俺とロリとアイリズカード ~女児リズムゲームで天才JSと過ごす夏~
中川隼人
プロローグ:真夏の試練
第1話 ここは地獄か?(いいえ、女児ゲーイベントです)
七月下旬の太陽は、朝から殺人的だった。
アスファルトから湧き上がる熱気は、まるで地面の下にマグマでも埋まっているかのようだ。陽炎がゆらゆらと立ち上り、遠くの景色を水面の如く歪ませている。
巨大イベント施設ペシフィコ横浜。
無機質なコンクリートの壁面さえも、今は熱を持って俺たちを威圧していた。
施設の入り口前には、まだ午前九時だというのに、気の遠くなるような長蛇の列。
並んでいるのは、見渡す限り『親子連れ』だ。
色とりどりの風船を握りしめた小さな手。
推しキャラが描かれたうちわをパタパタと振る女児。
親たちは日傘を器用に操りながら、我が子に影を作ってやっている。
そんな平和で幸せな光景の中に、一人、明らかに場違いな『異物』が混じっていた。
親子、親子、親子、たまにオタク――そして俺。
保護者でもなければ、プレイヤーでもない。ただ妹の頼みでここにいる、完全なる部外者だ。
「ママー、あとどのくらい?」
「もうすぐよ、頑張ろうね」
前に並ぶ子どもの声は、この暑さにもめげず弾んでいる。
抱きしめた分厚いカードファイルには、膨らんでたり光ってたりするシールが所狭しと貼られていた。それだけで、所有者の愛の深さが知れるというものだ。
振り返れば、似たような光景。小学校低学年と思しき女の子が、カードが入った桜色のケースを、まるで宝石でも扱うように両手で包み込んでいる。時折中を取り出しては、朝日に透かして眺め、うっとりと微笑んでいた。
スピーカーからは、脳が溶けそうなほど甘ったるいBGMが延々と流れ続けている。
「キラリン☆」「ミラクル♪」「ドリーム☆」といった効果音が、一定の間隔で曲に混じる。
壁一面に貼られたポスターには、パステルカラーの衣装を纏った二次元の美少女たちが、これでもかというほどの笑顔を振りまいていた。
『アイドリズム』――通称『アイリズ』。
女児向けアーケードリズムゲームの、夏の限定配布イベント。
それが、俺がここにいる唯一にして最大の理由だった。
「もうすぐ開場ですよー! 熱中症に気をつけてくださーい!」
列を誘導するスタッフのお姉さんが、明るい声で呼びかける。
ロゴTシャツに、頭にはうさ耳のカチューシャ。完全にゲームの世界観に合わせた装いだ。彼女たちのプロ意識には頭が下がるが、同時に俺の場違い感をえげつないほど際立たせてもいた。
「パパ、ちゃんとクリアできるよね?」
「昨日練習したから大丈夫さ」
「でも、イベント限定ステージは難しいって、りかちゃんが言ってた」
「心配ご無用、パパに任せなさい」
隣の親子の会話が耳に滑り込む。
父親の対応には、娘を安心させようという優しさと、若干の不安が混じっていた。
俺は内心で鼻を鳴らす。
たかが女児向けゲームだろう?
リズムゲームなんてものは、結局のところ音に合わせてボタンを押すだけの単純作業だ。ゲーセンの太鼓ゲームだって、ダンスゲームだって、俺はそこそこやってきた。
幼女でもクリアできるゲームに、十七歳の男が負けるはずがない。
額から流れ落ちる汗を、手の甲で拭う。Tシャツは既に背中に張り付き、不快な湿り気を帯びていた。それでも列は少しずつ、確実に前へと進んでいく。
なぜ俺がこんな場所で、こんな苦行に耐えているのか。
――その答えは、三日前に遡る。
***
「お兄ちゃん、お願いがあるの」
夕食後のリビング。
ソファでスマホをいじっていた俺の横に、妹の
少し離れていたはずなのに、じりじりとスペースを詰めてきて、わざわざ俺の真隣に座り直す。
不自然に近いこの距離感は、何かをねだる時のサインだ。
「なんだよ、改まって」
鈴は両手を膝の上で組み、もじもじと言葉を探している。
いつもの妹らしくない、妙に緊張した様子だった。
「あのね、私、明日から遠征でしょ?」
「ああ、新体操の強化合宿な。一ヶ月だっけ?」
幼い頃から、新体操を続けている鈴。ふわふわとした雰囲気からは想像もつかないが、県大会で入賞するほどの実力者だ。この夏は選抜メンバーに選ばれ、県外でみっちり特訓らしい。
俺はというと『エアコンの効いた部屋でダラダラ』一択。
……血は繋がってるはずなのに、この差は何なんだ。
「うん。それで、その間に……」
