1-3

世話役の高橋怜子がロッカールームを退出している合間にトイレを探す体で事務所の構造を探り始めた。トイレはこの部屋からすぐ傍にあり、手前は事務所、奥に行くと工場。工場に行く渡り廊下の左右に扉がある。特に部屋の札が掛かっていないので何のための部屋かは不明だが、恐らく一つは女性の更衣室であろう。もう一つの部屋は現時点ではわからない。その少し奥に給湯室があるが、どこも手狭であるようだ。脩は怪しまれないようにそそくさとトイレに入り、ロッカールームに戻っていった。

暫くして怜子が脩のツナギの作業着と帽子を持ってきた。

「サイズはLでいいかしら」

「ええ構いません」

「早速着替えて工場に行ってみてください。誰かしらいるから少し挨拶してね」

「わかりました」


脩は作業着に着替えると、廊下を伝って工場に向かった。そのうちの手前にいた工員に声を掛けた。

「今日からお世話になる宗像脩です。宜しくお願い致します」

その工員はリフトで車を上げて作業していたため、よく聞こえないようだ。

「すみません」

「お、新人さんかい?」

「はい、今日からお世話になる宗像です」

「おお、俺は山内。よろしくな」

「宜しくお願い致します」

「とりあえず、外の洗車場の辺りに河村ってのがいるはずだから、声かけてみて」

「わかりました」

外へと繋がっている通路を行くと右手に洗車場、左手に車の展示場となっている。展示場で車を磨いているのが河村のようだ。

「おはようございます」

「あ、宗像さん?河村です。今日からよろしくです」

河村はまだ20代くらいの若者だった。方や山内はいかにもベテラン車両整備職人みたいな印象。50歳代くらいであろうか。

「私は整備と洗車を掛け持ちしてるので、わからないことは何でも聞いてください」

「ありがとうございます。河村さんはまだ若いですね」

「ええ、今年27歳です」

「私は32歳です。でも気を遣わずタメくらいな感じで何でも言ってください」

「お互いそういうことにしましょうか。早速ですが、車洗ってみますか」

「はい」

脩の本懐は、この事務所で横領が行われているか否かを探ることであるが、それを探る前提として自身のアルバイトの職務を遂行しなければならない。そこをなるべく早くマスターして横領の有無を早期に調査することがマストになる。

「宗像さんは中型免許持ってるって聞いてますけど」

「ええ」

「それなら、お客さんの所まで車を届ける回送の仕事もしてもらう事になると思いますけど、大丈夫そうですか?」

「まぁできない事も無いでしょうけど、実際にやりながらってところでしょうか」

「そうですね。最初は私も一緒に行きますので安心してください」

「それは助かります」

「ま、当分は展示車と売約済みの車と代車を洗う感じですかね」

「わかりました」

「最初は代車で練習しましよう」

代車の洗車をひたすら行った。こうして脩の潜入捜査アルバイトの初日が終了した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る