第2話: 月影の女神


「…………」


 転校二日目。俺は教室に入って、バニーガールを見た。頭にうさ耳バンド。身体はバニースーツ。尻尾がちょこっと生えて。網タイツに靴まで完璧。この公衆の場に相応しくないエロイバニーガールがいた。もちろん砂漠谷さんなのだが、ここまでやっても教室では誰もツッコまない。おっぱいがボインボインすぎて、胸のところから零れ落ちそうだ。乳首がギリギリ隠れているが、それでもボンキュッボンのわがままボディの砂漠谷さんがやると下手な女子の全裸よりエロイ。


「何をしていらっしゃるので?」


「バニーガール。やっぱり伏見くんはエッチな女の子が好きかなって」


「大好きです」


「揉みたい?」


 豊満というか、もはやメロンかスイカかと言わんばかりの胸を自分で持ち上げて聞いてくる。そりゃ揉めるものなら揉みたい。だがここは学校で。


「どうせみんな気にしてないよ。多分僕がここでオナニーしてもスルーすると思うけど」


「黒子迷彩……ね」


 俺はそう結論付けた。透明人間ではない。というか実際には砂漠谷さんのことは誰でも見えている。だがそこに意識を集中できない。無気力な幻灯機とか石ころ帽子みたいなやつだ。


「黒子迷彩?」


「いわゆる魔法学会で言われている神秘的なものを一目から隠す作用の一種だ。存在の注目度を限りなく薄めて、認識は出来ても認知が出来なくなる……という」


「その黒子迷彩がボクにかかっている……と?」


「だってそんなに可愛くておっぱい大きくてバニーガールの扇情的な格好してるのに注目されていないだろ?」


「まぁ」


「演劇の舞台で黒子がそうするように、フォローして舞台に作用してるけどいないことになっている存在。これをネーミングして黒子迷彩。妖怪とか精霊が本来は持っている呪いだな」


「妖怪。精霊。マジ?」


「布教するつもりはないから話半分で聴いてくれ。俺は別に陰陽師とかゴーストバスターズじゃないから」


「なんならここでセックスする?」


 教室で。堂々とか?


「そそ、教室で。堂々と」


「有難い御提案だが謹んでごめんなさい」


「もったいない」


 マジで砂漠谷さんはエロイ。その零れそうなオッパイで、俺の股間がギンギンだ。生憎と性欲には素直になれるお年頃なので、彼女が認知できるというこのアドバンテージを活用したくないかと言われるととてもしたいわけで。


「でも話し相手にはなってね?」


「俺以外とは会話成り立たないわけだ」


「そそ。ボクの呪いを認識できる人材は、今のところ伏見くんだけだよ。でもそっちの人じゃないんだよね? 陰陽師でもゴーストバスターズでもないんでしょ?」


「どっちかってーと人類にとっては敵側だな」


「妖怪とかそっち系?」


「話すとややこしくなるので、説明はしない」


 そうして彼女と話していると気づいたことがある。砂漠谷さんと会話していると、俺もまた黒子迷彩がかかっている。あくまで彼女とのコミュニケーション中に限るが、彼女がニコニコと話してくるので、休み時間は砂漠谷さんと会話を楽しんで、もちろんそれを認知できないクラスメイトは俺のことをスルー。昼休みも砂漠谷さんと一緒にいて、その大きな胸を拝んでいたら、


「いつでも揉んでいいからね♡」


 と言われてしまった。俺はそれに「ありがとうございます」とだけ答えて、それから学食がざわつくのが見て取れた。


「?」


 と話題の先を見ると、綺麗な女子がいた。濡れ羽色の髪に均整の取れたプロポーション。顔面偏差値はバリ高で、砂漠谷さんほど神懸ってはいないが、それでもアイドルになってもおかしくない美貌。そもそも砂漠谷さんの可愛い顔は呪術ありきなので、レギュレーション違反と言えなくもない。


「誰?」


「月影の女神だよ」


 バニーガールの格好のまま学食のメニューに何故かあったチリコンカンを食べている砂漠谷さんが教えてくれる。


「月影の女神?」


「一学年に一人。計三人の美少女がいるの。あれはボクたちと同じ二年生の美少女代表……通称月影の女神。名前は常闇アキラさん。ちょっと陰のある印象だけど、それがいいと言われている存在だね」


「ふーん……」


 と気にした風も無く、俺はスリランカカレーを食べていた。いや、ここの学食……メニューが揃いすぎだろ。


「見惚れた?」


「砂漠谷さんの方が可愛いけどな」


「あら。嬉しい御言葉。口説いてる?」


「まぁエッチなこともワンチャンないかなとは思ってる」


「ええーと……………………する?」


「謹んでごめんなさい」


 そうして二人ペチャクチャ喋りながら黒子迷彩のせいで誰にも迷惑かけないという徹底ぶり。


「だからおっぱいは大きさも大切だが形の方も大切でだな」


「だからボクくらいおっぱいが大きいと購入できるブラも少なくて」


「お願いだから砂漠谷さんは垂れ乳にならないでくれ」


「もちろんいいおっぱいを形作るのは常に気が抜けないけど」


 そんな正気の沙汰とも思えない会話をしつつ、俺は砂漠谷さんと議論を深めていた。


「……………………」


 そしてチラリと月影の女神を見る。二年生で一番可愛い女子。とすると砂漠谷さんの次に可愛いという皮肉。というか、俺のシックスセンスが何か彼女に警鐘を鳴らしていた。


 俺の目はちょっと異常だ。見ただけで分からないことまで分かってくる。それによると月影の女神はちょっと疲れている。というか思い詰めている。それが何なのかまではわからないが。


「もしかして月影の女神って彼氏いたりするか?」


「いてもおかしくはない……とは思うけどね」


「ふむ」


「やっぱり月影の女神に興味津々?」


「興味……と言えるのかはわからんが」


 何かに追い詰められているのは俺の目には明らかで。真っ先に思いついたのが恋愛関係ではないか、という安直な発想。


「つまり月影の女神の恋愛がうまくいっていないと?」


「かもしれん……程度だな」


「ちなみにそのパーセンテージって?」


「七割五分」


「結構高いね」


 こと視界の観測力においては俺は常人とは隔絶した差がある。


「魔眼持ちってこと?」


「魔眼……まぁ魔眼か。業界では却下ン視って呼ばれているが」


却下ン視サイドシーイング……」


 視覚情報だけでそこから察しえる情報を統合分析して、未来予知に似た鋭い洞察能力を得る……といえばカッコいいかもしれないが、実際はデバガメだ。


「でも伏見くんが言うなら心配だね。魔眼だっていうならなおさら、さ」


 信じるのか。俺の魔眼のこと。

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