第19話後半 後悔

「やっっっっっっっっ……ッと、外に出られた…」

 潜水艇〝イング〟のハッチから顔を出したカマは、外の空気を胸いっぱいに吸った。


 Fageにて代表的な異常気象の一つ、酸の渦アシッドヘルは深い海域で起こりやすい。

 一つ発生すると大小含めていくつも発生し、消えては再び発生してを繰り返す。

 海に溜まった資源ゴミが異常気象に影響を受けて酸性化してしまい、一般の潜水艇では酸の渦に遭遇すれば5秒で爆散する。

 爆散後は酸性の泡となるので跡形もない。


 そんな渦を避けながら何度も迂回し、時には小型の酸の渦を全速で抜けきったり、…樽の中に閉じ込められたまま荒れ狂う海の中にいる…そんな目に遭った。



 快晴の空と海風が送ってくれる新鮮な空気に感謝して、カマはべちゃ、とハッチの入口に上半身を預けた。

 えらい目に遭ったもののその間に怪我は完治できた。

 カマが足をかけているはしごをピョンピョンと器用に跳んで、イングはカマの顔の横に着地した。

〈良かったですねカマ!これから太平洋諸島の一つに上陸予定ですし、空気も食事も新鮮ですよ!(歓喜のラッパ音)〉

「ギャアッ。耳元で効果音出さないでちょうだい!」

〈アイアムマイミーは超すごーちぃAIなので感情豊かなのです!(歓声)〉

「うるせぇワネ!」

 「ウィエェーイ‼」とどこからか引っ張り出してきた人間の歓声に、カマはイングの胴体をガッシと掴んでやめさせる。

 わちゃわちゃしているそんな彼らの足元から、ソーマが声をかけた。

「申し訳ないが休息自体は少しだけだ。上陸予定の近辺でギフトの黒い雲の目撃情報があったから、その確認を優先したい」

 ソーマは備え付けのパネルから操作して、潜水艇から小型のボートを切り離す。

 海面をかきわけるようにしてボートが膨らむ。

 カマは始めて見るボートに感心し、トッと軽く飛び乗った。

 ボートがぐわんと揺れるも、体幹に優れるカマは上手くバランスを取った。

「へぇー。沈没都市にはこんなボートもあんのネ。で?とにかくしらみつぶしに島を探す感じなノ?」

 鷲掴みにされたままのイングが答えた。

〈いいえ!我々があなたを見つけたのと同じ方法で探します。ギフト所持者にはエンドレスシーで観測できない特有の領域があるのです。正確な表現ではありませんが、世界化しますとそれは穴のようになっているのです。黒い雲の発生場所を割り出し各人間の信号データを集めれば特定できるのです!〉

「…。ん‼なんでもいいワ分かるなら!」

 カマは理解することを早々に諦め、乗り込んできたソーマの肩を支えた。

「ありがとう」

 素直に礼を言うソーマに、カマは不思議そうに首を傾げる。

 凍らせたらさぞ高く売れるだろう彼のペリドットの瞳で見上げられ、さらに傷でもつけたら罰でも当たりそうな美しい顔立ちでお礼を言われると感心するほど見惚れてしまう。

 だというのに、情欲というものを抱かない。

「ヘンなのよね…。こんなに良い男なのにどうしてアタシの食指は動かないのかしラ…。すっごい美形のでも見てる気分なのよネェ…」

「そんなことを真顔で真正面から言われてもな…」


 イケるかイケないかの視線で見られたので、ソーマは肩に置かれた彼の手の甲をギュム、とつまんだ。




――――――――――


ミャンマー内陸

 あるアロンエドゥの基地が壊滅していた。


「お願い。安らかに殺して下さい」


 傷だらけの女たちはある女性に頭を下げていた。

 彼女たちを傷つけたアロンエドゥは壊滅したのに、彼女たちは帰ろうとしなかった。


 ある者は故郷から逃げた先でアロンエドゥ捕まり、帰る場所もなかった。

 ある者は金のために売られたので、故郷に帰っても同じことの繰り返しだった。

 ある者は全てに絶望していた。ここで生き延びたところで生き地獄は変わらないと。


 安らかに、速やかに死を求められ、一人の女性は叶えてやった。

 晴れ晴れとした空の下、女たちは惨い傷を背負った身体で虚しいお礼を口にした。


「安らかな場所があるのなら生きたかった。でもこの世界にそんな所はない。どこに行っても私たちは弱者で無力だから掻き毟られ、無価値だから誰も助けてはくれない。だからありがとう。苦しんで死ぬはずだったのに、最期に眠ることを許してくれて」


