ゲームの序盤で主人公にぶっ飛ばされる三下チンピラキャラに転生しましたが、ラスボスを拾いました。

座頭海月

第1話 ぶっ飛ばされるチンピラ



「ドビャァァァァァァ!!」


 自分でも引くほど情けない悲鳴を上げながら、俺はギルドの扉をぶち破ってそのまま外へと吹き飛ばされた。


 木片が飛び散り、視界がぐるぐる回る。地面が迫り咄嗟に頭を庇って――ドンッ、と石畳に背中から叩きつけられる。


「いってぇぇぇ……!」


 痛みに呻きながら顔を上げると、壊れた扉の向こうに立っていたのは、見覚えしかない少年だった。


 赤髪の活発系イケメン。腰には銀色の剣。隣には心配そうに駆け寄る青リボンの茶髪のポニーテール美少女。


 ――あの、ゲームで見た二人だ。


(嘘だろ、カイルとリーナじゃねぇか)


 脳裏に、前世で何百回と見た(途中からだいたいスキップしてた)ムービーが蘇る。


 主人公カイルが冒険者になるため村から飛び出し、そのギルドで、勇者としての才能の片鱗を見せつけ周りの冒険者から一目置かれるシーン。


 ヒロインを侮辱したチンピラをワンパンで吹き飛ばす。そう、『エターナルブレイブ』略してエルブブのチュートリアルイベントだ。


 そして、その吹き飛ばされるチンピラの名前が――


「……ザコウ、だったよな……?」


 口に出した瞬間、嫌な予感が現実に変わった。


 この視点から察するに、つまり、今の俺はそのチンピラ、ザコウになっているということだ。


「おい!二度とギルドに顔出すんじゃねぇぞ!」


 ギルドの中から、怒りの混じった若い少年の声が聞こえる。


 扉の向こうでは周囲の冒険者たちが失笑混じりにこちらを見ていた。

 

 原作のあのワンシーンそのまま。


 イベント終了後の“惨めなモブ”の姿だった。



 数分後、どうにか痛みが治まり立ち上がった俺に受付嬢の女は言った。


「――修繕費は五万ゴルドね」

「……は?」


 五万ゴルド。この世界では金貨5枚。平民の平均的な年収の二倍くらいの価値だ。ただの冒険者にそんな金払えるわけないだろ。


 そう思い受付嬢を睨む。


「あなたが破壊した扉の代金。支払いが済むまでギルド利用は停止よ」


 だが、どうやらさっきの光景を見て受付嬢は俺のことを格下と認識したのかため息をつきながら、手を差し出した。なるほど。払えるわけないのは承知の上で有り金全部を差し出せと。


 おそらくそこまで高いはず、つまりボッタクリというわけだ。


 だが、ここで払わなければ詰め所に通報されるだけだろう。まだ整理のつかない頭でそう考えた俺は、渋々財布を取り出すと、それをひったくるように奪い受付嬢はギルドの中に帰っていった。


 財布を失い、所持金ゼロ。貯金をするような男でないのはあのチュートリアルを見ても明らか。


 ……これで、晴れて一文無しの完成だ。


「マジかよ……転生して最初のイベントで破産って……」


 ギルドを出て、ため息を吐く。


 だけど、不思議とそこまで落ち込んではいなかった。


 俺は、この世界のことを全部知っている。


 前世で文字通り死ぬまで遊んだ“神ゲー”の舞台だ。


 地図もアイテムの位置も、サブイベントのトリガーも暗記してる。


(つまり、モブでもやりよう次第で生き残れるってことだ)


 そう思えば、少しだけ笑えてきた。


「へっ、ザコウさんの逆襲ってやつを見せてやるぜ」


 原作は攻略失敗したら世界滅亡だから原作には手を出さないけどね。復讐?いやいや、先に喧嘩を売ったのはこの俺だ。さっきの受付嬢の態度には少し頭にくるものがあるが俺は栄誉モブ男。


 このくらいは黙って受け入れよう。


 そんなとき、腹が鳴った。


 笑えない現実が即座に返ってくる。


「……まずは飯だな」


 手持ちはない。どうやらあの光景を俺が泊まっていた宿の奴に見られていたようで、借りていた宿も追い出された。返金は当然なかった。


 仕方なく、街の中心から外れた裏通りへと足を向ける。


 陽が落ちかけた石畳。


 酒と汗の匂いが混ざる細い路地。


 建物の隙間に座り込んだ人影が、俺をちらりと見る。


「……ここがスラムか」


 ゲームでも何度か来たことのある場所。けれど、実際に足を踏み入れてみると、生臭い現実味がある。


 地べたに寝る老人、残飯を拾う子供たち。


 貧しさの匂いが、肌にまとわりつくようだ。


 でも、少しだけ胸が高鳴っていた。現代にあまり見られない現実味のない光景だからだろうか?いや、そうじゃない。


(この世界で、もう一度生きられるんだ。モブでも、やり方次第でどうにでもなるだろ)


 夢にまで見たゲームの世界に転生。主要キャラではないが、想像すると、妙にワクワクしてくる。


 日が沈む。薄暗い路地の奥へ、俺は歩き出した。


「飯を探す。次は寝床。それから金の稼ぎ方だな……」


 そう呟きながら、足を進める。


 元々俺ことザコウは流れの冒険者。この街に居座る理由もない。さっさと街を離れて…できれば国も移動して一から冒険者をやり直すのも悪くないだろう。


 話すつもりはないが、ヒロインを見に行くのもありだな。この『エルブブ』というゲーム、RPGの側面とギャルゲー的な恋愛要素も結構ある。というかそっちがメインと言われるくらいの作品だ。


 ヒロインの数も多く、ルートによっては出会わないメインヒロインもいるし、サブクエストを進めなければ出会えないキャラも居る。


 そういったヒロインを観察…そして影から手助けするくらい罰は当たらないだろう。できれば幸せになってほしい子たちばかりだ。


 主人公は魔王討伐という使命があるため時間に余裕はない。そのため助けられないヒロインは少なくないだろう。そんな彼女たちを助けるくらいなら原作にも影響はないはずだ。


「…もしかしたら、メインヒロインと付き合えたり…はないか。ザコウだし」


 そんな叶わぬであろう妄想を呟きながら、スラムを歩く。


 だが、俺は知らなかった。


 原作の魔の手は、すぐそこまで迫っていることを。

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