第3話:空から女の子が落ちてくる


「じゃ、帰ろっか。伏見くん」


 放課後。授業も終わり、各々帰路につく。あくまで帰宅部限定。部活動もあるので用事がある生徒というのはちょっとうらやましい。俺も文芸部とかに入ろうとか思っているが、今日は用事があるので即帰宅。で、隣に座っていたバニーガールの砂漠谷さんが、カバンを持ちながら言ってくる。


「ちなみにバニーの格好で登下校するのか?」


「まさか」


 だよなぁ。


「その日によるよ。コスプレは毎日しているから、登下校だってバニーだけじゃないよ?」


 つまりコスプレで登下校しているのは事実なわけだ。俺にとっては悪夢だが、本人は一切斟酌していない。


「大丈夫かソレ? 怒られない?」


「黒子迷彩だっけ? それがあるから余裕余裕。ボク的には多分殺人事件を起こしても検挙されないレベル」


「刺したことがあるのか?」


「ないけど」


 まぁ、だよな。


「一応買い物にも金は払っているし、最近は機械による自動精算だから、店員とコミュニケーションとらなくていいよね」


「誰がバーコード識別してくれるんだ?」


「そこは適当にレジ棚に商品を置けば、僕を認知できなくても認識は出来るから、流れ作業で」


 要するにスルーしているだけで見ていはいるし聞こえてはいるから、最小限の接触は出来ると。そもそも意識できないだけでそこにいるのは事実。人間だって細菌を飲みこんだことを意識しなくても自動防衛機構がくしゃみをしてくれる。見えて、聞こえて、意識は出来ずとも反射だけで砂漠谷さんに対応はできるわけだ。実際に学校にだって書類はあるし、砂漠谷さんのテスト用紙も問題なく処理される。その意味でレジも取引も成立するわけだ。


「家族とはどうしてんの?」


「絶賛スルー中。御飯も用意してくれるし、学費も出してくれるけど、ボクはいない者扱い」


 ブイッとブイサインをする砂漠谷さんだった。


「そうか」


 で、俺はカバンを持って学校を出る。砂漠谷さんもついてきた。へー、こっち方向なんだ。


「いや、下校路とは違うぞ」


「寄り道?」


「と言っていいのかどうか」


 ほれ、と俺は俺たちの前を歩く常闇アキラさんを指差す。月影の女神。二年生で最も可愛いとされる女子生徒。


「ストーカー?」


「間違ってはいないな」


 で、どこかどんよりとした空気を出したまま月影の女神はビルに入り、それがちょっと管理の行き届いていないビルだと知るや。俺の魔眼……却下ン視サイドシーイングが、後の結末をなんとなーく察する。


「大丈夫? 警察呼ぼうか?」


「いや、まだ何か犯罪をするとは決まったわけでは……」


「いや、伏見くんがストーキングしてるって」


 俺を通報かよ!? 確かにストーキングはしているが。


「ところで」


 俺は月影の女神が入っていったビルの入り口。だいたい正面の壁の側面に立って、そしていう。


「ここで砂漠谷さん全裸になっても問題ないわけ?」


「誰も気にしないと思うよ?」


 そっかー。


「やろうか?」


「是非止めて」


「えーでもおっぱいとか衆目に晒すの憧れない?」


「まさかそういう趣味が? 夜な夜な全裸で徘徊していたり?」


「今のところ理性が勝っているけどね」


 ちょっとホッとした。そのまま道路からビルの側面に立って、起こりうるべきことを待っている。


「雨降らないよ?」


「知ってる。ただ別のモノが降ってくる」


「何がぁ………………えぇ?」


 で、空を見ていたというか。俺はビルの屋上の縁を地上から見ていて、そこから何かが降ってきた。植木鉢を間違って落としたとかならまだしも可愛げがあるが、降ってきたのは人間だった。それも月影の女神……常闇アキラ。ビルが数十メートル。そこからの落下計算として秒速で二十メートルを超える。人間の終端速度の半分程度だが、死ぬには十分な激突だ。あっさりと縁を乗り越え、ビルから投身自殺した月影の女神を俺は、


「よっ……と」


 軽やかに受け止めて、月影の女神を助ける。


「……………………え?」


 ちょっと腕が痺れたが、まぁそれはそれ。俺の却下ン視サイドシーイングは、この展開を読んでいた。答えが何となく察せる未来視。それによるフォローはまぁ今更で。


「なんで助けたんですか?」


「嫌がらせ」


 もちろん俺も素直な性格はしていないので、ニコニコ笑顔でそういう。


「嫌がらせって……」


「死にたい人間を生かす。これ以上の嫌がらせが他にあろうか。いやないね」


「私は……死にたいんです……」


「じゃあせめて俺の目の届かないところで死んでくれ」


「偶然ここに居合わせたんですか?」


「お前が落ちてくるのは読めてたから」


 原因は知らないけど。


「ほえー。伏見くんって本当に未来が見えるんだよ……」


 砂漠谷さんも感心している様だった。


「じゃ、そういうことで」


 後のことは知らんとばかりに、俺はお姫様抱っこで受け止めた月影の女神を地面に下ろして、ヒラヒラと手を振る。だがその俺の制服の裾を、ギュッと月影の女神が握った。行くな、ということらしい。


「お礼は現金書留でいいぞ?」


「腰が抜けちゃいました。助けてください」


「じゃあ飛び降りるなよ……と言ってもしょうがないか。家は近いのか?」


「まず駅まで行かないと」


「あーい。わかりました」


 そんなわけで、俺はまた月影の女神をお姫様抱っこした。


「むー。ずるい。常闇さん」


 砂漠谷さんは悔しそうだ。そんなに俺にお姫様抱っこされたいか?


「じゃあ、送っていくか。道案内よろしく。あくまで俺に個人情報を渡していいならな」


「えと……じゃあ……その……」


「伏見だ。伏見ネバダ」


「伏見くんの家に行くとか……」


「話でも聞いてほしそうだな」


「お……ねがい……」


 お姫様抱っこされたまま、俺のシャツの襟を引っ張って、常闇さんは悲しそうな表情になる。俺としては切って捨ててもいいのだが、このまま、また飛び降りられもな。南無。

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