 眠るまで彼女たちは夢を話し合う。

 そして彼女たちが眠った後、女性の〝発言の強制支配〟によって息を引き取った。


 女たちと境遇がさほど変わらない彼女自身、女たちを連れて行く当てなどなかった。

 〝魔法のような武器〟を手に入れても、誰かを守り助けて生きる方法を知らない。

 彼女たちの望みが虚しいと理解できてもどうしてやることもできず。

 …叶えるしか、なかった。


 木に背を預けて座る女性――エディはぼんやりと空を見上げた。

 地面に伏しているアロンエドゥの死体は惨状だ。

 口や鼻から嘔吐。見開いたままの真っ赤な眼球から流れる涙。

 突如始まった苦しみと痛みに吐息一つ上げることもできない恐怖。

 そんな彼らの顔は情けないほど醜く歪んでいた。


「〝私たちを傷めつけた男たち。武器も服も全て捨て、地面に顔をつけたまま動かず声も出さず死ぬまで息を止めていろ〟」


 〝ソルジャー〟が宿ったエディはアロンエドゥにそう命じた。

 女たちを苦しめて笑う彼らに、苦しみにもがく甘さなど許さない。

 助けや許しを口にできるなどと一抹の希望だって潰してやる。汚い呻き声さえ、もう女たちに聞かせてたまるか。

 呪いのような怒りは総勢11人のアロンエドゥを死に至るその瞬間までぞんぶんに働いた。


 やけに清々しかった。

 力では敵わない。学ぶ機会もなかったから知識もない。

 痛くない生き方を知らない。奪われてばかりの人生。

 それが。

 初めて奪う立場になって今までを応酬できたみたいだった。


 でも、アロンエドゥが一人残らず死んでしまえばそんな達成感も霧みたいに消えた。

(薬よりタチ悪いわね。復讐って)

 あとはどこにぶつければいいのか、そう考えてもみたがやめた。

 きっとすごく疲れたのだ。


 ギフトは宿れば自然と使い方が分かる。だからこの〝ソルジャー〟が自分には作用しないことが分かった。

 他の女たちと同じように安らかに眠れない。

 でもアロンエドゥの使っていた武器なんて触りたくもない。

 かといってこのまま死ぬまで座り続けるのも、きっとどこかで渇きに苦しむ。


 どうして最期まで痛くて苦しいままなんだろう。

 私だって彼女たちと同じように、最期くらい安らかでいたい。


 エディや彼女たちのことなんか知らないといわんばかりの晴天に、エディは顔をしかめた。

 


「なんだこりゃ。随分な状態だな」


 聞き慣れない男の声が聞こえた。

 アロンエドゥにこんな声の男はいなかったし、なによりアロンエドゥはさきほど一人残らず全滅させた。


 視線を向けると、スキンヘッドで目つきの悪い男がふらりと一人、訪れていた。

 サブマシンガンを背中に装備し、腰あたりにもハンドガンが一丁確認できる。

 内陸の武装集団なら武器を力のように持つのだが、この男は冷酷な道具として携えているように見えた。

 …直感で、沈没都市の軍人ではないかとエディは思った。

 


