第19話 圧迫面接

 ある程度想定していたとはいえ、集まりはかなり合コン色が強かった。ウチのクラスの親睦会という名目で始まったのだろうが、他クラスの生徒も何人か見受けられる。現段階でざっと20人くらいいて、後からもう何人か合流するという話だ。

 男女混成グループで遊んだ経験に乏しい俺にはそれだけで結構キツいんだけど、そこに終始しない居心地の悪さもある。

「御堂、元気なくない?」

「人酔いしてるんだ」

 隣からの問いかけに適当に応じる。同じクラスの佐伯さん。倉木さんと同じグループにいる、キラキラ女子。ちなみに逆サイドにも女の子がいて、そちらもまた当然のように同クラス。

 当初は君島あたりとつるんでやり過ごすつもりだったが、完全にアテが外れた。あいつは根っからの世話焼き体質で、食べ物の注文やドリンクバーの往復などでひとところに留まることなくあっちこっちを行ったり来たりしている。

 結果として、女の子にサンドイッチされる形になってしまった。かなり詰めて座っているのもあって、肩やら脚やらが頻繁にぶつかる。薄暗いカラオケルーム内、軽音部のボーカルが熱唱する流行りのJポップに耳を傾けつつ、盛り上がってるなー、なんて考える。ノリノリで合いの手を入れるやつ、タンバリンをたたくやつ。場づくりが上手な人員がしっかり集められている。

 そして、彼らが張り切る理由は明快。どこか緊張したような面持ちですみっこの席に座っている女の子の存在があるからだ。

「詩歌がいるから熱気すごいねー」

 佐伯さんが言う。みんな、認知を求めた自己アピールに余念がない。クジャクが羽を大きく広げるように、ダチョウがダンスを踊るように、人間にだって求愛行動の型がある。

 当の倉木さんは片側を壁、もう片側をボディーガードっぽく目を光らせている同級生で固めているから、どうにかして引っ張り出そうと必死なのだ。

「というわけで御堂、今から質問攻めタイムね」

「どういうわけなの?」

「いいからいいから。ねね、詩歌からご指名受けて今どんな気持ち?」

 私もそれ気になってたーと逆サイドからも追い打ち。俺は俺で、包囲網が敷かれている。

 前のめりのふたりに押しつぶされかけながら、答える。女の子のいい香りがして落ち着かない。

「それはもう、光栄としか」

「わ~」

「なんかうっすら腹立つ反応だな……」

「だってねえ」

 俺越しに、女の子ふたりが顔を見合わせる。ただでさえ今の人数構成は男余りなのに、そのうえ倉木さん関係の女子4人が浮いてしまっているから、周囲から浴びせられる視線が痛い。ひとりで女の子ふたり持っていくなよ。そんな非難の声がきこえてくるようだ。

「御堂が鈴川さんと付き合ってるの、みんな知ってるし」

「またそれか~~~」

「なのに詩歌、最近ずっとあんな調子でしょ」

 あんな調子って? なんて言ってとぼけることは難しかった。

 話の流れで視線を向けると、ちょうど倉木さんと目が合う。小さく手を振られたので、軽く首を横に傾けることで返事代わりとした。

『倉木って視力悪かったの?』

 そのタイミングで、マイクを持っていた男子が名指しで質問。無視なんて選択肢があるわけもなく、照れたように微笑みながら倉木さんが答える。

「ううん、伊達なの。少しイメージ変わるかなと思って」

 へえ~とか似合うね~とか、男子中心にいくつかのリアクション。実際、ばっちりフィットしてはいる。眼鏡というのはどうしても顔の印象が野暮ったくなりがちなアイテムではあるものの、外装を少しいじった程度でスーパーカーの出力が落ちたりはしない。つまりそういうことだった。

 問題があるとすれば、どうしてかその発言が俺の顔を見据えながら行われたことくらい。

 ぐしぐしと、佐伯さんの肘が俺の脇腹をつつく。

「詩歌さあ、質問してほしそ~~~にメガネかけたり外したりしながら私たちをちらちら見るわけ。それで察して聞いてあげたら、『どうしようかな~。内緒なんだけどな~』ってニコニコなの。あんなにウザくてご機嫌な詩歌、初めて」

