第5話 決着

 エリカお嬢様が新しい召喚魔法を使用すると、空間が歪み、中から1両の汽車が出現した。


 見たのは初めてだが、知識としては知っている。異世界から来た転生者が広めた物の中には鉄道関連のものもある。そして何処かの地では運用され、人々の生活に貢献しているとか。


 話で聞いたものは直径十数m以上あると聞いていたが、目の前に出現したのは馬並みの大きさしかない。


 まぁ、流石に本物と同じ大きさとなれば、このリング内に収めることはできないよな。


「行きなさい! エリカエクスプレス!」


 エリカお嬢様の声に反応し、エリカエクスプレスと呼ばれた汽車は汽笛を鳴らしながら前進し、俺へと向かっていく。


 早い! 一瞬でも気を抜くとそのまま轢かれる程の速度だ!


 おそらく、時速は60キロくらいに思える。普通の汽車からしたら遅いかもしれないが、馬並みの大きさだとすると、これでも充分に早い。


 速度は早いものの、汽車の動きは一直線。横に避けることが出来れば躱せないことはない。


 当然ながら俺は横に跳躍し、エリカエクスプレスの突進を回避する。


「こいつも直進のみかよ。横に良ければ簡単に避けられるじゃないか」


 エリカお嬢様の心を少しでも揺さぶれないかと思い、強気の言葉を投げかける。


 俺が勝つには彼女のミスを誘うしかない。虚勢でもなんでも使えるものは使って、なんとしても喰らい付いてみせる。


「確かにワタクシの攻撃は一直線です。ですが、ワタクシのコンビネーションはその弱点を補うことができます。敵を貫け! ランスオブアース!」


 こちらに向けてエリカお嬢様は巨大な槍を投擲する。


 この攻撃は既に見切っている。横に跳躍して躱せば逃げられないことはない。


 再び横に跳躍してランスオブアースを回避する。


「かかりましたね! 今の攻撃はあなたを誘導するためのフェイントです! エリカエクスプレス、今です」


 彼女の言葉と共に、右側から汽笛が聞こえ、音がする方へと顔を向ける。


 先程回避した汽車が俺の側面から突進してきたのだ。


 嘘だろう。これもランスオブアースのように自在に動けるのかよ。


 今の俺は巨大な槍を回避した反動で、まだ僅かに空中浮遊している状態だ。足が地面に着地しても、直ぐに回避行動には移れない。何か……何か方法がないのか?


 思考を巡らせている中、アーバンの言葉が走馬灯のように過ぎる。


『使い方は簡単だ。お主の股間に向かってディープインパクトと唱えることで男性器を強化し、女性の性器の中で突くことで激しい衝撃を与え、昇天してしまうかと思わせる程の深い衝撃を与えることができる』


くそう。どうして負けが迫る中、あいつの言葉が脳裏に過ぎる。


『良いか、魔法は諸刃の剣なんだ。使い方次第でいくらでも変わる。例えば初級魔法のファイヤーを料理に使用すれば暖かい料理を作れるが、人に向けて放てば危害を与え傷付けることになる--』


 魔法は使い方次第でいくらでも変わる。股間に向けて使用することができるディープインパクト……もしかして。


 俺は過去に語ったアーバンの言葉を思い出し。一か八かの策を実行する。


「頼む! 上手くいってくれ! ディープインパクト!」


 右手を前に突き出し、拳に向けて魔法を発動する。そして間近に迫る汽車に向けて正拳突きをするかのように拳を叩きつけた。


 その瞬間、エリカエクスプレスは後方に吹っ飛び、横転すると動かなくなる。


 成功するかどうかはギャンブルだったが、予想が的中してくれた。


 アーバンがディープインパクトであれば勝てると言っていたが、俺ならこの事実に気付いてくれると信じていたからなのだろう。


 魔法は使用方法で使い道はいくらでも変わる。股間に使えばムスコを強化して女性との営みに使えるが、腕に使用すれば相手を吹き飛ばす衝撃を与える力へと変貌する。


ディープインパクトは単なる下ネタの魔法なんかではない。使用した肉体部分を強化し、対象に深い衝撃を与える魔法なのだ。


『な、何が起きたのでしょうか! エリカ選手の必殺技であるエリカエクスプレスがオルフェ騎手を捉えたかと思いきや。その直前で汽車が転倒!』


 観客達の言葉を代弁するかのように、実況者が驚きの声を上げる。


 周囲からすれば、一体何が起きたのか分からないのだろう。唯一俺だけが状況を把握している。


「な、何が起きていますの? ワタクシのエリカエクスプレスが吹き飛ばされるなんて」


「これで君の攻撃の一つは封じた。もう、終わりにしよう」


「偶然にもワタクシの攻撃が封じられただけで良い気にならないでください。ワタクシにはまだランスオブアースとホーリーアーマーがあります」


 先程投擲した巨大な槍が戻り、彼女の手に収まると、エリカお嬢様は槍を構えて接近してくる。


 遠距離攻撃では獲物を失った後の反撃手段がないと判断したのだろう。近接戦で俺を倒そうと一気に距離を詰めてくる。


「悪いが、この戦いは俺の勝ちだ。喰らえ! ディープインパクト!」


 エリカエクスプレスを吹き飛ばした時と同様に、右腕に魔法をかけ、アッパーの要領で下から槍の先端付近を突き上げる。


「きゃあああぁぁぁ!」


 槍から伝わる振動に耐えきれなかった彼女は、握っていた槍を手放す。支えを失った槍は重力に逆らえずにその場に落下し、重低音が鳴り響く。


「これで終わりだ! ディープインパクト!」


 僅かな隙を逃すことなく、直様右腕に魔法を発動し、彼女の腹部に叩きつける。


 拳が触れた瞬間、ホーリーアーマーにヒビが入り、その後蜘蛛の巣状に広がって行くと最後は粉々になって砕け散った。


「きゃああああああぁぁぁぁぁ!」


 先程とは違い、エリカお嬢様は長めの悲鳴を上げると後方に吹き飛ばされた。その後しばらく様子を伺うも、彼女が起き上がる様子を見せない。


『勝負あり! この決闘に勝ったのはオルフェ選手! 逃げ粘っての勝利となりました! 勝ち時計は10分34秒! 誰がこんな展開を予想できたでしょうか! 大穴のオルフェ選手の勝利です!』


 か、勝った。俺、どうにか勝った!


 初めての決闘で勝てた驚きと喜びを噛み締めるも、俺は観客達の方に顔を向ける。殆どが俺の勝利を自覚できずに目を丸くしている。


「嘘だろう。俺、全財産をエリカ様の単勝魔券に賭けたのに」


「こんなの信じない。これはきっと夢に決まっている。俺の魔券が紙切れになるはずがないんだ。きっとこれは八百長に決まっている」


 まぁ、俺への称賛の言葉なんてないよな。みんなエリカお嬢様が勝つと思って少しでも資金を増やそうと賭けていた。でも、現実は思い込みやデータ通りにはいかない。それがギャンブルだ。


 決闘に絶対はない。それを証明するような勝ち方となっただろうな。






 エリカお嬢様との決闘から1日経った。俺は自分の部屋に帰るために学生寮へと向かい、そして部屋の前に来るとゆっくりと扉を開ける。


「おかえりなさい、あなた。ご飯にします? お風呂にします? それともワ・タ・ク・シ」


 扉を開けた瞬間に視界に入ったのは、制服の上にエプロンを着けたエリカお嬢様だった。






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