TS転生して『サキュバス』になった俺、ステータスは『最強』なのに、他人の魔力がないと生きていけないのだが……

AKINA

第1章:出会いと契約の森

第1話:TS転生と飢餓感

焼けるような渇きだった。いや、違う。喉じゃない。身体の、もっと芯の部分。魂そのものが擦り減っていくような、絶対的な『欠乏感』。


「(……どこだ、ここ)」


意識が急速に浮上する。最後に見た光景は、トラックのヘッドライトだったはずだ。平凡な社会人(プログラマー)、黒崎和希くろさきかずきとしての、あまりに呆気ない幕切れ。


なのに今、俺は生きている。ひんやりとした土の匂いと、濃い緑の腐葉土ふようどの匂いが鼻をつく。目を開けると、鬱蒼とした森の中だった。木々の隙間から差し込む月光が、状況の異常さを際立たせる。


「(……夢、か?)」


身体を起こそうとして、違和感に気づいた。まず、視界の端で何かが揺れている。艶やかな黒髪だ。俺の髪は、こんなに長くなかったはずだが。次に、胸。ありえないほどの重量感がある。恐る恐る視線を落とすと、そこには見事なまでに膨らんだ二つの柔らかい丘があった。


「(は……?)」


混乱のままに自分の身体を見下ろす。肌は病的なまでに白く、身にまとっているのは黒を基調とした、やけに露出度の高いオフショルダーの服だ。そして、背中がむず痒い。手を回そうとして、さらに信じられないものを認識した。背中から、コウモリのような黒い翼が生えている。


「な……んだよ、これ……」


漏れた声は、俺の聞き慣れた低い声ではなく、鈴が鳴るようなソプラノだった。パニックが頂点に達し、尻餅をついた拍子に、今度は臀部でんぶに鋭い痛みが走った。


「いっ……!?」


見れば、腰からはスペード状の先端を持つ、細くしなやかな黒い尻尾が伸びていた。どうやら、それを思い切り踏んづけたらしい。


「(TS転生……ってやつか? しかも、なんだこの姿。サキュバス? 悪魔?)」


あまりの非現実に思考が停止しかけた、その時だ。


――ギュルルルル……。


腹の音、ではない。もっと本能的なアラートが、全身で鳴り響いた。先ほどの『欠乏感』が、津波のような『飢餓感』となって全身を支配する。


「(やばい、腹が、減った……? いや、違う。魔力が、欲しい……?)」


何を言っているんだ俺は。だが、本能がそう叫んでいる。何かを『摂取』しなければ、俺という存在が消えてしまう。体内の、おそらく心臓のあたりにある何かが、魔力を枯渇させ、悲鳴を上げている。


「(だめだ、動けない……。誰か……いや、来るな……でも、来てくれ……!)」


朦朧もうろうとする意識の中、俺は近くの大樹の根元にうずくまることしかできなかった。五感が異常に研ぎ澄まされていく。遠くでふくろうが鳴く音。風が葉を揺らす音。そして――金属が擦れる音。


「……誰かいるのか?」


低い、男の声。茂みをかき分けて現れたのは、月光を浴びて鈍く光る軽鎧をまとった、一人の青年だった。歳は二十代半ばだろうか。整った顔立ちに、無造作に伸ばされた鳶色とびいろの髪。その瞳は、澄んだ碧眼あおめだった。


「(うわ、ガチのイケメン……。腰のロングソードと背中の盾。剣士か)」


絵に描いたような冒険者ファンタジーだ。前世の記憶が一瞬よぎるが、それも強烈な飢餓感に吹き飛ばされる。


男は俺の姿を認め、驚いたように目を見開いた。「……女? いや、その翼と尻尾……魔族まぞく、か?」


男が剣の柄に手をかける。まずい。敵意を向けられている。弁解しないと。俺は人間で、男で、ついさっきまで日本にいた、と。


「あ……、う……」


だが、声にならない。『飢餓感』が理性を焼き切っていく。目の前の男が、極上の『ご馳走』に見えてきた。彼が纏う、温かく、力強いオーラ。あれが欲しい。あれを、食べたい。


「(だめだ、よせ、俺……!)」


俺の意思とは裏腹に、身体が勝手に立ち上がった。赤紫の瞳が、自分のものではないように熱を帯びるのがわかった。たぶん、今、俺はサキュバスの本能――『チャーム』とやらを発動している。


男が、一瞬、警戒を解いたように瞠目どうもくする。その隙を、俺の本能は見逃さなかった。


「……っ、ぁ!」


地面を蹴る。自分でも信じられないほどの速度で、男の懐に飛び込んだ。


「なっ!?」


驚く男の胸板に、俺は思い切り抱きついた。軽鎧越しだというのに、彼の体温が熱いほどに伝わってくる。


そして、摂取が始まった。抱きついた瞬間、俺の身体と男の身体から、淡い光の粒子が溢れ出した。男の生命力――おそらくは『魔力』と呼ばれるものが、俺の体内へと凄まじい勢いで流れ込んでくる。


「ああ……っ!」


口から、抑えようのない嬌声が漏れた。脳が痺れるような、圧倒的な快感。枯渇していた体内の『魔石』とやらが、極上のエネルギーで満たされていく。身体の芯から熱が蘇り、力がみなぎっていくのがわかる。


「(あ、ダメだ、これ、気持ちい……止まら、ない……っ)」


男の身体から力が抜けていくのがわかった。「……ぐ、ぁ……。な、にを……」


抵抗しようとした彼の手が、だらりと垂れ下がる。


快感の波が最高潮に達した瞬間、俺は満足し、ぱっと彼から身体を離した。


「……ぷはぁっ!」


満たされた。人生……いや、今世で最高の満足感だ。


だが、目の前の光景に、俺は血の気が引いた。青年――アレックスと名乗ることになるその男は、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ち、意識を失っていた。


「え……」


自分が何をしたのかを、ようやく理解した。俺は、この見ず知らずの男を襲い、何かを吸い取り、気絶させた。しかも、快感を覚えながら。


「(う、嘘だろ……。俺、男だぞ? (元)男が、男を襲って、気持ちよくなって……!?)」


罪悪感と自己嫌悪が、満たされたはずの身体を再び冷やしていく。俺の、異世界での最初の行動は、傷害事件(しかも痴漢まがい)だった。


「(やばいやばいやばい! ど、どうしよう……!)」


せめてもの償いに、意識のない彼を近くの木に寄りかからせ、彼の毛布で包み、夜が明けるのを待つことしかできなかった。


俺の異世界転生は、最悪の前科スタートを切ったのだった。


―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ――

【あとがき】

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