第二幕:章5 高みの誓い

 渋谷スクランブルスクエアの頂上、SHIBUYA SKY展望台は、2025年の夜空に浮かぶ宝石箱のようだった。地上230メートルから見下ろす渋谷は、ネオンの海が波打ち、ビルの谷間を無数の光の粒子が埋め尽くす。レイとユリはMIYASHITA PARKからの逃走劇を振り切り、エレベーターの急上昇でここに辿り着いた。風がガラス壁を叩き、ARグラスを着けた観光客たちが仮想の星空を追いかける中、二人は隅のハンモックに身を委ねる。

 「ここなら、本当に誰も来ない」レイが息を吐き、ユリの腰に腕を回す。彼女の体温が、冷たい夜風を忘れさせる。ユリはレイの胸に頭を預け、眼下の街を指差す。「見て、渋谷が全部、私たちのものみたい。光の交差点で、君と出会ったあの日から、変わったよね」二人はハンモックを揺らし、ゆっくりと回転する。街の鼓動が足元から伝わり、心臓の音と重なる。

 レイがポケットから小さなリングを取り出す—渋谷のストリートショップで即席で買った、ネオンカラーのビーズを編んだもの。「これ、俺の誓い。クルーの争いなんか、吹き飛ばす。君と俺で、永遠の夜を作ろう」ユリは目を潤ませ、指にそれを嵌める。「私も…この街の空みたいに、自由に飛べるように」二人は唇を重ね、キスは展望台の風に溶け込む。街の光が二人の情熱を映し、ARの星々が祝福するように瞬く。時間は止まり、渋谷の喧騒は遠い記憶のようだった。

だが、高みの静寂は脆く崩れた。レイのスマホが振動し、ベンからの緊急メッセージ。「タイの奴ら、センター街で待ち伏せ! マキが巻き込まれた!」レイの顔が強張る。ユリが手を握りしめ、「行かないで…」と囁くが、レイは立ち上がる。「待ってろ。ここで俺を信じて」エレベーターに飛び乗り、展望台を後にする。ユリはガラスに額を押しつけ、眼下の光の渦を見つめる。愛の誓いが、試練の影に飲み込まれていく。

 一方、渋谷センター街の路地では、ストリートバトルが勃発していた。モンキー・クルーとキャット・クルーが、ネオン看板の下で激突。タイがレイを探して叫ぶ。「モンキーのガキ、どこだ! ユリを汚した報いだ!」マキが前に出て、タイに飛びかかる。「お前こそ、家族の誇りなんか捨てちまえ!」二人の拳が交錯し、マキの膝蹴りがタイの脇腹に命中。タイが膝をつき、血を吐くほど重傷を負う。仲間たちの叫びが路地を震わせ、警官のサイレンが遠くに響く。

レイが現場に駆けつけると、タイが地面に倒れ、目が血走って睨む。「お前…ユリを…」レイはタイに手を差し伸べるが、拒絶される。マキが息を荒げ、「これで終わりじゃねえよ、レイ。事態、ヤバいぜ」バトルの余波がSNSに広がり、クルー間の遺恨が街全体を覆う。レイは展望台のユリを思い浮かべ、高みの誓いが、渋谷の闇に引きずり込まれるのを感じた。

 夜空の星は、変わらず輝いていたが、二人の未来は揺らぎ始めていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る