杖の音

キャルシー

杖の音

深夜の病院での出来事をお話しします。

田中美咲さんという看護師が夜勤で働いていた時のことです。


彼女は3階の病棟を担当していました。


深夜の病棟は、まるで時間が止まったかのように静まり返っています。廊下の照明はところどころ間引かれていて、天井の蛍光灯が冷たい青白さを放っています。窓の外は真っ暗で、街の灯りも届かないので、廊下の奥に目を向けると、闇がじっとこちらを見返しているような錯覚を覚えるのでした。


ある日の深夜2時頃、廊下の奥から「カツ、カツ」と床に杖をつくような音が聞こえてきました。

不思議に思って見に行くと、誰もいません。でも音は確かに聞こえていました。そして、その音は徐々に近づいてくるのです。

「カツ、カツ、カツ…」

音は彼女の目の前まで来て、そして止まりました。目の前には誰もいないのに、冷たい空気だけがそこにありました。


翌朝、先輩看護師にその話をすると、顔色を変えてこう言いました。

「それ、3階で亡くなった患者さんかもしれないわ。その方、いつも杖をついて夜中に散歩するのが好きだったの。でも…その方が亡くなったのは、もう5年も前のことなのよ」

先輩看護師は5年前のその日の夜、床に杖をつく音を聞いて怖くなったといい、何かにぞくっとしたように身震いしました。


しかし、そんなことはその日限りで、それから今日までの5年間、そんなことはこの病院では起こらなかったといいます。


5年前、亡くなられた当日の夜だけに杖の音が聞こえ、翌日からは聞こえなくなったことを振り返り、先輩看護婦は「成仏するのが丸一日遅れたってことかしらね」と独り言のように言って、冷めてしまったお茶を飲みほしました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る