言いながら、鈴はテーブルの上に一冊のクリアファイルをそっと置いた。
中を開くと、丁寧な丸文字で書かれたメモが挟まっている。
『アイリズ夏の限定配布スケジュール』
七月二十六日、八月三日、七日、十五日――。
日付と場所、貰えるらしいカードの名前がびっしりと書き込まれていた。
「アイリズって、あのキラキラしたやつか」
「うん。アイドリズム。私が好きなの、お兄ちゃん知ってるでしょ?」
鈴の顔に、ようやくいつもの柔らかな笑みが戻った。
アイリズの話になると、普段おっとりしている妹も少しだけ饒舌になる。
「限定配布のカード、集めておいてほしいな」
「……俺が?」
上目遣いで俺を見上げてくる。
断れるはずがない、という確信に満ちた、それでいて甘えた表情。
「でも俺、そういうの全然分からないぞ」
「大丈夫だよ。お兄ちゃんなら絶対できる」
鈴は立ち上がり、隣により密着して座り直した。細い腕が、俺の左腕にそっと触れる。
「お兄ちゃんしか、頼める人いないの」
この殺し文句だ。昔から妹はこの手を使う。そして俺は、毎回これに負ける。
「……しゃあない」
「本当? ありがとう、お兄ちゃん!」
抱きついてきた。華奢な体から伝わる体温と、シャンプーの香りに混じるほのかな甘い匂い。妹からの無邪気な信頼が、断る理由を根こそぎ奪い去る。
「あ、これゲーム代」
鈴は自分の部屋へ走ると、なにやら封筒を持って戻ってきた。
中を覗いて、俺は目を剥いた。
お札が何枚か。漫画みたいに二度見した。
「おい、なんでこんな金持ってんだよ」
俺より金持ちじゃないか、と内心ツッコむ。小学五年生の持ってていい額じゃない。
まさか、流行りのパパ……いかんいかん。そんなわけがない。
鈴は少し恥ずかしそうに頬を染めた。
「お年玉とか、お小遣い貯めてたの。……ずっと、この夏のために」
健気さに、胸が詰まる。
遊びたい盛りだろうに、妹はこの日のためにコツコツと大切に貯めていた金を、俺なんかに託そうとしている。
こんなもん、受け取れるかよ。
「いらねーよ」
俺は封筒を突き返して、妹の頭をわしゃわしゃと撫でた。
ショートボブの柔らかな髪が、指の間をさらさらと流れる。
「鈴は合宿頑張るんだろ? だからこれは、お兄ちゃんからのプレゼント。限定カード、全部集めてやるよ」
鈴の目が、みるみる輝いていく。
「え?! いいの? 本当に?」
「ああ。鈴が合宿から帰ってくる頃には、コンプリートしといてやる」
「わあ……! ありがとう、お兄ちゃん! 鈴、合宿もっともっと頑張るね!」
鈴は両手を胸の前で組み、祈るようなポーズで喜んだ。
安いもんだ。この笑顔が見られるなら、ちょっとくらいの出費なんて痛くも痒くもない。
「でも――」
妹が、急に真顔になった。
「アイリズの課金圧、舐めちゃダメだよ?」
「課金圧って……」
にこにこと笑っているが、不穏だ。
小学五年生にして、俺より金銭感覚がしっかりしているのか、それとも狂っているのか。
目が怖い。
「あのね、カードはね、ただ並べば貰えるわけじゃないの」
「え?」
「ゲームをプレイして、ちゃんと『合格点』出さないと貰えないんだよ」
鈴の説明によると、限定配布といっても無条件ではないらしい。
実際にゲームをプレイし、規定のスコアをクリアした者だけが、カードを手に入れる資格を得るという。
「……マジか」
「でも簡単だから。音に合わせてカードを動かすだけ」
鈴は大事そうに保管されたカードをケースから取り出す。
透明なビニール(スリーブというらしい)に入れられた四枚のカード。プリズムめいたホログラム加工が施され、ピンクの衣装を着た女の子のキャラクターが描かれている。
「これ、『ひなみん』。私のお気に入り」
「ひなみん……」
「このカード使ってれば、よっぽどじゃなければ大丈夫。お守りみたいなものだから、大事に使ってね」
翌朝。
鈴は大きなスーツケースを引きながら、玄関に立っていた。
「お兄ちゃん、本当にお願いね」
「ああ、任せとけ」
「約束だよ?」
「分かってるって」
妹を見送りながら、俺は軽い気持ちで請け負っていた。
たかが女児向けゲーム。カードを置くだけの簡単なお仕事。
何も難しいことはないはずだ、と。
その認識が、いかに甘かったか――
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