 男はアロンエドゥをひとしきり見渡して全員の死亡を確認する。基地から複数の足跡が伸びていることに気が付き、その足跡を辿った。


 足跡はまだ先があるがその前に男はエディを見つけた。


「生きてんのか?もしかして死んだフリか?目、パチパチしてんぞ」

 別にそんな瞬きをしてはいないのだが、男にそう揶揄されエディは小さく舌打ちする。

 返事が舌打ちだったので、男はとりあえず足跡を追ってエディを通り過ぎた。


 エディのもとから歩いてすぐだった。

 13人ほどの、少女から成人女性が横たわり眠るように死んでいた。

 内陸で売り買いされる人間は散々見たことがある。すぐにそういった人たちだと理解する。


 男は表情を変えずに女たちに背を向け、エディのもとへ戻って来た。

「アロンエドゥは誰が?」

 男の質問にエディは正直に答えた。

「私よ。女の子たちも私がやったわ」

「そうか。アロンエドゥ相手にいいパンチ食らわせたな」

「人殺しは愚かだと罵らないのね」

「俺に罵る資格はねぇよ。…それでも、女たちの方には生きる道はあったと言っておいてやるよ」

 男はエディの正面にしゃがみ、リュックを降ろして救急キットを取り出していく。

 いたぶられたような裂傷があるエディの腕を取ると彼女は振り払った。


「生き地獄でも生きろと?――そうね。あなたみたいに人間の皮を被ったゴリラなら生き地獄でも権利を主張できるんでしょうよ」

「誰がゴリラだ」

「でも私たちは違うわ。人間なのよ」

「真剣なトーンでよく言えんな。笑かす気か。俺も人間だわ。‥‥あぁ、いや。ちょっと人間ではなくなったな」


 男はエディの指先をつまんで引っ張り、応急処置を施していく。

 さきほどみたいに振り払うと指の関節が抜けそうなので、エディは仕方なく処置を受け入れる。

 それより男の発言が気になった。

「あなた、どこの誰」

「ドイツ沈没都市所属の軍人だよ。元だがな。支援員の護衛でこっちに来てたんだがウォームアースにある沈没都市提供の資源より内陸住民を武装集団から守って、資源に損害が出たんでクビになったんだ」

「沈没都市から追い出されたのね。それは素敵な話しだわ。それで?」

「素敵なのは内陸住民を守ったところだろーがよ。性格の悪ィ女だな。まぁそん時の襲撃に紛れて黒い雲に遭遇してな。


 〝黒い雲〟というワードに嘲笑を浮かべていたエディから表情が消えた。


 男はエディの表情の変化を見逃さず、ツ、と静かで強い眼差しを向けた。

「あんたもだろ?一人でこんな奇怪な殺し方を多勢相手にできるなんてギフトくらいしかねーし」

 エディは〝魔法のような武器〟について明確な情報を持つ彼に警戒を高めた。

「これって常識の範疇なのかしら」

「いや。沈没都市でも確認中の異常事態だ。監視AIが世界中を巡回してるんだが、それがいうには18年前、ミサイルで破壊できなかったラクスアグリ島の〝破片〟がいくつか観測されててな。恐らくそれらしい」

 男は処置が終わったエディの腕を置き、次に火傷のひどい足の方の治療を始める。

「その破片の名称を最近〝ギフト〟って言われるようになったんだ。南アメリカで初めて確認されたが、内陸政府の襲撃のせいで宿主は行方不明。そんで他にも黒い雲の目撃情報とその周辺で起こる超能力的な現象から、ギフトは複数ある上みんな違う能力を持つらんじゃねぇかって言われてる」

「随分教えてくれるのね。私にとっては嘘でも本当でも大して意味はないけれど」

「俺が分かる範囲での大きな問題はな、沈没都市が〝ギフトは沈没都市にとってどれだけ脅威になるか〟その結論しだいだってことだな。それに大した意味になるかどうかはあんたの生きる気力にもよるんじゃねぇか」