「で、結局理由は聞き出せた?」

「おそろいなんだって。誰と一緒かまでは教えてくれなかったけど」

「それは難しい問題だな~。日本国民の半数以上がメガネを所持しているって統計もあるらしいし、数千万人を順に調べていかないといけない」

 言いながら、レンズを拭くふりをしてこっそり眼鏡を外す。

 その手を、横からつかまれる。

「逃げるな卑怯者」

「待ってくれ。俺は今、自分にとって不利な女の子サンドイッチの間で会話してるんだ」

「あ、やっぱり度、入ってない」

 俺の弁明を無視し、ひったくった眼鏡をかける佐伯さん。

「ねえ、なんか向こうで詩歌がこの世の終わりみたいな顔になってるんだけど」

「レンズ越しだから情報が歪曲されてるんじゃないか?」

「往生際が悪い」

「しぶといと言ってくれ」

 ひょいと奪い返すと、倉木さんがほっと息を吐くのが見えた。

 それを見て、どう反応すべきなのかわからない。隣にいる人たちのことを考えると特に。

「悪い男~」

 俺の肩に肘をのせながら佐伯さんが言う。この子はこの子でちょっと接し方が気安すぎる。

「言いがかりなんだよなあ」

「どこがよ。鈴川さんキープした状態で詩歌に行くなんて、うちの学校で一番の大悪人でしょうが」

「もしかして今の俺って、みんなからそんな感じで認識されてる?」

 佐伯さんがこくりと頷く。

 それって、入学時期の違いを考慮して、半年だけ日本国内のトップ大学に通ってから海外の有名大学に進学するスーパーエリートみたいだ。思うに、まったく俺の領分ではない。そもそもたとえを美化しすぎているような気もする。

「そういえば去年、顔に痣作って登校してきて軽い騒ぎになってたのも、女の子がらみの修羅場だったんじゃないの。鈴川さん半泣きだったらしいじゃん」

「別クラスだったのに妙に俺のこと詳しいのなに? もしかして俺、裏でひっそり女子人気あったりする?」

「うぬぼれるなよ」

「こわ~」

「……私が小学生のときからこっそり目星つけてた男子が、高校入ってからずっと鈴川さんの方ばっかり見ててムカつくだけ」

 どこかで聞いたことのあるような話だ。というか倉木さんの語りのネタ元が、佐伯さんだったということなのだろう。世界って狭い。

「バイアスかかってるって。それこそ情報が歪んで見えてる。だって、佐伯さんからすると俺と鈴川が付き合ってる方が好都合なわけだろ」

「まあ、そうかもだけど」

「その状態で下される判断には公平性が欠けてるよ。俺が必死に否定したところで、かえって怪しいと思われて終わりだ」

「付き合ってないって?」

「俺、誰に対してもそう答えてきたんだけど」

 いくら怪しまれようが勘繰られようが、スタンスは統一してきた。事実そのものだし、嘘をつく意味もない話だ。

 時折、いっそ全部話してドン引きさせてやろうかな、なんて考えることもある。ダメになった脚。壊れた鈴川。相手を閉口させるには十分なパンチ力のあるエピソード。

 もちろん、考えるだけだ。下手に言いふらしたら、おそらくとんでもない尾ひれを伴った噂となって拡散される。そんな愚を犯すほどバカではないつもりだ。

「悪い、そっちまでフード渡ってなかった」

 こちらの会話を遮るように、少し離れたところから大皿を伸ばしてくる君島。

 それに対し、俺より早く反応して受け取る佐伯さん。

 今の一瞬のやり取りだけで点と点がつながってしまった気がするが、余計ややこしくなりそうなので見なかったことにする。自分を取り巻く人物相関図は、できるだけ簡潔であってほしい派なので。

「そもそも御堂はさ」

 ポテトフライを咥え、背もたれに体重を預けながら、肝心なことをまだ聞いていなかったといった調子で、

「鈴川さんのこと好きじゃないわけ?」

 これまたどう答えても角が立ちそうな爆弾を投下する佐伯さん。

 今日初めてまともに話してみて、あまり俺に対する好感度が高くなさそうなのはもうわかった。理由が理由だし、自然なこととも思う。

 それを踏まえて、変に体裁を整えた真人間エミュは受けが悪いと判断する。今必要とされているのは、いかにも本音のように聞こえる生の声だ。

 こちらの発言の真偽を問えるほど佐伯さんは俺を知らないし、興味もない。もっともらしい言葉を並べても、きっと虚しく響くだけ。

 じゃあ、実際なにを言えばいいかとなると。

「顔はめちゃくちゃかわいいと思ってるよ」

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