スクランブル・ハーツ

神在月八雲

第一幕:章1 混沌の交差点

 渋谷スクランブル交差点は、2025年の夜も脈打つ心臓のようにざわめいていた。無数の足音がアスファルトを叩き、ネオンの光がガラスビルの表面を滑る。信号が青に変わるたび、数百の人間が一斉に動き出し、まるで巨大な生き物が蠢くようだ。レイはモンキー・クルーの仲間たちと交差点の角に陣取り、スピーカーから流れるビートに合わせて体を揺らしていた。黒のスニーカーとオーバーサイズのTシャツ、キャップのつばを後ろに、渋谷の夜に溶け込む姿だ。

 「よお、レイ! 今夜はバズるぜ!」ベンがスケボーを肩に担ぎ、ニヤリと笑う。モンキー・クルーはこの交差点でフラッシュモブを仕掛ける計画だった。SNSで拡散されれば、フォロワーがまた増える。レイはスマホを手に、ライブ配信の準備を整える。画面越しに「渋谷の夜、始まるぜ!」と叫ぶと、コメントが雪崩のように流れ込む。

 スピーカーが重低音を轟かせ、クルーのダンサーたちが一斉に動き出す。ブレイクダンスのスピン、ポップの波、観衆の歓声が交差点を飲み込む。だが、その瞬間、別のビートが割り込んだ。鋭いヒップホップのリズム。レイが振り返ると、交差点の対角にキャット・クルーが現れる。赤と黒のストリートファッションに身を包み、タイを先頭に威圧的に進んでくる。

 「お前ら、モンキーの猿芝居かよ!」タイが叫び、キャット・クルーの数人が挑発的なジェスチャーを繰り出す。観衆の視線が二つのクルーに集中し、スマホのカメラが火花を散らすように光る。レイは一歩前に出て、タイと睨み合う。「ここは俺らの舞台だ。消えな、キャット」と吐き捨てる。空気がピリつく中、信号が赤に変わり、群衆が動きを止める。その刹那、レイの視界に一人の少女が飛び込んできた。キャット・クルーの後ろ、交差点の縁に立つ彼女。白いスニーカーとビビッドなパーカ、ショートカットの髪がネオンの光で揺れる。ユリだ。彼女の目は、喧騒を突き抜けてレイを捉える。まるで時間が止まったかのようだった。彼女が小さく微笑むと、レイの胸が不思議な熱で満たされる。

 「レイ、集中しろ!」ベンが肩を叩く。だが、レイは動けない。ユリがスマホを掲げ、QRコードを表示する。レイも咄嗟に自分のスマホを手に取り、スキャン。通知音が鳴り、彼女のIDが画面に映る。「ユリ…?」と呟く間もなく、信号が青に変わる。群衆が再び動き出し、ユリはキャット・クルーに連れられるように人波に消えた。

 タイが一歩近づき、レイの胸を軽く突く。「次はお前らの縄張りごと潰すぜ」と言い放ち、キャット・クルーを引き連れて去る。交差点の喧騒が元に戻るが、レイの心はまだ止まっていた。スマホを握りしめ、ユリのIDを見つめる。「この街の混沌が、俺をどこに連れてくんだ…?」

 夜の渋谷は、恋の火花を隠すようにネオンを瞬かせていた。


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