第6話 エリカの事情
「おかえりなさい、あなた。ご飯にします? お風呂にします? それともワ・タ・ク・シ」
扉を開けた瞬間に俺の視界に映ったのは、制服の上にエプロンを着けているエリカお嬢様の姿だった。
「すみません。部屋を間違えました」
どうやら部屋を間違えてしまったらしい。直ぐに扉を閉めて小さく息を吐く。
俺としたことが、部屋を間違えてしまったようだ。しかも昨日の疲れも残っているのか、幻覚を見てしまい、幻聴まで聞こえてくる始末。
「早く自分の部屋に戻って寝た方が良いな」
早く自分の部屋に戻った方が良いと思い、足を前に出して歩き、扉から離れていく。
「ちょっと! どうして扉を閉めるのよ。ここはあなたの部屋で間違いないわ!」
エリカお嬢様の声が聞こえ振り返る。先程と同様にエリカお嬢様が制服の上にエプロンを着用している姿が視界に入った。
念の為に瞼を閉じて目を擦り、再度瞼を開く。だが、再び視界に入った光景は同じだった。
どうやらこれは幻覚ではないらしい。
「ちょっと待ってくれ。どうしてあなたが俺の部屋に居る?」
「それはワタクシがあなたのお嫁さんだからです」
「全然話が噛み合っていないじゃないか。意味の分からない返答をしないでくれ。そもそも、エリカお嬢様は俺の嫁ではないし、無断で俺の部屋に居る理由にはならないぞ」
彼女の言葉の真意が分からないでいると、俺の部屋からもう1人の美少女が出てくる。
黒いセミロングの髪にメイド服を着用している彼女は、エリカお嬢様の御付きのメイド、カレンさんだ。
「お嬢様、今の説明であれば、誰でも混乱してしまいます。お嬢様自身も混乱しているのかと思いますので、ここは私にお任せください。ご主人様、エリカお嬢様に代わって私が説明をいたします。ここで立ち話をする訳にはいかないので、どうぞ、狭苦しいお部屋ですが、お入りください」
いやいや、俺の部屋だし、狭苦しいのは当たり前じゃないか。学生寮なのだから。
カレンさんに促され、俺は自分の部屋に入る。すると、俺が今朝部屋を出て行った時とは違い、部屋の中は綺麗に片付けられていた。
「あれ? 部屋の中が綺麗になっている?」
「失礼ですが、あまりにも物が散らかっていたので、片付けさせていただきました。これからはエリカお嬢様も時々お世話になる部屋になりますので、最低限の整理整頓をしていただけると助かります」
勝手に片付けられて部屋の状況をディスられている。てか勝手に片付けられると困るって。
どこに何があるのか後で確認しなければならないが、まずは2人が俺の部屋に居た理由を尋ねなければ。
ベッドに腰を下ろすと、エリカお嬢様は持ち込んだと思われる高級な作りの椅子に腰掛け、カレンさんは床の上に立ったまま俺に視線を向ける。
「では、本題に入りましょう。お嬢様がご主人様を新妻のように出迎えたのは、ご主人様のせいです。この私があなた様をご主人様と呼んでいるのもご主人様のせいです。どうしてくれるのですか」
「なんかすまん」
なんとなくだが、謝ったほうが良いような気がしたので、取り敢えずは謝罪しておく。すると、カレンさんは小さくため息を吐く。
「はぁ、メイドに謝る主がどこに居るのですか。ご主人様なのですから、堂々として『そんなことは知らん』くらい言ってください」
どうやら選択肢を間違えてしまったようだ。だけど、今はそんなことを気にしている暇はない。早く彼女から事情を聞かなければ。
「どうして俺のせいになるんだ? もしかして、俺とエリカお嬢様が決闘したことと何か関係があるのか?」
「思ったよりも鋭いですね。さすがエリカお嬢様を倒しただけのことはあります。そうです。これはエリカお嬢様のご実家のサイレンス家のことなのですが、サイレンス家は代々から伝わる伝統がありまして。サイレンス家の女性は、己を倒した異性と婚姻を結ぶ
つまり、決闘で勝ってしまったから、エリカお嬢様は俺の嫁にならなければならない状況に陥っているって訳か。
「いや、仕来りって、今時そんな古い風習を守る必要はないだろう」
「いいえ、仕来りは守らなければなりません。それがサイレンス家の家訓なのです。名家である血筋を弱体化させないためにも、強い遺伝子を引き継ぎ、サイレンス家を強固なものにしなければならないのです」
「そんなことで、納得できるか! エリカお嬢様だって、俺と婚姻を結ぶことは嫌だろう?」
エリカお嬢様へと顔を向け、彼女の意思を問う。
きっと彼女だって嫌に決まっている。たった1回負けただけで結婚相手を決められるなんて今時おかしい。
「ワタクシは……名家であるサイレンス家の女として、血筋を守る必要があります。仕来りですが、古来より続いている伝統を守るべきだと」
エリカお嬢様は若干俯き、暗い表情をみせる。
やっぱり、口では肯定していても、本心は嫌なのだろう。
「一つだけご主人様がお嬢様との婚姻を逃れる方法はあります」
「なんだって! それを早く言ってくれよ。俺にできることは叶えられる範囲でなんでもするからさ!」
なんだ。ちゃんと方法があるんじゃないか。教えてもらう方法を実行すれば、俺もエリカお嬢様も婚姻を結ぶことをせずにみんなハッピーで終われる。
「分かりました。方法は至って簡単です。ご主人様が他の誰かと決闘をし、もし敗れることになれば婚約は解消され、あなたに勝った人物がエリカお嬢様と婚姻を結ぶことになります」
それって、俺は解放されても、エリカお嬢様が抱える問題は何一つ解決していないじゃないか。
「方法は伝えましたよ。誰かと決闘をして負ければ良いのです。ですが、わざと負けるようなことはしないでくださいね--」
わざと負けるなと警告した後、彼女はエリカお嬢様に聞こえない程の小声で何かを呟く。
「今、ご主人様に呪いの魔法をかけました。万が一ご主人様が決闘でわざと負けるようなことになれば、股間が爆発して使い物にならないようになります」
「なんだって!」
思わず声を上げる。
俺の股間が爆発する? そんなふざけた魔法が存在するなんて信じられない。だが、俺にはそれを可能にしてしまう人物に心当たりがある。アーバンだ。彼の研究する魔法であれば、そんなふざけた魔法を開発していても不思議ではない。
「エリカお嬢様を嫁にしたい方は沢山います。きっと条件を知っている方たちから、これから狙われて決闘をすることになるでしょう。もし、万が一にもわざと負けるようなことになれば分っていますよね?」
「ああ、もちろんだ」
「そうですか。では、エリカお嬢様、私たちはそろそろこの辺で失礼しましょう」
「そうですわね」
カレンさんがこの場から立ち去るように促すと、エリカお嬢様は椅子から立ち上がり、扉の方へと向かって行く。
2人が部屋から出て行くと、俺は頭を抱える。
大変なことになってしまった。確かにつまらない日常だと思っていたが、こんな刺激的な日常は望んでいない。
とにかく、俺は色々なやつから狙われることになったのは間違いないだろう。俺の股間を守るためにも、絶対にわざと負ける訳にはいかなくなった。
翌日の早朝、俺は教室に向かっている最中に後から見知らぬ男子学生から声をかけられる。
「お前、オルフェだな。エリカ様を嫁にするためにも、お前に決闘を申し込む!」
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