第9話「暴かれた陰謀」
カイゼル騎士団長の鶴の一声は、品評会の混乱した空気を一瞬にして凍てつかせた。
王宮直属の鑑定官による再調査。それは、薬師ギルドの権威を飛び越えた国家としての調査を意味する。バルテルミー薬師長といえども、それに異を唱えることなどできるはずもなかった。
「な、何かの間違いです、閣下! 鑑定は、我がギルドが誇る鑑定士が、厳正に行ったもので……」
狼狽するバルテルミーを、カイゼルは氷のような視線で射抜いた。
「その鑑定士とやらも、調査の対象だ。不正に加担した者がいるのなら、相応の罰を受けてもらうことになる」
その言葉に、バルテルミーの顔はもはや土気色になっていた。
騎士団に連行されるように、エリオットとバルテルミー、そしてすべての証拠品は王宮の一室へと移された。
エリオットは不安と恐怖で押しつぶされそうだったが、隣に寄り添うカイゼルの、静かで力強い魂香が彼を支えてくれていた。
再調査は、カイゼルの監督のもと、迅速かつ厳密に行われた。
王宮が誇る最高の鑑定官たちが、最新の魔道具を駆使してエリオットの香油と、バルテルミーが「証拠」として提出した香油を、徹底的に分析していく。
そして、数時間後。
驚くべき結果が、もたらされた。
「報告します! エリオット殿の作成した香油からは、黒ユリの成分は一切検出されませんでした!」
鑑定官の一人が、興奮した声で叫んだ。
「そ、そんなはずは……!」
バルテルミーが、信じられないという顔で呻く。
しかし、報告はさらに続いた。
「ですが、奇妙な点が一つ。バルテルミー薬師長が証拠として提出した、紫の光を発した香油……。こちらからは、黒ユリの成分と共に、ごく微量ですが、薬師長の工房でしか使用されていない、特殊な保存用の油が検出されました!」
その瞬間、部屋の空気が凍り付いた。
すべての視線が、バルテルミーに突き刺さる。
つまり、こういうことだ。バルテルミーはあらかじめ黒ユリの成分を混ぜた偽の香油を用意し、鑑定の際にエリオットの本物の香油とすり替えたのだ。自作自演の、卑劣極まりない陰謀。
「……言い逃れは、できんな」
カイゼルの静かな声が、バルテルミーの最後の希望を打ち砕いた。
観念したバルテルミーは、その場にがくりと膝をついた。
「なぜ、このようなことを……」
エリオットが、震える声で尋ねる。自分は、彼に何か恨まれるようなことをした覚えはなかった。
バルテルミーは顔を上げると、嫉妬と憎悪に歪んだ顔で、エリオットを睨みつけた。
「お前のような、素性の知れぬ小僧が……! 私が長年かけて築き上げてきた権威と秩序を、いとも簡単に脅かしおって……! 許せるはずが、ないだろう!」
その醜い本心に、エリオットは言葉を失った。
だが、事件はこれだけでは終わらなかった。
カイゼルは、バルテルミーの逮捕と、彼の工房の家宅捜索を即座に命じた。
そして、その捜索の結果、事態は誰もが予想だにしなかった方向へと、大きく舵を切ることになる。
バルテルミーの工房の地下室から、大量の非合法な薬物が発見されたのだ。
その中には、人の魂香を無理やり暴走させ、理性を失わせるという、恐ろしい効能を持つ闇の薬も含まれていた。
「待て……この成分は……」
報告書を見ていたカイゼルが、はっと目を見開いた。
闇の薬の主成分として使われていたのは、ある特殊な鉱石と、西方の呪術師たちが使うという毒草を組み合わせたものだった。
それは、五年前、カイゼルが呪いを受けた戦場で敵が使用していた毒物の成分と、完全に一致していたのだ。
「……まさか」
一つの、恐ろしい仮説がカイゼルの脳裏をよぎる。
自分の呪いは、ただの呪術ではなかったのではないか。
あの呪術師は誰かに依頼され、この闇の薬を使って自分の魂香に「呪い」という名の枷を仕掛けたのではないか。
そして、その依頼主は、この国の、自分のすぐ近くにいる……。
「バルテルミー! 貴様、この薬を誰に渡していた! 正直に話せ!」
カイゼルの気迫に満ちた尋問に、追い詰められたバルテルミーはついにすべてを白状した。
「……わ、私は、ただ、命じられただけだ……!」
彼は、震えながらある人物の名前を口にした。
「すべては……オルコット宰相閣下の、ご命令です……!」
オルコット宰相。
温和な笑みの下に冷徹な野心を隠し持つ、この国の政治を牛耳る影の実力者。
カイゼルは、かねてより彼の強引なやり方に反発し、対立することが多かった。宰相が自分の存在を疎ましく思っていることにも、薄々気づいていた。
だが、まさか、彼が五年前の事件の黒幕だったとは。
すべてが、一本の線で繋がった。
オルコット宰相は邪魔なカイゼルを排除するため、バルテルミーに闇の薬を作らせ、敵国の呪術師と裏で手を組み、彼に呪いをかけたのだ。
そして、最近になって頭角を現したエリオットの存在を知り、彼を利用してカイゼルを完全に失脚させるか、あるいは支配下に置こうと、バルテルミーに今回の陰謀を命じた。
「……なんということだ」
あまりにも巨大な陰謀の全貌に、エリオットはただ立ち尽くすことしかできなかった。
自分は、知らず知らずのうちに、国家を揺るがすほどの危険な渦の中に巻き込まれていたのだ。
カイゼルの苦しみの元凶が、こんなにも近くにいたなんて。
カイゼルの魂香が、静かな、しかし底知れないほどの怒りに燃え上がっているのが、エリオットには感じ取れた。
彼は、己の運命を狂わせ、そして愛する青年を傷つけようとした男を、決して許すことはできないだろう。
事態は、もはや一人の薬師長が起こした不祥事などというレベルを、はるかに超えていた。
王国の光と影が、今、激しくぶつかり合おうとしていた。
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