第二幕:章4 緑の逃避行

 渋谷の喧騒は、MIYASHITA PARKの緑に飲み込まれるように柔らかくなる。2025年のこの公園は、コンクリートのジャングルに無理やり植えられたオアシスだ。屋上スケート場ではスケーターの車輪がコンクリを削り、ボルダリングウォールの岩肌が汗で光る。レイとユリはハチ公像での乱闘から逃れ、息を潜めてここに辿り着いた。夕陽が人工芝を橙色に染め、遠くのスクランブル交差点のざわめきが、かすかなBGMのように聞こえる。

 「ここなら、誰も追ってこないよな」レイが息を弾ませ、ユリの肩を抱く。彼女の髪から、渋谷の埃と混じった甘いシャンプーの香りが漂う。ユリは頷き、レイの胸に顔を埋める。「タイの目が怖かった…でも、君と一緒なら、どこでもいい」二人はベンの助けを借りて潜入した。ベンがスケボーを貸し、モンキー・クルーの隠れ家として使われるこの公園の隅に案内したのだ。「お前ら、絶対バレるなよ。俺は見なかったことにするぜ」とベンはニヤリと笑って去った。

 屋上スケート場で、二人はスケボーに乗ってみることにした。レイがユリの手を引き、ベンのボードを二人で共有する。レイの足が軽く地面を蹴ると、ボードが滑り出し、ユリは悲鳴を上げてしがみつく。「わっ、落ちる落ちる!」笑い声が公園の風に溶け、喧騒の渋谷が一瞬遠のく。次にボルダリングウォールへ。ユリが下からレイを支え、レイが上から手を差し伸べる。岩の突起を掴むたび、二人の指が絡み合い、汗と息が混ざる。「君のデザインみたいだな、この壁。登るたび、新しい形が見えてくる」レイが言うと、ユリは照れながら応じる。「君のダンスみたい。自由で、予測不能」

 頂上に辿り着き、二人は肩を並べて座る。渋谷のビル群が眼下に広がり、ネオンが点き始める。息を整えながら、ユリが未来の夢を語り出す。「私、いつか自分のブランド立ち上げたいの。渋谷のストリートをモチーフにした服。混沌と美しさをミックスして」レイは目を輝かせ、「俺はモンキー・クルーを世界に。ダンスでこの街の魂を届けるよ。一緒に、な」二人は拳を合わせ、公園の「渋谷横丁」へ降りる。屋台のラーメンやタコ焼きを分け合い、熱々の串を交互に頬張る。ユリの笑顔が、レイの心を溶かすように温かい。

 だが、逃避の甘さは長く続かない。ユリが何気なくスマホをチェックすると、SNSの通知が鳴る。ハチ公像前の自撮り写真—二人が寄り添う一枚を、興奮のあまりアップしてしまったのだ。「やばい…タイが見てるかも」ユリの顔が青ざめる。レイがスマホを奪い取り、削除しようとするが、遅い。タイからのDMが届く。「今、MIYASHITA PARKだな。待ってろよ」追跡の気配が、公園の緑を毒々しく染める。

二人は急いで出口へ向かう。スケート場のランプが二人の影を長く引き、屋台の煙が別れの匂いを残す。渋谷の緑は、恋の逃げ場を与えながらも、街の牙を隠し持っていた。タイの足音が、遠くから近づいてくる。


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