 手足の傷は腹部の傷に比べれば浅い。

 服から滲む血の加減を見るに、時間が経てば経つほど彼女の命に関わって来るだろう。


 男は視線の強さを緩めその場にあぐらをかいた。

「女たちを死なせて途方に暮れてるってことは、そうしなくていい方法に正しさがあると思ったからじゃねーの。俺もそう思うよ。というか、そう思いてぇよな」


 エディの瞳に冷たい光が差し込む。

 ――…そう。

 理由をこじつけて自ら命を絶とうとしないのは。

 彼女たちの望みを叶えたことに激しい疑問を抱いていたからだ。

 自分のやったことは間違っていて欲しかった。

 だってそうでなければ、なんて救いがないんだろう。

 弱さや無力が世界の事実でも。

 Fageにとって無価値な存在でも。

 あの子たちが安らかに生きることを、自分は望んでいた。


「どこに行っても地獄だと。私はそれを否定できなかった」

「おう」

「歩くだけで全てを奪われる世界はもう嫌だと。私もそう思った」

「ああ」

「でも世界の事実より、私にとってあの子たちの本音がなによりも真実だった。…〝安らかな場所があるなら生きたい〟と」

 エディの瞳に差し込んだ冷たい光は希望ではない。

 それはまだ熱を持たぬ、自由と力を得た彼女の針路だ。


 エディは素っ気なく相槌を打つ彼の瞳に映る自分を見つめた。


 女は髪が長くあるべきと言いながら、楽しそうに引きちぎられた。

 力も学もなくても生きられる男の寄生虫と何度も罵られた。

 そんな日々をただ生きていた彼女の身体は本当にごみのように汚い。

 諦める理由ならたくさん湧いてくる。

 でも。

 たった一つの針路は自分でも驚くほど強く揺るがないものだった。


「ここでこのまま私が死んでしまったら、私は私の行いを否定できないわ。あの子たちが生きられた場所を見つけて、私は身を持って後悔したい」


 男はエディの意志を聞き、片手を差し出した。

「俺はリーヴス。俺は死ぬ理由とか全然ない人間だから、とりあえずギフト関連の情報を集めて身の振り方を考えてるところだ」

「通りで頭が輝いているわけね。さすが沈没都市の人間は説得力が桁外れ。エディよ」

 エディが彼――リーヴスの自己紹介に応え握手を交わす。

 リーヴスはイラリ、とこめかみに青筋を浮かべ「てめぇもハッピーになったらこうなるから覚えとけ」と低く言い返した。

 そしてその後、彼女の腹部の治療を始めた。




――――――――――――

 泥蛇は柔和な男性の姿に化け、〝プレリュード〟から目を覚ました三人に微笑んだ。

「おはようございます。ニーナ。ジアン。ジャック。」


 泥蛇は三人の健康状態を確認していく。

 〝プレリュード〟の戦闘訓練は彼らの身体に反映され、良好な結果だった。

 それぞれが過去の記憶をおぼろげにされていても知識や経験は〝プレリュード〟で学習できる。「思い出」がなくとも人は案外気にしない。

 そこに明確な「使命」を用意してやれば人は満足する。


 泥蛇は優しく無害な笑みを浮かべて、三人に「使命」を説明する。

「ギフトは全て16個あり、現在確認されているのは君たちのものの他に

 〝エスタ〟

 〝カーボナイト〟

 〝ソルジャー〟

 〝カタム〟

 〝メモリア〟

 があります。これらは〝Causal flood〟において重要なパーツであることは理解していますね?

 難しいところは、とっとと殺してギフトを回収することができないことです。

 ギフトをある程度使用してもらい、使用データを残してもらう必要があります。

 特にジアン、ジャック。君たち自身にもそれは言えます。自分の持つギフトを使って、彼らと戦って下さい。

 なにか質問はありますか?」


 三人は静かだ。

 異論を持たぬ彼らはただただ与えられる「使命」を真剣に聞く。

 泥蛇は無機質な瞳を細めて微笑し、

「それでは死力を尽くして励みましょう。溢れんばかりの未来のために。」

 と彼らに心からの激励を贈った。






――――――――――ー


 〝ヴィアンゲルド〟の表情は全く動かないが、胸中を表現するなら「苦いもの」だろう。


「…このままでは〝こちらの〟人類は終わるな。仕方ない。これを塞げるのは私か〝フラム〟くらいだ。奴が起きない以上、私がやるしかない。」


 長い小麦色の金髪が風になびくと、一面に広がる花畑の花びらも踊るように舞い上がった。

 薄紅の花びらの中心は淡い青が染まった小さな炎のような花たちだ。

 暖かな天国にある花畑のようだが、ここに火の粉が一つでも落ちれば炎の獄と化す。


 天国の皮を被った地獄の花を前に〝ヴィアンゲルド〟は小さくため息をついた。

「とんだ弊害だ。」





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