔滅士の仕事である。


「よし……これでいいだろう。今何時だ!?」

「4時過ぎね…寝れないわね笑」

「フンッ…帰るぞ、リンネ。」

フルマチから立ち去るガドウ。


―翌朝 AM8:11 キタゴシ高校 校舎内

「おっはよぉーー!」

元気な声が、キタゴシ高校の教室に響く。ここはニノの通うバンダイ・シティ内の高校だ。


「相変わらず元気やねぇ〜」


長船おさふねサクラが、関西訛りでニノに返す。サクラはニノと保育園の頃からの幼馴染だ。

「お前昨日なんでメッセージ返さなかったんだよ!今日の宿題のこと聞きたかったのにぃ!」

宗近むねちかベンテンが、不満をぶつける。

「あー昨日は……」

昨日の不合格と夜の出来事が頭の中を反芻はんすうし、ニノはバツが悪そうに、「あはは……」と頭を掻きながらベンテンの問いをかわすのが精いっぱいだ。


ニノの耳元で、サクラがボソっと呟いた。


「昨日、ガドウさんとおったやろ。その様子じゃあ……あかんかったか、最終試験。 笑」

「うっさい」

ニノは低い声でサクラに返す。

サクラは幼馴染として、ニノの"裏の顔"を唯一知っている。


「なんだよ!コソコソと!」

ベンテンが突っ込むのを遮るように、サクラはニノを守る。


「女の子のナイショ話聞くなんて空気読めへんやつやなぁ笑 アンタ、そんなんやからモテへんのとちゃうん?笑笑」

「うるせーなー、余計なお世話だ!」

煽るサクラにベンテンが返す。

他愛もない会話が続き、ガラッと教室のドアが開き、担任の教師が教室に入った。


「はい、席座れー!点呼とるぞー!」

今日も仮初かりそめの平穏なキタゴシ高校での一日が始まる。


―一方、そのころガドウは……


―はぁはぁはぁはぁっ


「やべー、遅刻だァーーー!」


必死に自転車を漕ぐガドウ。夜通しの戦闘で完全に寝過ごしたのだ。


―ダダダダダッ……バタンッ(役場の階段を駆け上るガドウ)


「お、おはようございますっ……」


「おはよう…鳥屋野とやの君。今日も重役出勤かね!?」


環境局・局長の親松おやまつが、怒りを内に秘めた笑みでガドウに近寄る。


「君は…この仕事をなんだと思っているのかね!?」


ガドウは理不尽な怒りに反論を許されないことを悟り、頭を下げて謝罪する。


「は、はい……すんません……」


自身のデスクに着席するガドウに、隣のデスクから声がかかる。


「先輩、また遅刻ですか?どこか具合でも悪いんですか?」


後輩の女池めいけカンナはガドウを真面目に心配する。


「あぁ…大丈夫!元気元気!ハハッ!悪い、フルマチ・エリアの自治会長のところに行ってくる!」


ガドウはそうこたえると、親松の顔を見ずに早々に役場を飛び出す。


―AM10:27 バンダイ・シティ役場前


(昨晩の討伐場所は問題ないだろうか……)


ガドウは役場の人間として、昼の顔を装いながら、心の中では昨晩のことで頭を抱えていた。


―PM16:34 キタゴシ高校 玄関


「ねぇ…ニノォ!今日の夜っておうちおる??」


サクラは昨晩の試験結果にニノが落ち込んでいるのを気にかけていた。


「あぁ…どうだったかなぁ……。なんか用ある?」


ニノは今日の任務の有無を思い出しながらサクラに確認する。


「いやぁ…明日休みじゃん!DVDでも一緒に観たいなぁって!おばあちゃんに渡すものもあるし!」


「お、いいねぇ!……あ、でもダメだ。今日、任務だ……」


ニノはスマホのスケジュールを確認し、残念そうに答える。


「ふぅーん…そっか!じゃあまた今度にしよ!…応援してるよ……私はいつだってニノの味方やから!なっ!?気ぃ付けや!」


「ありがとう…。あ、じゃあさ。新作のコンビニスイーツ!買い食いして帰ろっ!」


「おぉ~いいねぇ!!ニノの奢りやな!」


ささやかな時間はあっという間に過ぎていった。


―PM17:28 神道寺家


帰宅したニノは、祖母のいる部屋に向かう。


「おばあちゃん、ただいま」


「はい、おかえり。今日はどうだった?」


「うーん……少し眠かったけど、大丈夫」


「そ。」


神道寺かんどうじ家の当主でもある祖母は、ニノを見つめた。


「ニノ…。部屋に戻ったら、あんたの刀。居間に持ってきなさい。」


ニノは祖母の言葉に疑問を感じた。


「ガドウから、電話があったのよ。」


「ガドウが…?なんで……?」


祖母はニノから目を逸らし、窓の方を向きながらこたえる。


「あなた……昨夜、焔魔の攻撃を刀でもろに受けたみたいじゃない。それで刀に何か支障をきたしてないか、見てくれとね。」


ニノはバツが悪く下を向いて生返事をする。


「…あぁ…うん。わかった……じゃあ後で持ってくる。」


無言で祖母の部屋を出て、ベッドに突っ伏す。


(おばあちゃん…また心配かけちゃった。それにガドウ……余計なこと報告しなくてもいいのに!)


ニノは置いてある自身の焔導刀えんどうとうを手に取り刃を引き抜く。


「なんにもなってないと思うけど……」


白刃に反射した光がニノの顔を照らす。


「フゥ…一応、おばあちゃんに見せるか…。」


ニノは納刀し、居間に向かった。


ーガラッ


「はい、おばあちゃん…これ。」


祖母はニノから焔導刀を受け取る。


「この刀も大分年季が入ってるね……」


―キンッ


「はい、特に問題なさそうだね……」


祖母から刀を受け取るニノ。


「今日は討伐の指令が出てたね…。危険な任務だ……気を引き締めて臨むんだよ。」


祖母はそう言うと、席をたった。部屋を出ていく祖母の背中にニノは小さくこたえる。


「……うん、わかってる。いってきます」


夜。AM00:00 神道寺家


ニノはすべてを終え、鏡の前で、焔滅士の隊服をきっちりと身に纏う。


彼女は、自身の妖導刀ようどうとうを手に取る。


刀のさやを巻く紐の結び目には、微かに澄んだ音を立てる水色みずいろの小さな鈴が付いていた。それは、亡きミナミの死を無駄にしないという彼女の誓いの証であり、唯一の呪い《のろい》だ。


―カチャッ……


刀を腰に帯びたニノは、人目を忍んで自宅の窓から闇夜へ繰り出す。


(今夜こそ、足手まといになんてならない……!)


ニノが指定された合流地点に辿り着くと、すでにガドウが、暗闇の中で煙草に火をつけていた。


「遅いぞ、ニノ」


「うるさい!これでも急いで、きたの!」


今から二人は、バンダイ・シティのどこかで蠢き始めた焔魔の討伐に向かう、同行任務である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

にのの(NINO-NO) @nino-chin025

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