第2話 ラスボスと出会うチンピラ
スラムの夜は早い。
陽が沈むと、通りから灯りが消え、残るのは人の呻き声と、どこかで割れる瓶の音。
そんな闇の中、俺――ザコウは、腹を押さえながら歩いていた。
「……飯、ねぇ。宿もねぇ。財布もねぇ。……やってらんねぇな」
金を手っ取り早く集めるには原作知識を活かすしかない。そのため俺はエリクサーとか、強い武器を売ろうと考えた。
だが、転生初日にそんな簡単に動けるほどフットワークは軽くないのである。
街の外に出ることもできず、俺はスラムを彷徨っていた。今日は人のいない路地裏で寝るしかなさそうだ。
そんなことを考えながら、路地の角を曲がったその瞬間――
「……っ」
小さな影が勢いよく飛び出してきた。
反射的に腕を伸ばした俺は、ずしんとした衝撃とともにそれを受け止める。
「おわっ!? な、なんだ――」
腕の中に収まっていたのは、軽い。
それは、幼い少女だった。
年齢は10歳前後だろうか。白銀の膝下まで伸びた長過ぎる髪に紫色の瞳、薄汚れたマント。頬は少し痩せて、息も浅い。
「……おい、大丈夫か?」
返事はない。抱きかかえたまま見ると、まるで糸が切れたようにぐったりしている。
仕方なく、壁際に腰を下ろし、その小さな体をそっと膝の上に寝かせた。
「……なんだって俺は、こんなことしてんだか」
愚痴をこぼしつつも、放っておけなかった。こんな子供の面倒を見る余裕なんて俺にもないはずなんだが…スラムの夜に子どもを転がしておけば、朝には確実に冷たくなってる。
ザコウは空を見上げて、小さく息を吐いた。
「それにしても……どっかで見た顔なんだよな」
そう、妙な既視感があった。
ザコウとしての記憶ではない。エルブブの知識のはずだ。だが、ロリキャラとなると数は絞られるし、この街にこんなネームドキャラはいなかったはずだ。
思い出せそうで、思い出せない。
「……だれ?」
突然、小さな声が聞こえた。
見下ろすと、少女が目を覚ましていた。
薄暗い中でもはっきりわかる。人形みたいな整った顔。
紫色の眠たげな瞳で、俺をじっと見ている。
「お、おう。目ぇ覚めたか」
「……いたい。ごめんなさい。ぶつかった」
「いやいや、俺のほうこそ前見てなかったからな」
ぎこちない会話。
なんか、猫を相手にしてる気分だ。
少女はゆっくりと起き上がり、裾を握りしめたまま辺りを見回した。
「……ここ、どこ?」
「スラム街。嬢ちゃん、家とかあるか?」
少女は首を横に振った。
「……ない」
「そうか」
短い沈黙。
孤児か。どうすっかな…と考えていたとき――
カンッ、と甲冑の音が響いた。
路地の奥、暗闇の中から、松明を掲げた騎士が数名現れる。
「反応はこの位置だ……おそらく…いたぞ!奴だ!あの者に違いない!!」
先頭に立つのは、白銀の鎧をまとった男。
肩の紋章は、見覚えがある――聖教会直属の異端審問官、だがその正体は聖教会の暗殺部隊…だったか?
もしかして狙いは俺!?もしかして通報とかされた!?いや、異端審問官が出るほどのことなんて俺してないですが!?聖女に言い寄ったのはあるがまだ聖女として覚醒していないはずだし…あ?
まさかと思い、俺は少女を見る。
少女は、無言で小さく身を縮めた。
その仕草だけで、嫌な予感が背筋を走る。
「まさか……お前……?」
脳裏に浮かぶ。
原作後半、魔王討伐ルートの導入で、一瞬だけ登場する“幼い魔王”。
思い出した。というかなんで忘れていたんだ!?
主人公カイルは、最初の街での冒険者になる。だが、その数日後、その街は魔族の王、魔王によって滅びの運命を辿るのだ。
焼け崩れる街、虐殺される人間、その光景を目にしたカイルは、魔王討伐の旅に出る。そして勇者として覚醒し、本当に魔王を討伐する。
そう、あの銀髪と紫色の瞳。間違いない。ゲームとは違い子供の姿だが…
(やべぇ……これ、魔王ノアじゃね?)
ザコウの顔が引きつる。
「――そこの男!その少女を渡せ!」
聖騎士の怒号が響く。
ノアが不安げに俺の袖を掴む。
どう見ても関わっちゃいけない案件だ。逃げるべきだ。逃げるに決まってる。だが――
ザコウは舌打ちして、立ち上がった。
(あーあ、面倒ごと確定だな……!)
松明の炎が路地を赤く照らす中、ザコウとノアの影が長く伸びた。
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